小澤 仁(おざわ・ひとし)
バンコック銀行執行副頭取。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住21年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。
バンコック銀行日系企業部には、新たに採用した行員向けに「小澤塾」と名付けた6カ月の研修コースがある。この期間、銀行商品や貸し出しの基本などを、宿題回答形式で、英語で講義を行う。この講義と並行し、日本人新入行員として分析力、企画力などを磨くため、レポートの提出を義務づけている。今回は、昨年12月に「小澤塾」を卒業した南都銀行(本店・奈良市)の池田賢史さんのレポートをご紹介したい。
◆奈良県・京都府の現状と歴史
奈良県は東大寺、興福寺など有名な寺院を有し、平城京が置かれた古都として有名な地域である。奈良県に隣接する京都府も平安京がおかれ、両府県ともに日本の中心として栄えた古都、有名な観光地という共通点がある。しかし観光業以外の地域産業を比較した場合、奈良県、京都府では、企業数、産業構造、人口構成において大きな違いがあることが分かる。奈良県・京都府を比較し要因を分析する事で奈良県に求められる地域創生について考えたい。
人口構成について
奈良県には人口136万人が居住。世帯構成は、核家族世帯割合、高齢者夫婦のみ世帯割合が高いが単独世帯割合は低い。最終学歴が大学・大学院卒の割合が高いが、近隣府県に大学が多くあること(大阪55校、京都 34校、奈良11校)から奈良県内の高校卒業者は近隣他府県の大学へ進学することが多い。奈良県内の大学に進学する割合、県内就業率も低く、他市町村への通勤者が多いため昼夜人口比率は低く、典型的なベッドタウンであることが特徴である。
京都府は人口261万人が居住。京都府の世帯構成は、核家族世帯割合、高齢者夫婦のみの世帯割合は全国平均水準であるが、単独世帯割合が高い。最終学歴が大学・大学院卒の割合は高く、京都府内に大学が34校あることから同府内の大学への進学率が高い。京都府の大学生数は163千人であり、単独世帯数が多いことが特徴である。
両府県を比較すると、奈良県は多くの大学生が県外大学に通学するなど、昼夜人口比率は90%と低水準。京都府は、大学生が163千人おり、昼夜人口比率が101.8%となっている。両府県の世帯構成、昼夜人口比率を比較したときに大きく異なる点は大学生の存在であることがわかる。
出所:総務省統計局 2018社会生活統計指標 |
産業構成について
<業種別付加価値構成比率> <製造業のみの付加価値構成比率>
出所:経済産業省 平成28年経済センサス |
奈良県の平成28年度付加価値額は1兆7481億円、製造業のみの付加価値額は3519億円、1事業所あたりの付加価値額は8千万円となる。製造業のみの付加価値額の構成比率では、「食料品製造業」15% 「輸送用機械器具製造業」10%「プラスチック製品製造業」9%が上位になり、川下産業が多い。
京都府の平成28年度付加価値額は4兆8908億円、製造業のみの付加価値額は1兆1611億円。1事業所あたりの付加価値額は9500万円となる。製造業のみの付加価値額の構成比率では「生産用機械器具製造業」12%、「電気機械器具製造」12%、「食料品」8%が上位となる。製造業の付加価値額の上位にある電気機械器具製造業には電子部品、デバイス電子回路製造業が含まれており、中間財、部品、工作を担う川中産業が多い。
両府県を比較した場合、産業面は、総事業所数、付加価値額、1事業所あたりの付加価値額を比較すると大きな違いがある。
歴史について
奈良県では、平安遷都以後、平城京跡地は水田として利用され農業技術革新が起きる昭和初期まで高い生産技術を有しコメ作り中心の国(県)であった。明治時代、廃藩置県が行われ、現在の奈良県ができるが、1876(明治9)年に堺県と合併し奈良県が消滅。再度、奈良県が制定されたのは1887(明治20)年であった。その間帝国大学令(1886〈明治19〉年)が公布され全国で国立大学が設立された。当時奈良県は堺県であり、1909(明治42)年に奈良女子大が開校するまで大学が存在しなかった。奈良県には赤膚焼、奈良漆器、蚊帳などの伝統産業はあるが、産業の中心として発展することはなかった。
京都府は長年都があったため、交通網が整備され東海道、北陸道などの主要陸路のほか、若狭道、山国道などができ、水陸交通の集積地となった。都への献上品など全国の特産品が集積。厳しい競合により地場産業である京焼、西陣織、仏具産業は高い技術を確立。他には学問や京都医学が進展した。明治時代、京都大学の前身となった帝国大学が創設される。その他、同志社大学、立命館大学や宗教本山が開校を主導した龍谷大学,大谷大学,佛教大学、花園大学などが設立され多くの大学を有する京都の町が築かれた。また明治維新期に舎密局(せいみきょく)と呼ばれる、化学技術の研究・教育、および勧業のために作られた官営・公営機関が開所。様々な工業製品の製造指導や外国人講師による理化学の講義が行われた。舎密局で講義を受け独立した中に、京都産業の母と呼ばれる島津製作所の創業者である島津源蔵がおり、京都府の産業発展に大きく貢献した。
