п»ї タイの街角経済―定点観測『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第231回 | ニュース屋台村

タイの街角経済―定点観測
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第231回

12月 16日 2022年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住24年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

私たちは事実を把握するうえで、数値を用いた科学に多くを頼っている。自分自身が独断と偏見に陥らないためにも、客観的な数値に頼ることは極めて重要である。あらゆることに数値を集め、空間軸と時間軸で比較を行うことにより「相関関係」を見つける。その相関関係を基に論理を用いる「因果関係」に展開する。ギリシャ哲学以来、人間はこうした手法で科学的に真実の解明に努めてきた。しかし、科学的手法の問題点は時間がかかることである。計測可能な数字がまとめられるのは、数日から数週間かかる。ましてや経済指標などは計測する基礎データが複雑でありかつ観測点も多いものは、計数が発表されるには半年かかるものもある。

ところが現実の商売を行う上では、こうした数字を待っていると商機を失う。商売を行う上では、実際の肌感覚も極めて重要である。多くの方から「生きた情報」をうかがい、それを整理することによって現状を把握し、商売に生かす。銀行員にはこうした「生きた情報」を収集できる幅広いネットワークがある。幸いにもコロナの弱毒化と医療体制の整備が進んだため、このタイでも日常生活がかなり戻ってきた。最近ではバンコック銀行日系企業部の部員による顧客訪問もかなり活発に行われている。ニュース屋台村の拙稿2022年2月18日付第214回「コロナ禍のタイの風景―定点観測」および22年6月17日付第220回「少しずつ活気を取り戻し始めた―タイに戻って1週間」に引き続き、定点観測しているタイの街角経済の実態を報告したい。

◆世界中のメーカーがEV攻勢

まず、在タイ日系企業の中で最も重要な産業である自動車産業だが、第220回(22年6月17日付)でご報告した時から状況は改善していないようである。今年第1四半期まで好調であった自動車生産はその後落ち込んだが、「今年後半には生産は回復する」と各自動車メーカーは部品メーカーに語っていたようである。ところが、後半になっても部品メーカーの受注は回復していない。当初は半導体不足による生産の遅れが主な要因であったが、どうも国内販売が思わしくない自動車メーカーが出てきているようである。

また、MGMやBYDなど中国の自動車メーカーによる電気自動車(EV)攻勢についてはこれまでも述べてきたところであるが、直近では韓国の現代自動車や米国のテスラ社までタイ市場への参入と工場建設を表明。世界中の自動車メーカーが日本メーカーの牙城(がじょう)であるタイで雌雄(しゆう)を決しようとしている。

日本の自動車メーカーもいよいよ崖っぷちに追い込まれている。「EV販売の大幅拡大が期待できないタイでは、EV工場を建設しても損益採算点に到達しない」「部品点数が多く従業員を大勢雇用するガソリン車がなくなれば、タイ経済に大きな影響が出ることはタイ政府もよくわかっている」などという声が、日本の自動車メーカーの方から漏れ聞こえてくる。市場を守る側の理屈としてはわからないわけではない。しかし、日本メーカーに攻勢をかけようとしている欧米や中国のEVメーカーはこれとは全く違う景色をタイ市場に見ているような気がする。

盛り上がり欠く日系企業の新規投資

自動車以外の在タイ日系企業の主要産業であるエアコン・建設機械・農業機械は、第220回で報告した状況と変わらず、おおむね堅調な様子である。エアコンは「異常気象による欧州の夏の熱波」と「ウクライナ戦争に起因にした燃料不足問題」から、従来の全館冷暖房システムを諦め、効率的なエアコンへの設置替えが起こっている。建設機械も同様に、ウクライナ戦争の影響で資源開発の活発化と復興需要が始まっている。農業機械は異常気象による米国の穀物生産の低迷と在庫調整で一服感は出ているが、落ち込みは大きくない。

