п»ї 日本とタイの産学連携の試み10年の成果『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第272回 | ニュース屋台村

日本とタイの産学連携の試み10年の成果
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第272回

8月 09日 2024年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住26年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

バンコック銀行日系企業部の私設部会として始めた「産学連携部会」は今年、10年の節目を迎える。何もないところから始めた産学連携の試みもようやく成果と呼べるものが生まれつつある。まさに「石の上にも10年」である。私が所属するバンコック銀行日系企業部の立ち上げは言うに及ばず、この「ニュース屋台村」や「日本酒テイスティング会」「バンコク・コンサルティング・パートナーズ」など10年間やり続けたからこそ、最近になって少しずつ目に見える成果が出てきている。

産学連携については、拙稿第147回「日本とタイの産学連携の試み―中間報告」(2019年7月12日付)で当時の苦難の状況を紹介した。あれから5年。今回は、最近になって急速に広がりを見せ始めている「産学連携部会」の活動について報告したい。

◆曲折経て優秀なメンバーが固定化

まずは私たちの「産学連携部会」の概要について説明しよう。メンバーは、タイ側からは泰国経済技術振興協会(TPA)、泰日工業大学(TPI)、チェンマイ大学、コンケン大学、ソンクラー大学、スラナリ工科大学、タイ投資委員会(BOI)。日本側からは在タイ日本大使館、日本貿易振興機構(JETRO)、海外産業人材育成協会(AOTS)、日本学術振興会(JSPS)。とりまとめ役としてバンコック銀行が参加している。

このほかに、部会で各種の提案を行っていただく企業や団体の関係者を招くので、会議の参加者は20人程度に膨れ上がる。こうした会議を3か月に一度開いている。常任メンバーであるチェンマイ大、コンケン大など4大学はタイの地方名門大学であり、日本で言えば京都大学や東北大学などに匹敵する。こうした大学の関係者が3か月に一度、航空運賃などを自前で払ってこの会議に参加してくれている。各大学ともこの会議に価値を見いだしてくれていることの証左であろう。

私たちの部会の当初の目論見(もくろみ)は以下の通りであった。

1.タイの大学と在タイ日系企業の共同研究斡旋(あっせん)

2.タイの大学と日本の大学の共同研究斡旋

3.タイの大学と日本の大学間の交換留学生の推進

4.タイの大学生のインターンを日系企業で受け入れ(日本及びタイで)

5.日本の大学生のインターンを在タイ日系企業で受け入れ

しかし、どれも一筋縄ではいかない。これらの作業がいかに難しいかについては、前掲の拙稿第147回をご一読いただきたい。

正直ベースで、この時点での成果については

①泰日工業大学(TNI)の日本向けインターンシップの受け入れ先をバン銀の提携銀行経由で10社紹介(うち4社採用)

②千葉大学、北海道大学の短期インターン(2週間)の受け入れの手伝いと学生向け講義の実践

わずかにこれだけだった。当初5年間はバン銀の提携銀行にお願いして日本各地を回り、20校ほどの大学を何度も訪問した。共同研究の推進、交換留学生制度の開設、インターンの受け入れなどについて模索するためである。

しかし、これがうまくいかない。原因は、企業も大学も自分の利益になることしか考えず、ギブ・アンド・テイク(互恵関係)が成り立たないことだった。また、大学の組織がフラットな(管理階層が少ない)ため、こうしたことを推進する実権者が大学にいないことなども要因であった。しかし前回の報告から5年がたち、産学連携部会に参加するタイの各大学などからの出席メンバーが固定化。加えて、各大学内で発言力のある人たちが出席してくれるようになってきた。

以前は「寄付金がほしい」と言うばかりの事務方の人間が出席していたが、現在は副学長や学部長クラスの有力な教授たちがメンバーである。この人たちは実業に対しても理解があり、決断も早い。有能な人たちが集まれば話が早くなる。産学連携部会に目に見えた成果が出てきた第1の要因は、優秀な参加メンバーの固定化にある。

◆「冠講座」開設と実用的なプレゼン

では、実際にどのような成果が出てきたのか紹介しよう。具体的成果となっている事例は、日本企業による「冠(かんむり)講座(企業などの冠〈社名など〉をつけた講座)の開設」と大学からのインターンの受け入れである。このアイデアは商社のA社のIT会社から教えていただいたものである。この会社では7、8年前からソンクラー大学との間で「冠講座」を開設し、タイ人従業員を同大に講師として派遣。さらにインターン生の受け入れを制度化して優秀な人材を確保してきた。

ところが、コロナ禍の影響で受け入れは中断。私はこのIT会社の社長とはかねがね親交があり、バン銀の産学連携部会を使って再度「冠講座」の開設を提案。2022年12月の産学連携部会で同社のIT会社2社がプレゼンテーションを行い、2社ともソンクラー大学とコンケン大学に「冠講座」を開設する運びとなった。

さらに23年3月の部会では、建設機械大手の小松製作所のタイ現法にプレゼンをお願いし、チェンマイ大学、ソンクラー大学と「冠講座」を開設することになった。また、今年6月の部会ではトヨタ自動車のタイ研究・開発拠点がエネルギー関連のプレゼンを実施。こちらも今後何らかの進展があることを期待している。

こうしたことができるようになったのは、この5年間で在タイ日系企業の開発部門が充実してきたからである。日本企業にはタイ企業が持っていない技術開発力がまだまだある。こうした力をタイで発揮していくためには、有能なタイ人の若手を育てなければならない。この産学連携部会がその一助になれば幸いである。

前述以外にも日本の経済産業省、米国際開発局(USAID)からは脱炭素プロジェクトについて、またバン銀行からはタイにおけるブロックチェーンの法制化について、それぞれプレゼンを実施。ほかにも、京都大学は日本からタイに出張者が来たタイミングに合わせて「ポストドクターの在り方」についてのプレゼンを行った。さらに9月にはタイ投資委員会(BOI)にプレゼンをお願いしている。

こうした一連のプレゼンはタイの産業育成に合致する形で、大学のカリキュラムを見直していただく良い機会だと考えている。これからもタイの有力大学が興味を引くような話題を見つけ、今後の産学官金の連携に結び付けていきたいと考えている。

◆日タイ間の架け橋となる人材育成へ

最後にもう一つ、現在試みている施策を紹介したい。それは、日本政府の肝いりで誕生した、日タイ間の架け橋となる泰国経済技術振興協会(TPA)と泰日工業大学(TPI)の二つの組織を中核とした試みである。具体的には、この二つの組織が行っている日本語教育を利用してチェンマイ大学などタイの地方大学にオンライン授業を提供し、1年間の教育期間を修了した学生を日本にインターンとして送り出すというアイデアである。

インターンの送り出しにあたっては、海外産業人材育成協会(AOTS)、日タイ経済協力協会(JTECS)、バン銀行が協力して日本での受け入れ企業を探すことになる。すでにコンケン大学とソンクラー大学は「日本での1年間のインターン期間を考慮しても4年間で卒業できる」よう従来のカリキュラムを見直した。

日本への渡航費用などは学生が負担するが、近年豊かになったタイでは自費で海外渡航ができる家庭も多くなってきた。こうした社会変化をうまくとらえることによって、産学連携部会も一定の成果を出せるようになってきた。私たちのチャレンジはまだまだ続く。

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

第147回「日本とタイの産学連携の試み―中間報告」(2019年7月12日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-9/#more-9074

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