両府県の比較から見える奈良県の課題について
前項では、奈良県・京都府の現状と歴史を比較した。奈良県・京都府では、人口構成、産業構成が大きく違うことがわかる。ここでは、両県府県の人口構成、産業構成の違いを分析し、奈良県の課題について考えたい。
人口構成が違う要因について
京都府では明治時代に国立大学である京都大学(帝国大学)が設立されたほか、多くの私立大学が開校したが、奈良県は明治初期の廃仏毀釈政策で寺院が荒廃したこと、明治初期に約10年の政治空白があり、国立大学の開校が京都府より大きく遅れていた。これらが京都府、奈良県の大学数・大学生数の違いの要因である。
産業構成が違う要因について
京都府は内陸地で狭小な土地が多く大規模事業地の確保が困難であったことから、軽薄短小な産業が適していた。軽薄短小な商品に高付加価値を付けていることが、京都産業の特徴である。その為、製造業の付加価値額で上位に位置する電気機械器具製造業などの、中間財・部品・工作などを担う川中産業が発展した。京都府では伝統工芸品の技術を転用し新しい産業が発展(例:京焼→セラミック。)。また帝国大学(京都大学)が京都に設立され、技術や医学にかかる研究が行われた。京都銘柄と称される高い技術力を持った優良企業が京都で育成された所以である。地域産業が活性化されることで、事業所数、付加価値額が増加したものと考えられる。
対して奈良県では、コメ中心の農業国(県)として発展。農業の副業として繊維業(綿織物業)などが発展したが、明治時代中期には歴史遺産へ観光客が訪れるようになり観光業が発展したこと、伝統工芸技術を研究し産業化につなげる研究機関・大学が無かったことなどから、有力産業育成にはつながらなかった。加えて鉄道網が整備されてからは、ベッドタウンとして発展したため、事業所数、付加価値額の面で京都府と大きな差が生まれる要因になったものと考えられる。
京都企業の商品に高付加価値を付ける要因を考えてみたい。京都府にある東証1部上場企業は、大半の企業が京都大学をはじめ大学研究室と連携している。京都大学を筆頭に産学連携による特許権実施件数、共同研究実績件数、受託研究実績件数において優れた実績を有している。そのことからも京都企業の高付加価値は大学との産学連携が要因であると考えられる。また大学は優秀な人材を企業に供給する重要な役割を担い、大学の存在が京都産業発展の一因であったと考えられる。
以上により、奈良県は産業基盤が構築されておらず企業数が少なく、大学・企業数が多い近隣他府県へ人材が流出している事が問題である。今後産業育成に取り組み人材流出を改善する事が奈良県の課題である。
奈良県の産業育成について
まず奈良県での適正な産業について考えたい。奈良県は多くの歴史遺跡があり制限地域が多い。そして多くの山林を抱えているが産業・工業に発展しにくく、ベッドタウンと化している。また工業専用地域面積が非常に少なく(工業専用地域面積比率が0.7%全国最下位)新幹線・空港が無く、近隣府県と結ぶ高速道路網も限られていることが立地条件である。京都府も工業専用地域面積割合が3.2%(全国40位)と工業専用地域が少ない点が共通しており、奈良県は京都府同様に軽薄短小な産業が適している地域ではないだろうか。
京都府のように高付加価値をつけるためには、京都府の産業が発展した要因である大学との連携が必須であるが、奈良県内にある大学は産学連携実績が少ない。この点が京都府と大きく異なる。まず奈良県から通学・通勤が可能で、産学連携の実績を有する近隣府県の大学と連携し、産学連携への取組を強化することが地域産業の育成につながると考える。
出所:文部科学省 平成28年産学連携実績 |
産学連携成功のポイントについて
①企業・大学間のマネジメントについて
<産学連携のマネジメントに求められる役割>
多くの大学、自治体で産学連携に取り組んでいるが、成功している事例が少ない。その状況下、産業界と強固な関係を構築している大学では産業界経験者が教員や研究員を勤め、企業・大学双方を理解できる環境と整えている。企業・大学、それぞれのニーズ把握、専門用語を理解する事が重要である。
行政機関は、公平性が求められているため、特定の事業に特化することが出来ない。民間企業は利益を追求しており、公平性は求められない。そのため、民間が中心となる必要がある。
