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中東の実力と日本の戦略を考える―「小澤塾」塾生の提言
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第151回

9月 06日 2019年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住21年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

バンコック銀行日系企業部には、新たに採用した行員向けに「小澤塾」と名付けた6カ月の研修コースがある。この期間、銀行商品や貸し出しの基本などを、宿題回答形式で、英語で講義を行う。この講義と並行し、日本人新入行員として分析力や企画力などを磨くため、レポートの提出を義務づけている。

今回は、今年6月に「小澤塾」を卒業した鈴木宏大さんの「中東」に関するレポートをご紹介する。日本は石油などのエネルギー資源のほとんどを中東に依存している。本来であれば、我々日本人は中東情勢についてもっと深く理解しなければならないはずである。ところが物理的な距離が遠いことに加え、複雑な歴史を持つ中東については、アジア諸国や欧米諸国に比べ関心が低いのが現状である。鈴木さんはこのレポートで、歴史・民族・宗教などの中東地域が持つ背景から、中東地域を代表する国の経済特性について検証し、今後の関係性について考察している。

1.中東について

1)歴史

人類の歴史は約3万年前のホモサピエンスの誕生から始まるが、地球上で初めて文明が誕生したのは中東の地であり、現代までの長い間、常に中東地域が世界史の中心にあった。

中東地域では古代より、数々の国家が誕生してきたが、その中でも、古代からイスラム教誕生まで1000年間にわたりこの地域を支配したペルシャ人によるペルシャ帝国、イスラム教の拡大とともに発展したアラブ人によるイスラム帝国、16世紀ごろから現代まで400年近くこの地域を支配したトルコ人によるオスマン帝国の三つが中東の歴史を代表する国家であり、中東の歴史はペルシャ民族、アラブ民族、トルコ民族が中心となって形作られてきたといえる。

2)宗教

中東世界の圧倒的多数はイスラム教徒であり、多くの国はイスラム教を国教としている。イスラム教は世界中に11億人以上の信者を持つ、キリスト教と並ぶ大きな宗教であるが、その起源は6世紀の終わりごろに預言者ムハンマドがメッカで神の啓示を聞いたことから始まる。特徴としては、神である「アッラー」がすべてという思想であり、預言者ムハンマドが啓示を受けた「神の言葉」をまとめた「コーラン」が完璧な基準とされる。

主な宗派はスンニ派とシーア派の2大宗派であるが、現在のイスラム圏ではスンニ派が大勢でシーア派は少数派。指導者に対する考え方の違いで両派に分派したが、教義その他基本的な考え方に大きな違いは無い。

3)民族

  中東地域では大きく分けてアラブ民族(約60%)と非アラブ民族(約40%)に分けられるが、それぞれの国に集中しているペルシャ人・トルコ人・ユダヤ人と違い、アラブ人は同族意識は持ちつつも国ごとに違ったアイデンティティーを持っている。

4)経済規模・人口

 中東各国の国内総生産(GDP)は国ごとの差が大きく、トルコ、サウジアラビア、イラン、イスラエルの4カ国で全体の約57%を占める。その中でも特にトルコは突出しており、3番目の規模であるイランでタイと同程度である。

【図1】                                                          【図2】

次に人口を確認する。中東最大人口であるイラン・トルコが約8千万人であるのに対し、イスラエルは約8百万人と10倍の差がある。

【図3】

5)結論

地球上で初めて文明が誕生した中東は、現代までの長い間常に世界史の中心であった。イスラム教とともに発展してきた中東の歴史は主にペルシャ民族、アラブ民族、トルコ民族により作られたといえる。

また、歴史を作ってきた民族の国であるイラン・サウジアラビア・トルコに、中東唯一のユダヤ人国家であるイスラエルを加えた4カ国で中東全体GDPの約57%を占めている。

以上の点から、本レポートではこの4カ国について考察していきたい。

 

  1. サウジアラビア

1932年に建国されたサウジアラビアは、中東最大の面積(日本の約5.7倍)を持つ国であると同時に、「メッカ」「メディナ」という二つのイスラム教の聖地を持つ、イスラム教教義を政治の根幹とするイスラム国家である。

経済規模では、トルコに次ぐ2番目の経済規模を持つ経済大国であるが、産業別構成シェアをみると、2017年時点で石油関連業が産業全体の約40%を占め、石油が同国の主要産業であることが確認できる。

