п»ї 北海道の現状はあすの日本の縮図人口減少が与える深刻な影響 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第240回 | ニュース屋台村

北海道の現状はあすの日本の縮図
人口減少が与える深刻な影響
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第240回

4月 28日 2023年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住25年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

新型コロナウイルスとはいったい何だったのであろうか?――。思わずそう感じてしまうほどコロナ禍前のような日常生活が戻ってきた。かく言う私もこの4月1日にタイから一時帰国し、日本各地を出張で渡り歩いている。東京都心の人出の多さはコロナ禍前に戻った感を覚えるし、何よりも京都や奈良などの観光地は客でごった返している。修学旅行が復活し、学生の団体が見られるようになったのはうれしい。大型のスーツケースやいくつものリュックサックを抱えた西洋人の姿も目立つ。コロナ禍で移動できなかったうっぷんを、日本への旅行で一挙に解消しようとしているのであろうか? はたまた、円安で実現した「安い日本」を味わい尽くそうとしているのであろうか?

そんな外国人の姿を、桜もまだ開花していない、冬の名残をとどめる肌寒い4月初旬の北海道でも多く見かけた。ここでも人の流れは戻ってきていた。コロナ禍前の光景に戻ったように見える北海道。しかしコロナ禍の3年の間に確実に何かが変わったようである。深く静かに潜行して進む日本の高齢化と人口減少。4月初旬の北海道出張で感じた私の印象を述べてみたい。

◆タクシー運転手不足の背景と余波

北海道は日本の中でも最も早く高齢化と人口減少が進んでいる地域である。2020年10月時点の道内人口は515万人。北海道の人口のピークは1997年の570万人で、約20年で55万人減少したことになる。ところが、これから20年後の2040年の人口は87万人減の428万人と予想され、これまで以上のペースでの人口減少が見込まれている。また2020年時点の生産年齢人口(15歳から64歳)は298万人で、道内人口で割り戻すと57.8%となる。日本全体の生産年齢人口比率は61.3%で、これと比較すると北海道の高齢化は全国に先行して進んでいることが分かる。そんな高齢化と人口減少が進む北海道で今、何が起きているのであろうか?

まず聞いたのが、タクシー運転手の不足である。コロナ禍の影響で人流が減り、全くと言っていいほど売り上げが立たなかったタクシー業界。コロナ禍の最中に人員整理を行い補助金によって細々と生き延びてきた。しかしコロナ禍が明けると、東京などからの出張者や日本人・外国人観光客の急増により、一転して運転手不足の事態になった。タクシー1台当たりの月次水揚げは、コロナ禍の時期の20万円台から現在は70万円を記録する人も出るようになったようである。こうした事情は東京でも変わりない。東京ではコロナ禍の最中で月50万円ほど水揚げがあったようだが、現在は90万円ほどになっているようである。

さらに掘り下げて聞いてみると、タクシーの運転手不足になった理由はいくつかの複合的要因がある。第1に国土交通省が安全性の観点から導入したタクシー運転手の75歳定年制度。この制度の運用により、団塊の世代のタクシー運転手が大量に退職した。この団塊世代の定年年齢は元々、55歳から60歳に設定されていたため、最初の会社で定年を迎えた人たちが大量にタクシー業界に流れてきた。この人たちがコロナの流行前後で75歳を迎えたのである。

2つ目が、コロナ禍に伴う宅配業務の興隆である。コロナ禍によって電子商取引(EC)が一般的になり、多くの人が宅配による商品注文やフードデリバリーを利用するようになった。このため、宅配の物流要員が大量に必要になり、タクシー運転手から人が流れたようである。

そんな中で、観光需要が一挙に復活した。ここでも国土交通省の規制が裏目に働いた。タクシーの乗車地が札幌、小樽などタクシー会社ごとに規制されているため、タクシーが遠隔地への乗り入れを拒否。貸し切りタクシーに転換しているという。このため、札幌市内でタクシーを見つけることが難しい。これは広域に観光地が広がっている北海道だけの問題なのかもしれない。

◆JR北海道の衰退と製造業の低い付加価値

人手不足とは直接関わりはないが、JR北海道の凋落(ちょうらく)ぶりは目を覆うばかりのようである。人口減少と高齢化でJR北海道を利用する乗客は激減。一方で広大な土地に沿線を持っているため、路線維持費だけでも馬鹿にならない。車両などの設備の更新も遅れ、かなりガタのきた電車も走っている。職員のモチベーションも低下し、いまや列車の遅れは日常茶飯事。札幌市内の会社では従業員に対してJR北海道沿線から地下鉄沿線への住み替えを推奨しているところもあると聞いた。こうした事態を打開すべくJR北海道は赤字路線を廃止してバスへの切り替えを図っているようであるが、バスの運転手の募集に人が集まらないという笑えない話が起こっているようである。

