п»ї 世界の電気自動車シフトの現状(その1) 『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第280回 | ニュース屋台村

世界の電気自動車シフトの現状(その1)
『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』第280回

11月 29日 2024年 経済

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小澤 仁(おざわ・ひとし)

oバンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住26年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。

バンコック銀行日系企業部には、新たに採用した行員向けに6か月の研修コースがある。この期間、銀行商品や貸し出しの基本などを宿題回答形式で、英語で講義を行う。この講義と並行して、日本人新入行員として分析力、企画力などを磨くため、レポートの提出を義務づけている。今回は、名古屋銀行からバンコック銀行に出向している清水和也さんが作成した電気自動車(EV)に関するレポートを紹介する。

世界の自動車事情は跛行(はこう)性を持って進化している。清水さんはデータを駆使してこうした世界の動きを客観的に分析している。自動車業界の関係者でもこれだけのデータを集めることは容易でないと思う。ぜひ参考にしていただきたい。2回に分けて紹介する。

◆世界のEV動向を概観する

日本のマスコミ報道では最近でも「ガソリン車からEVへのシフトは停滞し、世界的に日本のハイブリッド車技術が脚光を浴びている」といった内容の記事が多く見受けられる。こうした日本のマスコミの希望的観測に疑問を抱いた私は今年に入り、中国、ドイツを訪問して現地の生の情報を「ニュース屋台村」で紹介してきた。(拙稿第264回、第269回、第278回…文末にURLを掲載)。これらのレポートで提起したのは「ガソリン車が勝つのか?EVが勝つのか?」といった単純な二元論で語れない各地の固有事情である。

  1. 世界のEV動向
  2. 1 世界のEV・PHEVの販売推移

2 主要各国地域の新車販売台数とEV普及割合(2023年)

(※EV普及割合…新車販売台数においてEV・PHEV販売台数が占める割合)
出典:図1、図2ともにIEA「Global EV Data Explorer」、JETROホームページを基に筆者作成

①図1において2010年と2023年を比較すると、世界全体のEV販売台数は約1,850倍に急伸しており、新車販売台数におけるEV・PHEVの販売台数割合は2023年時点で18.0%まで上っている。特に2020年以降は各国で補助金などEV普及政策が本格化しており、販売台数ならびに販売台数割合は2021年から2023年の2年間においても2倍以上の増加を見せている

②図2は、各国地域の新車販売台数とそれにおいて新車EV販売台数がどれだけ占めるかを示す。2023年、世界全体の新車販売台数は約65百万台で、そのうちの約33%を中国が、約24%をアメリカが占めている。中国は新車EVを8,100千台販売しており、これは世界の新車EV販売台数のおよそ60%に当たる。EVについては中国に次いでヨーロッパで3,300千台、アメリカで1,390千台販売されており、この3か国・地域で世界の新車EV販売台数の9割以上を占めている

1 各国のEV市場動向比較(2023年)

(※インドの販売台数は四輪車に限定して掲載)

出典:JETRO、OICA、IEA「Global EV Data Explorer」、各国省庁ならびに各社報道を基に筆者作成

①EVに対する各国の動向を見ると、市場規模の大きさは中国とヨーロッパが世界1位、2位となっている。EV充電器、特に急速充電器が多く普及しており、EVの新車販売台数ならびに自動車全体の新車販売台数を後押ししている

②各国のEV普及政策は2020年ごろに本格始動しており、図1での2021年以降のEV販売台数急増にもつながっている。EV普及促進のために、充電インフラ整備や、購入時補助金・税額控除といった経済支援への多額投資が進められているが、中国では既に補助金は廃止しており、ヨーロッパ各国においても停止・縮小の動きが見られている

2 2023年メーカー別EV販売台数トップ20

出典:Clean Technicaのデータを基に筆者作成

①メーカー別販売台数については、BMWやフォルクスワーゲンのような従来の自動車メーカーのほか、橙(だいだい)色で示した新興のEV専業メーカーが上位層の多くを占めている。そのなかでも、BYD (中国)とテスラ(アメリカ)といった設立から歴史の浅い2社が販売台数で他を圧倒している

②本稿では、2章において各国のEV普及に向けた動向を把握したうえで、3章でガソリン車からEVの構造の変化について、4章でEV事業に成功している代表メーカーについて順を追って言及することとする

2.各国EV動向

(1) 中国

3 中国の自動車産業動向推移

出典:JETRO、中国乗用車協会(CPCA)、IEA、World Bank、IMFホームページを基に筆者作成

4 中国EV動向の沿革

(※NEV…中国におけるPHEV、EV、FCVの総称)

出典:各社報道を基に筆者作成

①中国では、生産年齢人口の減少に伴い新車販売台数全体は2017年以降停滞しているが、EV販売台数は増加を続けており、特に2015年、2018年、2021~2023年に大きく増加している。また、EV普及に伴いGDP(国内総生産)も成長を続けており、2021年に特に急増した

