近時話題の【デジタルフォレンジック】とは?
どんな場面で使える?
『企業法務弁護士による最先端法律事情』第18回

4月 22日 2025年 社会

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北川祥一(きたがわ・しょういち)

北川綜合法律事務所代表弁護士。弁護士登録後、中国・アジア国際法務分野を専門的に取り扱う法律事務所(当時名称:曾我・瓜生・糸賀法律事務所)に勤務し、大手企業クライアントを中心とした多くの国際企業法務案件を取り扱う。その後独立し現事務所を開業。アジア地域の国際ビジネス案件対応を強みの一つとし、国内企業法務、法律顧問業務及び一般民事案件などを幅広くサポート。また、デジタル遺産、デジタルマーケティング等を含めたIT関連法務分野にも注力している。著書に『Q&Aデジタルマーケティングの法律実務』(日本加除出版、2021年)、『デジタル遺産の法律実務Q&A』(日本加除出版、2020年)、『即実践!! 電子契約』(共著、日本加除出版、2020年)、『デジタル法務の実務Q&A』(共著、日本加除出版、2018年)。講演として「IT時代の紛争管理・労務管理と予防」(2017年)、「デジタル遺産と関連法律実務」(2021年、2022年、2024年、2025年)などがある。

1 デジタルフォレンジックとは?

 近時第三者委員会の調査でも話題のデジタルフォレンジックとは、「インシデントレスポンスや法的紛争・訴訟に際し、電磁的記録の証拠保全及び調査・分析を行うとともに、電磁的記録の改ざん・毀損等についての分析・情報収集等を行う一連の科学的調査手法・技術」(注1)などと定義されます。

デジタルフォレンジックについては、こちらのコラムでも私が10年前から関連記事を寄稿していますが、近時ますますデジタルフォレンジックの利用事例や応用可能性が広がっています。

 デジタルフォレンジックで何ができるか、どのような場面で役立つかについては具体的な利用類型で説明した方がわかりやすいと思いますので、いくつか具体的な利用類型を説明します。

2 デジタルフォレンジックはどのような場面で使えるか?

 ①企業不祥事、会社内不正(背任、横領など)の調査

 話題となっている第三者委員会の調査なども同じ類型といえますが、企業不祥事、会社内不正(背任、横領など)が発生した場合には、具体的な行為の特定やそれに対する対応のために調査を行う必要があります。

ところが、やはり不正行為に関連するメールやメッセージなどのデジタル証拠は、不正の発覚を恐れる行為者により削除されることが通常です。

 このような場合に、デジタルフォレンジックを利用することで、削除されたメールやメッセージ、あるいは関連ファイルなどを復元し調査することで、不正の有無、具体的な行為態様などを把握することが可能となります。

役員や従業員による機密データの不正持ち出しの痕跡(こんせき)の復元・特定という調査なども検討可能です。

 ②紛争・訴訟問題における証拠の収集・提出

  デジタルフォレンジックの利用場面は企業不正問題に限ったものではありません。

訴訟に至る場合も含めて、法的な紛争として顕在化する問題においては、各当事者の主張に食い違いがある場合がほとんどだと考えられます。

たとえば、ある物を売買するという約束をしたとしましょう。

わかりやすくごく単純な事例を設定すると、

買主:あのとき10万円で売るといったから買うと合意した

売主:あのとき100万円で買うといったから売ると合意した

と双方の主張が食い違う紛争があるとします。

10万円か100万円かは大きな違いです。

このときにその場面の一部始終をカメラで撮影していれば、そもそも合意した価格について主張が食い違うといった紛争とはならないでしょう。

曖昧(あいまい)な部分、「言った言わない」の部分があり、それを確認する手段がないから双方が自己に有利な主張をそれぞれ行うことになり、それが紛争となるのです。

このような場面で、メールでは売買額について記載をしたと思うが、そのメールはもう消去してしまっているといった場合、デジタルフォレンジックによってメールを復元し証拠として提出することができれば、証拠価値の高い証拠の提出が可能となり、紛争の解決へと大きく前進することとなります。

上記はわかりやすくするために売買契約の事例で説明をしましたが、ありとあらゆる紛争において客観的な「証拠」は極めて重要な役割を果たすところ、そのような証拠提出の可能性の一つとしてデジタルフォレンジックの利用が検討されます。

 ③セクハラ・パワハラなどハラスメント問題

 セクハラ・パワハラなどハラスメントの被害者の方々はしばしば気持ちの問題からやむを得ないことではありますが、本来はハラスメントの証拠となるようなメールやメッセージを消去してしまうという傾向があります。

 その後問題が大きくなった際に、ではどの時点からどのようなハラスメントがあったのかということが、口頭での説明のみとなるとなかなかその事実の有無や具体的な態様などについて判断することができません。

そのような際に、デジタルフォレンジックを利用して、削除したメールやメッセージを復元することができれば、問題の適切な解決に資することとなります。

 ④未払い残業代請求問題

労働問題の一つとして未払い残業代の請求問題がありますが、従業員の立場からは残業していたことの立証、企業の立場からも実際の業務の確認という観点でデジタルフォレンジックの利用が検討され得ます。

残業を当該従業員が単独で行っていたような場合には、実際にいかなる業務・作業を何時から何時まで行っていたかを客観的に立証・確認する手段がない場合があります(その意味で、「やったやらない」の水掛け論とも言える状態)。タイムカードがあったとしても、それは出退社時間が確認可能であるだけで、作業内容の確認まではできないのが通常であるところでしょう。