以上により、企業・大学間のマネジメント(調整)役には、地域の特性を理解し、企業の実態把握・ニーズ情報を持ち、地元自治体や商工団体と強いつながりを有する地域金融機関が適任であると考える。しかし銀行員だけでは特許などの専門知識、研究分野の知識が不足していることや大学等研究機関との人脈などのノウハウが無い。対策として地域金融機関が企業OB(研究職)などを再雇用・中途採用し、大学教授(研究者)を顧問などで招聘(しょうへい)した専門部署を開設することで、不足する知識・経験を補い、地域金融機関を中心としたネットワークを構築することができると考える。専門部署開設により、銀行員(企業の情報収集、企業の代弁者)、大学教授・企業OB(大 学等研究機関の代弁者)が、銀行内で調整を図ることができる。その結果企業・大学それぞれをきめ細かくサポートすることが可能となると考える。
②研究開発費の確保について
産学連携にかかる費用を安定確保するためには、第三者からの資金確保が重要であると考える。しかし資金の出し手である企業・個人投資家はそれぞれ内部留保・個人資産が増加しているにも関わらず投資先を見つけられていない事が現状である。
産学連携実績が豊富な京都大学では、大学発ベンチャー企業を支援するベンチャーキャピタル(以下 VC)を設立し、研究開発費確保に向け環境整備に取り組んでいる。第三者からの資金調達手段であるVCについて考える。 VCはアメリカで発展していることからアメリカと日本のVCを比較したい。
経済産業省:平成28年度産業経済研究委託事業より抜粋 |
VCが盛んなアメリカの場合、投資件数・金額が多く、投資時期も研究初期段階への投資が多い。アメリカは寄付・社会貢献への意識が強い文化があり、研究・事業立ち上げ初期段階の事業に対する投資(Angel、Incubator)が多く、特に富裕層の寄付への意識が高いことが要因とされている。
対して日本のVCは社会貢献より、リターンを求める投機的な性質が強い。そのため、事業を見極めに時間を要し投資する時期が遅い。新事業立ち上げ前の段階で資金確保に苦労するため、産学連携の実績が伸びない要因となっている。
しかし日本では、大規模災害が発生した際に多額の義援金が集まるなど、寄付・社会貢献への潜在意識が高いことから、アメリカ同様に立ち上げ初期段階の事業への投資が増加する可能性が高いと考えられる。
地域金融機関は地元富裕層とのつながりが深い。地域金融機関が産学連携専門部署を設立することで、企業の有する技術、取り組む研究内容や期待される成果への理解が高まる。銀行員が地元富裕層へ産学連携の説明が出来れば、寄付・地元地域貢献に関心の高い地元富裕層の投資意欲を喚起し、資金確保につなげられると考える。
③大学の魅力向上について
産学連携成功には、優秀な研究者を有する大学であることが条件となる。VCが盛んなアメリカは世界大学ランキングの上位に多くの大学が名を連ねるなど、優秀な大学が多い。なぜアメリカで優秀な大学が多くあるかをスタンフォード大学と日本の国立大学法人の収入・支出割合の比較し分析したい。スタンフォード大学は、企業からの研究開発費、寄付金による収入が多く、企業や卒業生等個人から資金を確保するネットワークを構築している。支出では人件費の支出が大きく、豊富な資金を生かし人材の確保に投資している。優秀な教員、研究員を雇用し、優秀な学生を確保していることがわかる。
日本の国立大学法人では、国からの補助金が多く、企業からの研究費、寄付金の割合が低い。大学と企業・卒業生等個人を結ぶネットワークが構築されていないと判断できる。
地域金融機関が産学連携部署を設立することで、企業、大学、地域富裕層のネットワークの拡大につながる。大学は寄付金などで得た資金で優秀な教員・学生を確保し、大学の魅力向上につなげることが出来ると考える。
結論
奈良県、京都府には歴史があり、似ていると思われる両府県について比較を行った。両府県では人口構成、産業構造に大きな違いがあり、要因を分析した結果、奈良県は、産学連携による地域産業育成が求められると考える。
産学連携を成功させるためには、地域金融機関が中心となり以下3点に取組む必要があると考える。
地域金融機関が企業OB(研究職)を再雇用・中途採用、大学教授(研究者)を顧問に招聘し、産学連携専門部署を設立。そして企業、大学間を調整し、産学連携プロジェクトをマネジメントする。
産学連携では、研究・事業立ち上げ初期段階の事業にVC、Angelによる投資を呼び込む行う必要がある。 地域金融機関が富裕層顧客、地場優良企業の投資ニーズを喚起し、研究への投資促進につなげる。
金融機関を中心に企業・大学・地域富裕層のネットワークを構築し、大学への寄付につなげ、大学の魅力を向上させる。
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