②2015年、EV販売台数が211千台に増加(前年比+330%) 。これは、2013年の補助金政策と新車登録規制の導入に基づく。都市部では、中央政府に加えて地方政府からも購入時補助金が支給されたほか、新車登録規制についても従来のガソリン車など購入時にはナンバープレートへの高額支払いが発生したなど、集中的にEV購入を促された

③2018年には、年間EV販売台数は初めて1,000千台を突破(前年比+88%) 。同年、中国では「ダブルクレジット規制」が施行している。自動車メーカーは一定数のNEVを生産・販売しなければならない義務を負い、達成できない場合は不足を補うための罰則支払いが課せられた。これによりメーカー各社によるEV開発・生産が急進し、一方ガソリン車の生産が減少した

④2021年以降の販売台数 (EV割合) は3,250千台 (16.1%) →5,900千台 (28.7%) →8,100千台 (37.3%) と急増し、それを受け新車販売台数全体も増加を見せた。2021年より「新エネルギー車産業発展計画」が施行しており、EVの普及加速を目的に技術開発に多額が投資されている

⑤2022年末で政府はEV購入補助金を廃止した。中国EV市場が十分に成熟したほか、財政負担を軽減させるためである。これを受け、消費者負担軽減のため各メーカーは価格競争を激化させた。元々中国はリチウムの主要生産国であり、国内に資源を豊富に持っていたため、車両価格において比重の大きいバッテリーコストを安く抑えられた。これにEVメーカー間での価格競争が重なったことで、2023年の国内EV販売台数は対前年比27.2%の大幅増加に着地した

(2) ヨーロッパ

5 ドイツの自動車産業動向推移

出典:JETRO、ドイツ連邦自動車局、IEA、World Bank、IMFホームページを基に筆者作成

①ドイツの新車販売台数は2019年まで漸増傾向にあったが、2020年以降のコロナ禍で低落し、2022年以降はまた回復傾向にある。EV販売台数については2013年以降増加を続け、2017年、2020年、2021年には大きく増加した。ドイツのEV普及は2015年のフォルクスワーゲン(VW)のディーゼル排ガス不正問題が大きな転機となっており、同社は不正発覚の翌月からEVシフトの戦略を発表し、国内他メーカーも追随した。しかし、2023年にはEV販売台数は減少を示している。なおGDPについては、VW不正問題のあった2015年に激減した以降は回復をたどり、EV販売が大きく伸びた2021年と新車販売が回復した2023年に大きく成長した

②2017年、EV販売台数は54千台に増加(前年比+125%) 。これは、2016年の購入時補助金導入に基づいている。2020年以降は、EV販売台数 (EV割合) は390千台 (13.4%) →690千台 (26.3%) →830千台 (31.3%) と続けて大幅増加。2019年にEU(欧州連合)が発表したEV投資策「欧州グリーンディール」に基づき充電インフラ整備が進んだほか、ドイツでは2020年に購入時補助金の増額措置が取られた。また、VWがEV車ID.3(2020年) 、ID.4 (2021年) を相次いで投入、テスラが2019年にドイツ市場に参入するなどして、国内EV普及が急進した

③2023年は、EV販売台数ならびにEV割合が減少した (販売台数前年比16%減) 。要因として、財源確保困難によるEV購入時補助金の縮小・廃止が挙げられる。ドイツは第1次世界大戦後のハイパーインフレによる財政危機の経験から財政赤字回避を徹底しており、予算制約などを受けた2023年にEV購入補助金縮小、年末に廃止に至った。補助金廃止による購入負担額増加や充電インフラ普及の遅れにより、EV販売は鈍化している

6 EUによる排ガス規制動向

出典:アスエネ株式会社、日本自動車工業会、JETROホームページを基に筆者作成

①EUでは環境保護の観点から、1992年より排出ガス規制として「EURO1」が施行しており、この規制に適合しないとEU域内で自動車を販売できない。現行の「EURO6」に至るまで規制内容は厳格化を重ねており、そのつどメーカー各社はEV開発を加速させた

②2028年導入予定の「EURO7」では、ガソリン車、ディーゼル車、電動車の全てで同一の規制値を設定し、排ガスだけでなくブレーキやタイヤからの粒子状排出物も規制対象となる。なお、EUの「EURO6」をモデルとして、中国も2023年から同様の厳格な排ガス規制を導入している

7 EUによる対中国製EV相殺関税のメーカーごとの内容

出典:JETRO、Bloomberg報道を基に筆者作成

①また、欧州EV市場での中国車割合急成長を受け、欧州委員会は中国製EVに対する相殺関税措置の発動を発表している。EU自動車メーカーがEVシフトに多額の投資を進める中で、低価格の中国製EVのシェア拡大は今後脅威になるとされ、この措置に至った