このような場合に、当該従業員が使用していた会社所有のパソコンをデジタルフォレンジックにより調査することで真相を究明できる可能性があります。

パソコンのオンオフの履歴、WEBサイトの閲覧履歴などについて、デジタルフォレンジック調査ではそれらを確認、あるいは削除されたWEBサイト閲覧履歴復元することも可能です。

従業員の立場からは残業を行っていたことの証明、企業の立場からはそれに関する適切な確認の一助となります。

事例としては、従業員が残業を行っていたとする時間帯に、業務とは無関係なWEBサイト(ゲームサイトなど)の閲覧履歴を復元することで、適切でない未払い残業代請求について合理的な対応を行うことができたというものもあります。

 ⑤デジタル遺産問題

デジタル遺産は故人が保有していたオンライン・オフラインのデジタルデータのことを言いますが(注2)、財産的価値の高いデジタル遺産としては、暗号資産、NFT(Non-Fungible Token=非代替性トークン)、収益化されたSNSや動画サイトのアカウントなどがあります。

デジタル遺産は、従来型の相続財産、例えば、銀行預金や不動産などに比して、被相続人の方がこれを保有していたか否かがわからないといった場合も少なくありません。

このような場合、デジタル遺産に関する情報が集約されているのは、被相続人の所有していたパソコンやスマートフォンなどのデジタルデバイスとなりますが、これらにはパスワードロックがかかっていることも往々にしてあるところです。

このときにデジタル遺産の保有の有無の調査を行いたい場合、パスワードロックの解除やパスワードを迂回(うかい)する方法での内部データの調査をデジタルフォレンジックで行うことで、デジタル遺産についても遺産分割協議など適切な対応を行う基礎を形成することができる可能性があります。

近時注目されることとなっているデジタルフォレンジックですが、上記のように様々な場面において紛争などの各問題を解決するための一助となることが期待され、今後も重要性を増していくものと考えられます。

注1 特定非営利活動法人デジタルフォレンジック研究会WEBサイト

https://digitalforensic.jp/home/what-df/

注2 デジタル遺産の定義、各種問題についてはこちらの記事もどうぞ

第9回 「デジタル遺産の法的問題」(2020年8月5日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa-3/

第12回「『デジタル遺産』となり得るNFT」(2022年6月6日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa-7/#more-13019

第13回「『デジタル遺産』に気づかず遺産分割協議をしたら?」(2022年12月14日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa-8/

第14回「メタバース内の不動産も『デジタル遺産』になる?」(2023年4月19日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa-9/

〈関連書籍〉

『デジタル遺産の法律実務Q&A』(拙著、2020年刊、日本加除出版)

https://www.kajo.co.jp/c/book/05/0501/40805000001?srsltid=AfmBOorcTBSDsp48DTR2u5fvK9_KMH5ZzwoHczkFBMORzELQALRKgrvi

※本稿は、私見が含まれており、また、実際の取引・具体的案件などに対する助言を目的とするものではありません。実際の取引・具体的案件の実行などに際しては、必ず個別具体的事情を基に専門家への相談などを行う必要がある点にはご注意ください。

※『企業法務弁護士による最先端法律事情』過去の関連記事は以下の通り

第17回「【WEBサイト、ブログ、SNS】での法的に適切な『引用』とは?」(2025年4月7日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa-12/

第16回「『デジタル遺産』となり得るNFT②近時の動向アップデート」(2025年1月22日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa-11/#more-22039

第15回「分散型自律組織(DAO)の法律問題概要」(2023年11月13日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa-10/#more-14341

第14回「メタバース内の不動産も『デジタル遺産』になる?」(2023年4月19日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa-9/

第13回「『デジタル遺産』に気づかず遺産分割協議をしたら?」(2022年12月14日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa-8/

第12回「『デジタル遺産』となり得るNFT」(2022年6月6日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa-7/#more-13019

第11回「IT大手企業の『デジタル遺産』機能の追加から考えるデジタル遺産問題」(2021年11月22日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa-6/#more-12614

第10回「アフィリエイト広告の法律問題」(2021年5月3日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa-5/

第9回 「デジタル遺産の法的問題」(2020年8月5日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa-3/

第8回 「社内不正調査などにおける会社管理メールの調査の法的問題」(2019年12月23日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa-2/

第7回「近時のデータ保護規制、中国インターネット安全法関連法規」(2018年10月24日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa/#more-7804

第6回「近時のデータ保護規制、中国インターネット安全法関連法」(2018年3月27日付)

https://www.newsyataimura.com/kitagawa-4/#more-7297

第5回「『デジタルフォレンジック』をご存じですか?(その5)」(2017年4月14日付)

https://www.newsyataimura.com/?p=6527#more-6527

第4回「『デジタルフォレンジック』をご存じですか?(その4)」(2016年6月3日付)

https://www.newsyataimura.com/?p=5556

第3回「『デジタルフォレンジック』をご存じですか?(その3)」(2016年2月19日付)

https://www.newsyataimura.com/?p=5173#more-5173

第2回「『デジタルフォレンジック』をご存じですか?(その2)」(2016年1月15日付)

https://www.newsyataimura.com/?p=5063#more-5063

第1回「『デジタルフォレンジック』をご存じですか?」(2015年12月11日付)

https://www.newsyataimura.com/?p=4960#more-4960

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