小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住26年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
私はなるべく多くの人に会い、新しい情報を得ようとしている。私が生業(なりわい)とする銀行の貸出業務においても「損益計算書などの財務諸表を分析することで貸出判断は完結する」と信じている銀行員が大半である。しかしこの考え方は重大な間違いを含んでいる。貸したお金が戻ってくるのは将来の話であり、会社の将来像を想像するには、会社の現状把握が必要である。この現状把握は過去のデータだけでは得られない。もちろん過去のデータも重要である。過去に利益を出している会社は、将来利益を上げるための基盤が出来上がっている可能性が高い。しかしそれだけでは十分ではない。その基盤は現在でも有効なのであろうか? 会社を取り巻く環境は変わっていないだろうか? 私はこうした会社の現状を知るため、お客様を頻繁に訪問してきた。過去のデータとともに現在の生きた情報が必要なのである。こうした考え方の正当性は、私の48年間の銀行員生活で不良債権を1件しか出さなかった実績が証明してくれている。
◆「現地・現物主義」で得た知識と氾濫する情報
こうした私の習い性「現地・現物主義」は、銀行貸出だけでなくあらゆることに適用される。事実を知るためには自ら現地を訪問し、自分の目と耳で確認する。タイの電気自動車(EV)の状況をより深く理解するため、今年は中国とドイツに赴き、中国のEVの影響をこの目で見てきた。また、現地の専門家の方たちから多くのことを教えていただいた。そこで私なりに得た知識はこの「ニュース屋台村」で紹介させていただいている。
世界のEV事情については、日本のマスコミでは報じられていない幾多の事実がわかってきた。事実を正しく認識しなければ、将来設計も間違えてしまう。帰納法や演繹(えんえき)法を使ってデータを正しく解釈することも難しい。しかしそれ以上に難しいのは、口コミで拾ってきた情報の信憑(しんぴょう)性を判断することである。
インターネット情報が氾濫(はんらん)するようになった現代は、特に情報の信憑性の判別が難しくなった。人々は事実より他人が知らない「真実」を求めて、無意識のうちに陰謀論に加担する。「真実」を知ることにより脳内細胞の「セロトニン」や「ドーパミン」が分泌され、人々は「安心」と「快楽」に酔いしれる。さらにこの真実を、善悪の二元論の「陰謀論」にまで先鋭化することで「快楽」が増進する。生物としての進化の過程で生まれた人間の本能がなさせる業である。
しかし、まずもってこの真実は「事実」を踏まえていないことが大半である。問題は「この口コミやSNSでもたらされる真実の無謬(むびょう)性(誤りのないこと)を証明することが難しい」ことにある。
私は個人的に「真実」に論理的納得性があり、かつ複数の信用できる人が言っている場合に限りその「真実」を採用する。ただしその場合でもデータで検証できない場合はこの「ニュース屋台村」では積極的には使わない。しかし、年の終わりの無礼講(?)。今回は日本で拾ってきたこうした陰謀論(?)をあえて紹介したい。
【陰謀論その1】中国人が日本の不動産を買いまくり、日本は中国に占領される
東京23区内の新築マンションの平均売り出し価格が今年は1億円を超えた。円安による材料費の値上がりや人口減少に伴う人件費の上昇からマンション価格の上昇が止まらない。不動産業者も販売戸数の制限によるマンションの価格コントロールを強め、利益確保に動いている。
価格が高騰していても東京23区内の高額マンションの販売は順調のようである。これを買いあさっているのが中国人だという。特にオリンピック選手村の跡地を活用した「晴海フラッグ」(東京・中央区晴海)のマンションの上層階の価格は3億円から5億円するというが、これを中国人が現金買いをしていく。
こうした部屋の多くが民泊に使われるようである。「晴海フラッグ」近くの公園には大量のカギ箱が置かれ、そこを通してマンションのカギの受け渡しが行われる。数年前までは、東京23区内のマンションの購入層は①年齢の高い富裕層の買い替え②地方富裕層の節税対策③ダブルインカムの高収入夫婦の新規購入④中国人を中心とした外国人需要――の4つと考えられていた。しかしマンション価格が1億円を超えた現在は、①から③のクラスは脱落。現在は中国人が主要な買い手のようである。中国のインターネットには東京のマンション情報があふれ、中国の富裕層が現地を見ずに買っていくという。
2014年に生産年齢人口がピークアウトした中国では景気が低迷し、いわゆる「失われた30年」が始まっている。国内の株価や不動産価格の下落が心配される中国では、富裕層がいち早く資産の海外移転を進めている。
こうした動きは日本に向けてだけではない。タイでも多くの不動産が中国人に買われている。諸外国同様、タイでも外国人の不動産所有が制限されている。この例外となるのが、個人住居用のマンション(ただし該当マンションの49%まで)と工業団地である。最近では中国人のマンション購入が過熱化し、この所有制限を外そうという動きがある。また昨年に引き続き、今年もタイの工業団地の売り上げは過去最高を記録した。中国企業を筆頭に海外企業のタイ進出が止まらない。いまやタイの工業団地運営会社には「売る土地」もないと聞く。
タイに進出してきた中国企業の責任者がタイ進出の理由として①中国経済の景気の悪さ②中国にある資金を海外に持ち出す最後のチャンス――と言っていた。中国人富裕層が海外に資金を移す話は、今年夏に旅行したドイツでも聞いた。全世界ベースで起きている可能性もある。
日本でもバブル崩壊後の1990年代初めに「東京23区内の土地代の総額でアメリカ全土を買うことができる」と言われたことがある。経済発展と円高でこうした事態が起こった。しかし今は真逆の状況にある。現在の円安は中国人にとって「日本の不動産はお買い得」と思わせる。中国人は華僑の歴史からもわかるように、海外に移住することに違和感がない。さらに日本には外国人が日本の土地を購入するにあたって規制がない。買いたい放題なのである。
