北川祥一(きたがわ・しょういち)
北川綜合法律事務所代表弁護士。弁護士登録後、中国・アジア国際法務分野を専門的に取り扱う法律事務所(当時名称:曾我・瓜生・糸賀法律事務所)に勤務し、大企業クライアントを中心とした多くの国際企業法務案件を取り扱う。その後独立し現事務所を開業。アジア地域の国際ビジネス案件対応を強みの一つとし、国内企業法務、法律顧問業務及び一般民事案件などを幅広くサポート。また、デジタル遺産、デジタルマーケティング等を含めたIT関連法務分野に注力している。著書に『Q&Aデジタルマーケティングの法律実務』(2021年刊、日本加除出版)、『デジタル遺産の法律実務Q&A』(2020年刊・日本加除出版)、『即実践!! 電子契約』(2020年刊・日本加除出版、共著)、『デジタル法務の実務Q&A』(2018年刊・日本加除出版、共著)。講演として「IT時代の紛争管理・労務管理と予防」(2017年)、「デジタル遺産と関連法律実務」(2021年、2022年)などがある。
1「デジタル遺産」とは?
「デジタル遺産」について現状は法律上の定義はありませんが、法的に新たな範囲での検討を行うという文脈においては、故人のデジタル機器に保存されたデジタルデータ及びオンライン上の各種アカウントやそれに紐(ひも)付けられたデジタルデータがこれに含まれ、それら残された故人のデジタルデータのことをいうものと考えます(注1)。
デジタル遺産となり得るデジタルデータについては、既に社会的に浸透した暗号資産はもちろんのこと、同じくブロックチェーンを利用したNFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)なども近時話題となっています。
NFTの取引額についてみれば、著名なSNS共同創業者の初投稿が約3億円で落札された事例や、老舗オークションハウスが取り扱ったアート作品が約26億円で落札される事例などがあり、非常に大きな財産的価値があるものも発生しています。メタバース内での不動産(無論、仮想現実空間での一区画といった意義にはなりますが)の一区画について240万ドル相当の暗号資産での取引が成立したニュースなども目新しいところです。
もちろん、既に取引額に変動があるなど今後も現在のような取引及び取引額が維持されるかなどを含めてその取引動向については注視する必要がありますが、NFTついても個人がこれを保有することとなれば、相続の場面においては、デジタル遺産としての検討対象となるでしょう。
他にも、広告収入などにより大きな財産的価値を生む動画投稿サイトのアカウント、SNSアカウント及びWEBサイトなどについて、相続の問題が発生すればデジタル遺産となり得ます。
また、今後、これまでに想像していなかった種類の財産的価値のあるデジタルデータが発生し、それが新たなデジタル遺産となる可能性もあります。
デジタル遺産となり得るデジタルデータ
2「デジタル遺産」に気づかず遺産分割協議をしてしまったら?
それでは、上記でみたように非常に高い財産的価値を有し得るデジタル遺産の存在に気付かずに遺産分割協議を完了してしまったらどうなるでしょうか。
結論としては、遺産分割協議当時発見されておらず協議の対象から漏れていた相続対象財産が重要な財産であり、分割協議を行った相続人がその財産があることを知っていたならば該当の遺産分割協議はなされなかったといえるような場合には、錯誤無効(民法95条)として遺産分割協議の有効性が否定される可能性があります。
ごく簡単にいえばやり直しをしなければならない可能性が発生してしまうということです。
この「やり直し」の問題はデジタル遺産に限ったことではなく、これまでも存在していた問題ではありますが、デジタル遺産ならではの難しさもあります。
たとえば、暗号資産の保有方法について、(株式における証券会社との関係と似たように)暗号資産交換業者(いわゆる取引所)を通じた保有が大多数と思われますが、他にも暗号資産のアドレス間の送金やマイニング(注2)による保有があり得ます。
マイニングによる保有は(相続が問題となる)個人においては少数と考えられますが、アドレス間の送金の可能性は個人においても少なからずあるところでしょう。
暗号資産交換業者を通じた保有の場合には、最初の取引のための銀行口座からの資金の移動の痕跡(こんせき)があるなど、探知は比較的容易といえます。
他方で、アドレス間の送金による暗号資産の保有については、銀行送金の痕跡が銀行通帳から発見されるなどがないことから、その保有の探知について特有の困難性が存在するといえます。
そのほか、オンラインゲーム内のゲームアイテムがNFTとして取引対象とされており、相続人としては、被相続人がそのようなゲームをやっていたことは知っているが、まさか関連して財産的価値の高いNFTを保有していることには気づかないなどの事象もあり得ると思われます。
このように、財産としての探知が従来型の相続対象財産とは異なることがあるのがデジタル遺産特有の問題といえます。
デジタル遺産については、これまで以上に遺産分割協議における相続対象財産からの漏れには注意が必要となってくるものと考えられます。
(注1)以下の記事もご参照ください。
第9回 デジタル遺産の法的問題
第12回「デジタル遺産」となり得るNFT
(注2)簡単にいえば、暗号資産取引の検証作業を完了した主体に対し報酬として暗号資産が割り当てられる仕組みのことをいいます。
※本稿は、私見が含まれており、また、実際の取引・具体的案件などに対する助言を目的とするものではありません。実際の取引・具体的案件の実行などに際しては、個別具体的事情を基に専門家への相談などを行う必要がある点にはご注意ください。
関連書籍:『デジタル遺産の法律実務Q&A』(拙著、2020年刊、日本加除出版)
https://www.kajo.co.jp/c/book/05/0501/40805000001
※『企業法務弁護士による最先端法律事情』過去の関連記事は以下の通り
第12回「デジタル遺産」となり得るNFT
第11回 IT大手企業の「デジタル遺産」機能の追加から考えるデジタル遺産問題
第10回 アフィリエイト広告の法律問題
第9回 デジタル遺産の法的問題
第8回 社内不正調査などにおける会社管理メールの調査の法的問題
第7回 近時のデータ保護規制、中国インターネット安全法関連法規
第6回~近時のデータ保護規制、中国インターネット安全法関連法規~
第5回「デジタルフォレンジック」をご存じですか?(その5)
第4回「デジタルフォレンジック」をご存じですか?(その4)
第3回「デジタルフォレンジック」をご存じですか?(その3)
第2回「デジタルフォレンジック」をご存じですか?(その2)
第1回「デジタルフォレンジック」をご存じですか?
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