小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住21年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
コンピューターの発達によって私たちの生活は明らかに便利になった。いまやスマートフォンを使いこなさなければ生活に支障をきたす。家族や友人とのコミュニケーション、情報入手、検索、ゲーム、地図、音楽、映画、写真撮影、情報保存、商品購入。スマホ1台あれば、我々の生活はほとんどこと足りてしまう。しかしそのスマホの代表であるアイフォンが世の中に登場したのは、2007年とまだ10年強しかたっていない。
ちょっと遡ってみると、汎用型パソコンがこの世に登場したのが1977年のことで、同様にアップル社のコンピューターだった。90年にはインターネットが登場。初期のインターネットは接続速度も遅かったが、2000年代にはブロードバンド接続が一般化。大容量のデータ通信が可能となる。ソフトウェアについて言えば、05年にグーグルマップ、I-tune、You Tubeなどが一挙に開発され、現在のスマホではこうした機能は標準装備となっている。こうしたパソコン、インターネット、スマホ、更には人工知能(AI)などコンピューター、通信技術の進化を「第3次産業革命」と呼ぶことがある。今回はこの「第3次産業革命によって我々の生活や社会がどのように変わってきているのか」独断と偏見で論じてみたい。
◆第1次産業革命の背景と社会的影響
「第3次産業革命」を考察する前に、第1次産業革命がどのようなものだったか整理してみたい。産業革命とは1760年代から1830年代までの比較的長い間、英国で起こった一連の産業変革と社会構造変革のことである。私の従来の歴史認識の中では「ジェームス・ワットによって発明された蒸気機関により、船舶、鉄道などの輸送手段や工場設備が劇的に変化したもの」といったものでしかなかったが、実際には徐々に進行していた社会変化と幾つかの技術開発の積み重ねに起因した構造変革のようである。
この当時の社会変化でまず挙げなくてはいけないのが、英国の農業革命である。農地の効率的な使用を目的として英国議会が推進した「囲い込み」は、ノーフォーク農法などの高度集約農業の導入を可能とした。この「囲い込み」と一年中農地を利用できる「四輪耕作」の導入により、英国では食料生産が飛躍的に増加。この食料生産の増加は英国に人口増加をもたらした。この人口革命が、次に来る産業革命の時代の働き手の供給源となる。一方でヨーロッパでこの当時行われ始めた植民地支配により、原材料調達先ならびに商品の販売先が飛躍的に増加。こうした商業の発展と植民地支配から得られた富の蓄積が、技術革新を必要とする素地を生み出した。
こうした社会変化により、まず影響を受けたのが紡績技術である。当初、英国は毛織物製造を主要輸出品としていたが、インド、中国などとの三国間貿易が始まるとインドの綿花に目をつけた。従来手作業で行われていた織布作業は1733年飛び杼(ひ)と呼ばれる器具の発明により 飛躍的に生産効率が上昇。これに引っ張られる形で紡績技術も向上。1776年に蒸気機関が発明されると、これを動力としてこちらも生産力が飛躍的に伸びた。またこれと並行して製鉄業の技術も同時期に大幅に向上した。
従来木炭を燃料として製鉄業が営まれていたが、石炭を蒸し焼きにして使うコークス製鉄法が発明される。更に高炉への送風器の開発などで鉄の生産量は飛躍的に向上。もともと英国内には大量の石炭があったため、英国は他のヨーロッパ諸国に比べて優位な立場に立った。こうした鉄の大量生産は工業機械や鉄道などの発達を連鎖的に引き起こしたのである。1804年には蒸気機関車が発明され、1830年にはリバプールアンドマンチェスター鉄道がスタート。有史以来、人間の輸送活動の中心をなしていた水路運送が陸路にとって代わるようになるのである。
さて産業革命は人々の生活にどのような影響を与えたのであろうか? 第一の影響は農民比率の相対的減少と商工業者の増加であろう。人口革命による人口増加は人々を商工業へと向かわせた。また動力が水車から蒸気機関に変わることにより、工場は川沿いにある必要がなくなり、都市部へと移転した。更には工作機械の発達から従来の家内制手工業から大型工場にとって代わられる。都市にどんどんと人が吸収されていくのである。
製造業が発達していくと、大型工場を保有する資本家と労働者の間の貧富の差が歴然としてくる。社会の中に貧富の差による階級分化が進行した。更に富を得た資本家階級は従来の貴族・地主階級と同化を図るとともに、ブルジョア政党を成立し発言力を高めようとした。製造業の基本インフラである自由経済と民主主義を守るために議会制民主主義が発達する。知見や教養のあるとされる一部エリート層(大半が貴族やブルジョア)が国家を運営し、独裁者の登場を避ける為の三権分立が確立する。こうした議会制民主主義は一般国民にとっても生存権や機会の平等が保証されるため受け入れやすい制度となった。
◆大量のデータ蓄積とAIの進化
さてここまで第1次産業革命の背景や内容、またその社会的影響について振り返って整理してみた。それではコンピューターやインターネットによる第3次産業革命は一体どのような方向に人間を導くのであろうか?