中国の景気低迷により中国人富裕層が中国国内の資産を持ち出すため、大量の日本の不動産買いが起こっている。否、不動産だけではない。アベノミクスによって引き起こされた「円安」に伴い、いまやセブンイレブンや日産自動車など日本を代表する企業さえ外国企業が安く買いたたこうとしている。日本のマスコミの中には「中国の景気停滞」を取り上げて溜飲(りゅういん)を下げているものが多い。しかし日本政府は、早急に「外国人による資産購入制限」を実施しなければ、「日本は外国に占領される」といった陰謀論が現実化するかもしれない。
【陰謀論その2】日本経済はTSMCやラピダスなどの半導体産業により華々しく復活する
これを陰謀論と呼ぶべきかどうかは議論があるだろう。日本人ならば誰でも日本の繁栄を望む。私はこれまであらゆる機会を通じて、日本の問題点を問うてきた。それは「日本がこれまで以上に良い国になってほしい」と強く願うからである。
しかし残念ながら日本の実質国内総生産(GDP)はかつての2位から来年には5位に落ちようとしている。2024年の1人当たりのGDPは世界39位まで下落し、今や日本はすっかり中進国である。こうした現実に目を背け、「日本はいまだに世界の一流国だ」と信じ込ませる記事のなんと多いことか。自分に都合の悪い事実には目をつぶる「正常性バイアス」のなせる業なのであろう。しかし正しい事実認識が無ければ正しい将来設計はない。一部の事象だけを捉えて声高に「日本賛美論」を唱えることこそ陰謀論と言えないだろうか。
さて、半導体に話を戻そう。日本の半導体産業は本当に復活するのだろうか?
まず、半導体製造シェア世界トップのTSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング=台湾積体電路製造)から見てみよう。米中関係の緊張の高まりから、その渦中にいる台湾企業のTSMCがリスク回避の一環として日本の熊本に2つの工場を建設する。第1工場は自動車などに搭載するマイクロ半導体、第2工場は日本には技術がない7ナノの微細半導体である。TSMCはこの2工場に合わせて3兆円を投資する。だが、このうち1兆2000億円は日本政府が補助金を出す。
日本にはこの微細半導体を作る技術がないため1兆円を超える補助金はやむを得ないかもしれない。しかし日本はその見返りに何を得るのだろうか? 漏れ聞こえてくる情報によると、このTSMCの新工場に納入する日本企業は片手にとどまるという。日本には半導体産業のすそ野がないため、大半の部品は台湾の下請け企業から調達される。また従業員も当初日本人500人を採用したが、TSMCの仕事の要求水準の高さについていけず、ほとんど離職したという。うち200人は地元の高専から採用したが、台湾での研修中に大半が辞めてしまったと聞く。このため従業員も当面台湾から連れてくるという。従業員を通してのノウハウの伝承も期待できない。半導体製造には大量の電気と水が使われる。せっかくTSMCを誘致しても日本は政府の補助金と電気・水を使われるだけになりかねない。
もっと成算が見込めそうにないのが、北海道のラピダス(Rapidus)である。現在日本の半導体業界では40ナノの半導体しか作れない。これが一挙に世界最先端の2ナノへ挑戦するという。先述のTSMCが40ナノの半導体を製造開始したのが2008年。それから15年の歳月を経て現在3ナノの半導体の量産化を進めている。さらにTSMCは現在2ナノの量産化にもめどをつけ、2026年には1ナノを目指すという。
微細化技術の進化は天文学的な試作と失敗の繰り返しといわれる。半導体の製造は大まかに言って「設計」「シリコンウェハー製造」「「ウェハーへの成膜」「露光」「エッチング」「洗浄」「検査」などの作業がある。このうち回線図をウェハーに転写する露光作業が最も難易度が高い。微細化半導体を製造するための露光装置は現在オランダのASMLの1社独占状態である。この露光装置の値段は1台約500億円である。
問題は「この機械は購入したからと言って、すぐ使える代物ではない」ことにある。機械設置および研修のためオランダ、ベルギーなどからASMLの技術者が長期派遣される。工場は北海道千歳近郊に建設されているが、現地ではこれら長期出張者の住宅確保が問題となっている。何しろ日本人とは違った生活様式を持ったヨーロッパの人たちである。200平方メートル以上の広いマンションを要求されているとも聞く。
歴史の古いオランダの都市はもともと居住空間が狭い。長期派遣される技術者たちがこうした要求をしているのか真偽のほどは定かでない。しかし、北海道は技術者の受け入れに際してパニックになっている。
さて、露光装置の先端技術は日本に根付くのだろうか? 先に指摘したように台湾のTSMCも40ナノから3ナノを達成するのに15年を要した。またTSMCはASMLと協業しながら露光装置の開発を手伝っている。こうした強固な信頼関係があって微細化半導体が出来上がっている。日本が2ナノの半導体を作れるようになるには、膨大な資金と時間、さらに優秀な人材の投入が必要である。この業界において「華々しく日本が復活するのは簡単ではない」と思うのは私だけだろうか?
◆多くの人通じ多くの情報に巡り合う
私は70歳を過ぎた今でも毎日外出し、異なった業種の人たちとお会いする。ほとんどがその業界の専門家の人たちである。多くの人に会えば、多くの情報に巡り合える。
ただし専門家といえども、その情報の信憑性は担保できない。今回はこうした口コミ情報をベースに書いた。これらの内容を信じるかどうかは読者の判断に委ねたい。年の最後の笑い話として、何とぞご容赦いただきたい。
今年も「ニュース屋台村」にお付き合いいただき、ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
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