また、2000年以降のサウジアラビアのGDP成長率推移を見ても、原油価格が下落した2014年以降、成長率は低下しており、石油に依存した経済であることがわかる。

【図4】               【図5】

次に、サウジアラビアの大きな課題である高止まりする自国民の失業率について確認する。

同国では外国人労働者を多く受け入れており、国内の労働者人口のうち、約77%が非サウジアラビア人である。国籍別に失業率を見ると、サウジアラビア人の失業率は12.8%と非常に高く、サウジアラビア人労働力人口の1割以上が職に就けていない状態となっている。

また、サウジアラビア人の人口構成は24歳未満が全体の39%を占めており、公的機関による雇用で吸収しきれなくなったサウジアラビア人失業者が多く存在する。国民への補助が手厚い同国では、一度も職についたことのない若者も多く存在する。

【図6】              【図7】


石油への依存度の高い経済や高い失業率の課題を抱えるサウジアラビアが、2016年に発表した新たな国家開発計画が、「サウジ・ビジョン2030」である。

「サウジ・ビジョン2030」では三つの柱を基に三つのテーマを定めており、目標とする項目それぞれに具体的な数値目標が付随している(下表)。

「サウジ・ビジョン2030」実現のため、サウジアラビア政府は様々な国に協力を依頼しており、日本とも「日・サウジ・ビジョン2030」で協力関係にあり、今後一層の経済関係の深化を目指している。その中でも日系企業に期待される分野としては、「水インフラ整備」が考えられる。水道に関してはこれまですべて同国政府が大半のコストを負担してきたが、人口増大に伴う水の消費量増大が発生しており、上下水道の改善に加え、水資源の確保に向けた再生水の利用割合上昇や淡水化能力の拡大が必要となっている。高度な水処理技術や水管理システムを持つ日本への期待は大きいと考えられる。

 

3. イラン

次にサウジアラビアと同じ産油国であるイランについて見ていく。

人口8千万人とトルコと並ぶ規模の中東の大国であるものの、他のアラブ諸国や米国とは対立関係にあることから、長年の経済制裁により経済は疲弊しているのが現状である。

【図8】

イラン経済を支えているのは、埋蔵量世界4位の豊富な石油資源とロシアに次いで第2位の埋蔵量を誇る天然ガスである。原油生産量は、2008年以降、400万バレル/日超まで回復。経済制裁の影響により2013年から2015年までは400万バレル/日を切る水準にまで落ち込んだが、制裁緩和とともに回復している。

【図9】                 【図10】

【図11】

イランの原油生産量が最大であった革命前の1978年時点で日量平均640万バレルであったことを考えると、原油生産量を大幅に増やす余地があると考えられるが、原油掘削・生産設備が老朽化しており、地中の奥深くに埋蔵されている原油の掘削が難しいことが現在の課題となっている。

掘削・生産設備の更新は、日本を含めた海外からの投資に頼らざるを得ないが、経済制裁の影響で外国からの投資が減少。核合意により一時的に回復したものの、今後経済制裁が強まることを鑑みると各国は再度投資に躊躇(ちゅうちょ)することが予想される。しかし一方で、日本は2017年時点で原油輸入の約6%をイランから輸入しており、エネルギーの安定確保の観点から、今後もイランとの関係性は維持していく必要があり、経済制裁の動向を踏まえつつではあるが、石油生産関連施設の更新投資の分野で協力していくことが必要だと考えられる。

【図12】                【図13】

 

4. トルコ

次に、イランと同程度の人口を持ち、中東の中で最大の経済規模を持つトルコについて見ていきたい。

トルコを代表する産業は、自動車産業である。一般的にトルコで生産・製造するメリットとして、①欧州という巨大な消費市場に隣接する立地上の利点②先進諸国と比べて低い労働コスト③欧州連合(EU)との間で関税同盟を結んでおり、原則として関税はかからない④EU加盟交渉を契機に法制度が整っている――の四つが挙げられる。

【図14】

次に、国民の所得について一人当たりGDPを使って他国と所得水準の比較を行う。トルコの所得水準は先進国と肩を並べるところまでには至っていないが、だからこそ低い労働コストを活かして生産・輸出拠点としての地位を築いてきたといえる。また、一人当たりGDPの額は上昇してきており、2000年に比べ約3倍の水準となっている。

これまでは、人件費が安いことから生産拠点として発展したが、労働コストが上がってくると次第に競争力は落ちてくるため、労働コストが高くなっても競争力を維持できるような高付加価値製品に生産をシフトしていくことが今後の課題ではないかと考えられる。