最初にコンピューターなどの技術開発などの第3次産業革命が起きた社会的背景を考えてみたい。まず考えられる社会変化は、1950年ごろから使用され始めた化学肥料の登場とそれによる農産品産出の劇的増加である。第1次産業革命の時に見てきたように食料の増加は人口の増加を促す。世界中で人口爆発が起こったのである。1950年に25億人だった世界の人口は50年後の2000年には約61億人と2倍以上に増加している。こうした人口増加が新たな市場を生み出す。
次に私が考える社会的背景は「米ソによる冷戦とその終焉(しゅうえん)」である。米ソ冷戦は軍拡競争を引き起こし、コンピューター、通信、輸送手段の画期的な技術を生み出した。しかし1990年ごろに起こった東欧の民主化、東西ドイツ統一、ソ連の崩壊により米ソ冷戦が終わる。すると軍事技術を研究していた米国科学者は国からの仕事を失い、民間へと流出した。コンピューター関連の第3次産業革命が富と技術を持った米国から発達したのは必然のことなのである。
それではコンピューターなどの技術革新が私たちにどのような恩恵を与えたのか、考えてみたい。まずパソコンである。マイクロプロセッサーの発明により開発されたパソコンは当初、演算機能、作表機能、文章作成機能やゲームなどを人々に提供した。1990年代に入るとインターネットが急激に普及し、コンピューター同士の接続が可能になる。
更にマイクロプロセッサーの機能向上、ハードディスクの大容量化によりパソコンでもニュースなどの情報入手、検索、更には映画や音楽配信機能が追加される。2007年の発売以来爆発的ヒットとなったアイフォンに代表されるスマホはハードディスクに代わるフラッシュメモリーの開発と各種部品の超小型化によって可能となった。携帯電話カメラ、音楽プレーヤーとパソコンが一体化。次々とプログラムソフトが開発されて機能も使い勝手も飛躍的に向上。今では人々の生活に無くてはならないものとなる。
一方、人々がパソコンやスマホを日常的に使うようになると大量のデータが蓄積されるようになった。こうした大量のデータを確率や統計理論を使って処理する人工知能(AI)が進化。ディープラーニングを通して画像や音声認識、翻訳機能、天気予報など特殊予測までコンピューターが司るようになっている。
◆感情だけで結論が導き出される社会的仕組み
こうした一連の技術進化――総じて第3次産業革命は人間に一体どのような変化を与えるのであろうか? 「将来我々の仕事はコンピューターにとって代わられ、失業の憂き目に遭う」「将来的にコンピューターは人間の能力を超え、我々はコンピューターに支配される」といった悲観的な意見を載せた本をよく見かける。一方で「コンピューターに自分の脳を移植させることによって不老不死が可能になる」といった声も聞かれる。これらはコンピューター技術が今後とも飛躍的に伸びていくことが前提となっている予測である。こうした遠い未来予測ではなく、第1次産業革命で見たように既に現実に起こりつつある社会構造の変化について考えてみたい。
まず挙げたいのは、産業に与える影響である。インターネットを介して大量の人たちと直接コンタクト出来るようになると、商売の在り方が変わってくる。消費者に物を売る小売業の役割が低下し、人々はインターネットを通して物を購入する。米国ではアマゾンなどインターネット販売業者が勝ち組となり、シアーズなどの百貨店が次々と倒産している。日本でも百貨店など小売業の売り上げ不振が顕在化している。