②追加関税率はメーカーごとで異なっており、中国国内での政府からの補助金額に基づくとされるが、この程度の相殺関税では一般的に効果は薄いとされている。なお、BYDは2022年に欧州市場参入を発表し、その後わずか2年で5.4%のEUでのシェアを獲得している。加えてハンガリーでのEV工場建設を発表しており、今後販売台数の更なる急増が想定されている

(3) アメリカ

8 アメリカの自動車産業動向推移

出典:JETRO、IEA、World Bank、IMFホームページを基に筆者作成

9 アメリカEV動向の沿革

出典:各社報道を基に筆者作成

①アメリカでは、新車販売台数は2013年以降増加傾向にあったが、2020年以降は新型コロナや半導体不足を受け減少・停滞している。EV販売台数と生産年齢人口は共に2013年以降継続して増加しており、EV販売台数は2018年、2021~2023年で大きく増加している。また、GDPも連動して2021~2023年で大きく成長している

②アメリカでのEV普及は、2012年に導入を開始したテスラの「スーパーチャージャー」の恩恵が大きい。約15分で最大270kmの走行距離を充電でき、設置数は2023年時点で国内急速充電器の60%超に該当。2022年以降は他社EVも利用可能となり、EV普及が加速している

③2018年、EV販売台数は360千台に増加(前年比+86%) 。2017年にテスラが大衆向けEV「モデル3」を発売し、生産を本格化させた翌年140千台以上販売した。高性能と従来よりも比較的手頃な価格が評価され、2018~2021年の間世界で最も売り上げたEVとなった

④バイデン政権が発足した2021年以降、EV販売台数 (EV割合) は630千台 (4.2%) →990千台 (7.1%) →1,390千台 (8.9%) と急増。「インフラ投資雇用法」では充電インフラ整備に対し総額75億ドルを投資しており、「インフレ削減法」ではEV購入者への最大7,500ドルの税額控除を採用した。また、2020年にテスラがクロスオーバーSUVのEV「モデルY」を発売。従来よりも走行性能や航続距離が改善され、2022年、2023年は世界で最も販売されたEVとなった

⑤その他、国内では近年州独自で脱炭素化を推進する動きが強まっており、カリフォルニア州、ワシントン州、オレゴン州などで、2035年までにガソリン車、HEVの新車販売禁止が決まっている。これにより、EVシフトの更なる加速が想定される

(4) 日本

10 日本の自動車産業動向推移

出典:JETRO、日本自動車販売協会連合会、IEA、経済産業省ホームページを基に筆者作成

11 日本EV動向の沿革

出典:各社報道を基に筆者作成

①日本では、少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少に伴い、新車販売台数は減少傾向にある。GDPも新型コロナやウクライナ危機によるエネルギー価格高騰などを受け、特に2022年に急減した。一方、EV販売台数は2017年に大きく増加し、2021年以降も増加が加速している

②日本は他国と比較して早くから購入時補助金や減税制度を導入しているが、EVの普及スピードは他国よりも遅い。その要因の一つとして、トヨタ「プリウス」を始めとしたHEVでの成功が挙げられる。車両価格や航続距離、充電(給油)インフラにおいてはHEVの方が現状優れており、メーカー各社もEV量産体制構築に向けた本格投資を進めてこなかったとされる

③日産が新型「リーフ」を発売した2017年、EV販売台数は55千台に増加した(前年比+129%) 。モーター出力やバッテリー容量が改善され、航続距離は200㎞から400㎞に倍増した。2023年には世界累計販売台数が650千台に到達している

④2021年以降、EV販売台数 (EV割合) は48千台 (1.2%) →98千台 (2.8%) →140千台 (3.6%) と順調に増加。政府は2021年に「グリーン成長戦略」を発表し、購入時補助金の増額や対象車の評価基準変更を通じて、EV購入がより身近になる体制づくりを強化している。また、急速充電器普及やバッテリー量産技術向上などに10年間で総額150兆円を投じる方針としている

⑤2022年には、軽自動車EVの日産「サクラ」が発売された。補助金適用で従来の小型ガソリン車と同等の負担額で購入できたため、2022年と2023年に日本で最も売れたEVとなった

(以下、次回〈12月13日付〉に続く)

※『バンカーの目のつけどころ 気のつけどころ』過去の関連記事は以下の通り

第264回「中国のEV市場を見て感じたこと―中国 見たまま聞いたまま(その3)」(2024年4月12日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-145/#more-14714

第269回「土砂降りのタイ経済と苦境にあえぐ在タイ日系企業」(2024年6月21日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-150/#more-14911

第278回「日本のマスコミが伝えない欧州のEV事情―ドイツ 見たまま聞いたまま」(2024年11月1日付)

https://www.newsyataimura.com/ozawa-159/#more-21566

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