人手不足は北海道の最大産業である水産業をも直撃している。北海道は日本海、太平洋、オホーツク海と特性の異なる三つの海に囲まれ、海面漁業と養殖業が盛んな地域である。22年の漁獲量は120万トンと日本全体の28.7%を占め、日本一の漁業を誇る自治体である。これは農業についてもいえることであり、北海道の農業産出額は第2位の鹿児島県の2倍以上の1兆3千億円と圧倒的な1位である。

このように北海道は第1次産業が強いが、かねて課題だったのが、農水産品加工業の加工過程の質の低さである。これだけ豊富な天然資源を持ちながら、これらの加工作業は極めて初歩的な「貝類の殻むき」や「魚の鱗(うろこ)取り」が大半であった。付加価値の高い冷凍食品や弁当総菜の製造などは、消費地に近い埼玉県などにその地位を奪われていた。ところがいまや、その初歩的な加工過程ですら人手不足で北海道でできなくなっている。

カキやホタテなどの海産物は全く加工せずにせっせと中国に輸出。中国はこれらを加工して付加価値を付けて世界中に売りさばいていると聞いた。政府・農林水産省は2030年までに5兆円の輸出を積み上げる「農林水産物・食品の輸出拡大戦略」の達成に向け、なりふり構わずにこうした未加工品の水産物輸出を黙認しているようである。しかしこれでは日本は中国の下請けに成り下がっているだけではないだろうか?

第1次産業の付加価値はそもそも、製造業の付加価値より低いのは経済学の常識である。だからこそ開発途上国は必死になって第2次産業の育成に励んでいるのである。それにもかかわらず先進国であった日本が付加価値の低い業務に傾斜し、中国などの他国にみすみす利することをしているのが理解できない。

近年は温暖化により暖流性回遊魚であるブリが北海道で大量に収穫されるようになってきた。しかしブリを加工する工場が北海道にはない。このため北海道で収穫されたブリは畜産業の飼料として利用されているようである。こうしたことでは付加価値は生み出されず、北海道に豊かさが実現する可能性はなくなる。北海道は早急に農水産品の付加価値の高い加工業の構築の乗り出すべきである。

◆人手不足、旅行業界や飲食業も打撃

観光客が戻り活力が回復してきたホテルなどの宿泊施設や飲食業も同様の状態である。4月に日本に一時帰国した後、私自身も国内出張で多くのホテル・旅館を使ってきたが、コロナ禍前と比べてサービスの質は大きく低下したように感じる。清掃員の確保が難しいからか、従来は認められていた時間前チェックインが許されるホテルはほとんどない。ところがチェックイン時間になると、客の長蛇の列ができるが対応できる十分な受付要員がいない。いくつかのホテルはベルボーイが宿泊客を部屋に案内もしない。新人らしき従業員も多く、ホテルマンとしての教育ができていない。

旅行業界関係の人と話をすると、「最近はお客様相手の職業を嫌がる新入社員がいる」とか「お客様からのクレームがあり、少し強い言葉で叱責すると、すぐパワハラで訴えられる」などといった嘆きの声もあった。ここにも人手不足の影を感じることができる。

飲食業に目を転じると、こちらもアルバイトの確保に苦戦しているようである。そのためコロナ禍の間は1日当たり5万円の補助金で生き延びてきた中小の飲食店の中には、ここにきて閉店を決断したところも出てきた。これでは「何のための補助金であったのか」分からなくなる。日本政府は「日本の観光立国化」を図っているようであるが、このもくろみも人員不足が障壁となりかねないと思われる。

◆外国人が押し上げる不動産価格

北海道で目に付くのは、外国人観光客の多さと不動産取引の活発さである。ニセコや富良野などには外国の不動産開発業者が多数進出し土地を買いあさっている。ニセコは2020年1月時点の標準宅地の中で、6年連続で地価上昇率が全国1位となった。多くの外国人購入者に支えられ世界的なスキーリゾート地へと変貌(へんぼう)を遂げている。最近では1億円を超える高級リゾートマンションが売られているようだが、売れ行きは上々のようである。ブームは富良野へと飛び火し、富良野にも外国人バイヤーが押しかけている。外国人が日本の地価を押し上げている。

しかし、私たちはこうした現状を手放しで喜んでよいのであろうか? 現在の北海道の姿は数年後の日本の縮図である。競争力と技術優位性を失いつつある日本の製造業。それに追い打ちをかける高齢化と人手不足。いまや売れるものは先祖代々が築き上げてくれた観光資源と不動産。こうしたものを切り売りする「安い日本」。こうした悪夢を避けるためには、「技術革新による全面的な自働化」と「高付加価値産業への切り替え」が必要となる。日本に残された時間は少ない。

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