一方、インターネット販売の増加により宅配業者を含め、配達システムの充実が世界中に求められている。この配達システムについても大型倉庫と専門人員を配置した旧来のやり方から、個人の自由時間をうまく活用するウーバー型のものに変化してきている。更にはAIを活用した自動運転が現実のものとなれば、配達コストの大幅引き下げが実現され、この分野でも余剰人員が発生する。消費者に対して大量に販売を行う大手小売業はこれまで、製造業者より強い力を持ち価格主導権を握っていた。しかし、インターネット販売業者は従来の小売業者以上に消費者にダイレクトかつ独占的にコンタクトすることが出来る。従来の小売業者以上の力を持つようになるとともに独占的な地位を獲得する。このため経済社会での勝ち組はごく一握りの人たちに限定され、富の偏在は今以上に進んでいくことになると思われる。また情報発信、コミュニケーション、ショッピングなどの基点となっていた都市の必要性が薄れ、都市の荒廃が進んでいく可能性もある。
次にコンピューター、インターネットによる第3次産業革命が我々人間に与える影響を考えてみる。フェイスブックやLINE(ライン)などのコミュニケーションツールの登場により、人間はその本能の一部である「社会帰属欲求」を簡単に満足させることが出来るようになった。「いいね」をもらうことによって他者からの認知を得られ、脳内のドーパミンの分泌によって幸福感を得る。こうなると人々は更により多くの「いいね」をもらうために同質な人たちで固まるようになる。
一方、ニュース配信ソフトは閲覧履歴から各個人の嗜好(しこう)を分析し、その人好みのニュースのみを配信する。その裏には巨大な商業資本が隠れているのだが、人々は気づかない。人々は無意識のうちに自分の嗜好をコンピューターで操作され、かつ同質な人だけでグループを作るようになる。
同質な人たちだけで作ったグループに理論は介在しない。感情だけで結論が導き出される社会的仕組みが出来上がってきている。感情だけで動く人が多くなると、理性による抑制がきかなくなる。昨今の日本のマスコミの嫌韓記事を見ていると社会が次第にエキセントリックになってきているように思えて仕方がない。グループ内の対立や村八分などの行動が今後増加していくことが懸念される。
こうした人々の変化は政治にも現れる。インターネット社会によって、すべての人が簡単にかつ無記名で意見の発信が出来るようになる。それらの意見は基本的には「好き」「嫌い」の感情発露の可能性が高い。選ばれた政治家たちによるプロの政策運営を理想とした議会制民主主義は瓦解し、ポピュリズムが蔓延(まんえん)する世界となってきている。政治家たちは大衆からの支持が必要なため、単純・大げさでかつ感情に訴えかけるメッセージを送る。政策や論理の整合性など省みられなくなる。世界中でこうした現象が見受けられるのである。
しかし更に注意して見ていかなければならない。現代のインターネット社会ではこうした世論を簡単に一定方向に持っていくことが出来る。ツイッター上のコミュニケーションの70%近くがリツイートで構成されており、その半分以上が機械によって操作されているといった記事を読んだことがある。もしその記事が正しければ、誰かの陰謀によって容易に世論が形成されている可能性が高い。こうした陰謀により政治の世界も権力の一極集中が進んでいくかもしれないのである。
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