【図15】                【図16】

次に人口について確認する。

トルコの人口は約8070万人となっており、ドイツと同程度の規模を有する大国である。加えて、単に人口が多いだけでなく年間約1.4%のペースで増加を続けている。その結果、過去10年間で人口は1000万人超増加した。さらに注目すべき点は、人口構成の若さであり、0-24歳人口は全体の約42%を構成している。一方で65歳以上が占める割合は1割にも満たず、高齢者が少なく、若者が多い国だということがわかる。

【図17】

今後も人口が増え、内需の拡大が見込まれるトルコに対しては、幅広い産業の集積地である特徴を生かし、半導体やFA、ロボティクスなど、日系企業の特長を生かせる分野での進出が考えられる。

 

5. イスラエル

最後に、イスラエル経済についてみていく。人口が8百万と少ないイスラエルであるが、2000年以降、大幅なマイナス成長はなく比較的安定した経済成長を達成している。2001年~2002年にかけてはITバブルの崩壊により成長率が落ち込んだが、2003年以降はハイテク・情報通信分野を中心に輸出が拡大し、2004年~2008年にかけては4年連続で成長率が4%を超えた。その後もリーマン・ショックやガザ侵攻等の影響はあったものの、マイナス成長にまでは至っておらず、平均年3%前後の成長を継続しており、底堅い動きを示している。

【図18】

イスラエルの産業を牽引(けんいん)するのが、ITとライフサイエンスを主力とするハイテク産業である。IT産業では通信機器・電子機器・ソフトウェア開発、ライフサイエンス産業では医薬品や医療機器の開発・製造が代表的である。イスラエルでは有力なベンチャー企業が勃興し、これらのベンチャー企業がハイテク産業の活性化、高成長の牽引役となっている。

【図19】              【図20】ベンチャー企業の例

「中東のシリコンバレー」ともいわれるイスラエルだが、ハイテク産業が発展した主な理由は以下2点と考えられる。

①軍事技術の民間転用

イスラエルのハイテクベンチャー企業は、軍事技術の民間転用が多いことが特徴的である。周囲を敵国に囲まれたイスラエルは安全保障上の理由から、軍事技術の革新に熱心で、イスラエルのハイテク産業の中でも特に軍事技術から派生したIT技術において国際競争力が強い。

②技術革新や発明への活発な資金投入

民間部門のR&D関連支出の対GDP比率が高く、主要先進国の中でも最も高い水準にある。

【図21】

6. 今後どのように中東と付き合っていくべきか

上記で述べてきたとおり、中東各国経済は国ごとに違った特徴・課題を持つことから、今後の付き合い方を考えるにあたっては各国ごとに違った付き合い方をしなければならないと考える。

1)サウジアラビア

産業のほとんどを石油関連産業に依存しているサウジアラビアだが、人口の約40%が24歳未満と豊富な若年層人口を持っている。現状ではこの世代の雇用確保が課題となっているが、視点を変えれば、サウジアラビアは確実に将来にわたって需要が拡大していく市場といえる。また、「サウジ・ビジョン2030」における「高度なインフラ整備」、特に「水インフラの整備」については、水処理技術や高度な水管理システムのノウハウを持つ日系企業が進出できる余地は大きいと考えられる。

2)イラン

 イランもサウジアラビアと同様、石油関連産業により経済が支えられているが、設備の老朽化といった問題を抱えており、確認埋蔵量の規模に比べ、生産量が少ない状況である。米国を中心とした経済制裁の影響から、各国がイランへの投資に躊躇している状況の中、原油輸入の6%をイランに頼っている日本は、経済制裁の動向も踏まえつつ石油生産関連施設の更新投資などの分野で協力していくことが必要だと考える。

3)トルコ

若年層が多く、労働力を豊富に持つトルコはEUや他中東諸国とも近接する地理的優位性を活かし、自動車関連産業(組立過程)を中心に産業を構成している。一方で国民の所得水準も上昇しており、今後は消費市場としてのポテンシャルも高いと考えられる。トルコには既に最終消費財メーカーは集積しており、日系企業の今後の展開としては、一層の内需拡大を睨み、半導体分野やFA、ロボティクスなどの産業機械関連など、最終メーカーの一次請け、二次請けとしての進出に活路を見いだせるのではないかと考える。

4)イスラエル

イスラエルは高い軍事技術から生まれるハイテク産業の発展を背景に、安定した経済成長を達成している。技術革新や発明が生まれやすい土壌を持っていることから、今後は、特に自動運転技術などのIT分野・医薬品などのライフサイエンス分野におけるR&D拠点として、日系企業はイスラエルへの進出を積極的に検討していくべきと考える。

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