今年前半、在タイ日系企業の大きな問題であった工業製品の「材料価格の高騰」とコンテナ不足に端を発した「輸送コストの大幅上昇」は収まりつつある。一時期は「材料費が3倍、輸送費が5倍まで上がった」と嘆く部品メーカーがあったが、大手先については今年後半から製品価格への転嫁が進んだ。中小企業は価格転嫁できずにいたが、材料価格の下落などで落ち着きを取り戻した。残念ながら今年前半の損失は取り戻せないものの、収益環境は若干好転している。このため今年前半にちらほらと出ていたタイ撤退の話も最近はあまり聞かない。

一方で、新規投資の話もさして盛り上がっていない。確かにコロナ禍による渡航制限の緩和措置から、本社からの出張が可能になり、ストップしていた設備投資は復活した。しかし、上述のようにEVに対する日本の自動車メーカーの方向性が見えない中で、部品メーカーも新たな設備投資には慎重にならざるを得ない。

◆中国・台湾企業が大型投資計画

日系企業の投資が伸び悩む中で、中国や台湾の企業がタイに大型投資を計画している。今年1月から9月までのタイ投資委員会への投資申請金額は全体で2757億バーツ(日本円で1兆円強)。このうち全体の16.3%を占めて1位になったのが中国である。第2位が台湾の14.2%。日本は第3位の13.6%である。中国、台湾ともEV工場建設の大型投資が数字に貢献しているが、これまでs圧倒的な投資額を誇っていた日本が首位から転落したのはさみしい限りである。

こうした影響はバンコック銀行日系企業部のお取引先にも出てきている。中国企業が一部の日系企業をターゲットにして、従業員の大量引き抜きをしているようなのである。中国企業は日系企業よりも高額な給与水準を提示しているようであり、ここでも「安い日本」の弊害が出始めている。一方で、私たちのお客様から聞こえてくるのは、中国の国内の景気の悪さである。中国向けの輸出はストップしており、中国全体の貿易量が落ち込んでいる。中国経済の低迷からコンテナが余り、海上輸送の運賃が大幅に引き下がったようである。

◆入国制限撤廃で観光業が急回復

タイの経済は総体的にはコロナ禍前の水準に戻りつつあり、今年の経済成長率は3%から4%が見込まれている。タイの経済で現在、急回復しているのが観光業である。19年には4千万人弱まで到達したタイへ外国人観光客数は21年には43万人にまで落ち込んだ。ところが今年に入り、タイ政府は徐々に入国制限を緩和し、現在は制限を課していない。これに伴い、外国人観光客の入国も月を追って増加。今月10日には受け入れ観光客数が1千万人を突破した。19年のピークの4分の1まで急速に回復している。

特徴的なことは、中国と日本からの観光客がほとんどいないことだろう。中国政府はゼロコロナ政策の下、自国人の海外渡航を禁止した。19年には1千万人いた中国人観光客の“蒸発”はタイの観光業にとってダメージが大きい。

日本についてはビジネス客の渡航は復活したものの、大手旅行代理店によれば、観光客の受け入れはピーク時の1割程度だという。タイ、マレーシアの格安航空会社(LCC)が破綻(はたん)したことなどにより、日本-タイ間の旅客機の座席数が53%にまで落ち込んでいる。さらに、LCCを使えば従来5万円前後で買えたチケットが現在は25万~30万円に上昇したことが影響しているという。訪日するタイ人観光客はこれくらいの運賃を払ってでも日本に押しかけていることを考えると、なんともさみしい気分になる。

最後にちょっと気になる話を聞いた。日本の富裕層から最近、「タイに移住したい」という照会が増加しているようである。日本の富裕層は従来、居住環境も金融環境も整っているシンガポールに移住するケースが多かったようである。ところが、シンガポールの物価は高くなりすぎたようである。シンガポールからタイに比重を移す人も出てきたようである。さらに、日本では相続税への課税強化が既定路線となりつつある。「高額な相続税を払うぐらいなら、気候温暖なタイでゆっくり暮らしたい」という考えなのであろうか? 日本を見限る富裕層が増えてきているということならば、これも残念な話である。

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