内村 治(うちむら・おさむ)
オーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在は中国・深圳の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。
英国建設大手で、特に国内外の公共工事に強くロンドン証券取引所に上場していたカリリオンの経営破綻(はたん)が英国経済界に波紋を投げかけています。カリリオンは100年以上続いた長寿企業であるターマック社(建設資材のTarmac Group)から1999年に分離されたもので、学校や病院、鉄道などの公共建設工事だけでなく病院などの公共施設での食事や清掃サービス、防衛要員に対する住宅賃貸など多角的な事業を営み、従業員総数は4万人を超える英国の主要な企業の一つでした。今回の破綻については大きな懸念を生んでおり、私なりのコメントを記したいと思います。
◆破綻に至る経緯
同社は今年1月、約7億ポンド(約1千億円)の負債額による法定強制清算が開始されましたが、退職給付債務の積み立て不足も含めると負債額は16億ポンドにも及ぶと報道されています。この経営破綻は種々の公共工事や公共サービスの停止のほか、英国だけでなく進行中のプロジェクトのあったカナダなど海外でも数多くの失業とともに定年退職者などの年金にも大きく影響するなど経済的・社会的な影響が大きかったといえます。このことから、英国政府も重大な事案と見て議会の関与も含めて様々な観点からの諮問が行われました。
諮問には、経営陣に対する追及だけではなく、1999年から外部監査人だったKPMGに対する責任の有無、公共工事への民間からの関与(例えば、英国で採用される民間資金を活用した公共施設整備の度合い、公共サービスに関わる民間へのアウトソーシングの是非などがありました。
同社の経営陣の説明では、同社は赤字または収益性の低いプロジェクトを多数抱え込み、コストに見合うだけの収益が確保されずに経営を続けてきた(「ロールス・ロイスを作るのにミニクーパーの代金しかもらえない」という比喩〈ひゆ〉を使って説明)ほか、契約上のリスク管理に対する意識が十分でなかったとしています。
結局、昨年7月に一部の公共施設整備プロジェクトについて約8億5千万ポンドの評価損失を計上するとの適時開示が出されましたが、それ以降立て続けに資金繰りの不調を示す発表があり、今年1月に金融行動監視機構の調査を最終的なきっかけとして、1月半ばに会社清算が決定され、清算管理にプライスウオーターハウス・クーパース(PwC)が起用されました。
◆監査に対する認識の違いをどう埋めるか
こうした経緯を踏まえたうえで、以下に私の懸念を2点指摘したいと思います。
・公共事業の民間活用への懸念
代表的なものとしての2012年のロンドン・オリンピックでの施設インフラ整備についての民間投資の活用など、英国は主要な公共事業である高速鉄道建設を含め様々な公共事業についての民間の資金とノウハウを活用してきました。しかし今回、民間資金の活用を含めて民間委託のリスクがカリリオンの経営破綻によって顕在化したとも言えます。公共工事だけでなく様々な公共サービスについても積極的に民間委託が進められました。
カリリオンの場合、政府絡みのプロジェクトについては、追加工事の発生などによるコストアップなどのほかに、長期プロジェクトについては工期の遅延などもあり、それでなくとも利益幅の薄いプロジェクト受注が資金繰りを圧迫し続けていました。
これらにより、借り入れが増加するとともに金融機関からの新たな資金が得られなかったことが経営破綻の直接の要因となったと思われます。
昨年7月の同社の評価損失予測にもかかわらず、政府からのカリリオンへの発注が継続されたことについて、一部から批判が出るなど民間活用リスクに対して懸念が出ています。英国政府が推し進めてきた公共事業の民間委託について、今後見直しされるのか注視していく必要があると言えます。
・監査業界への懸念
カリリオンの2016年度決算発表からほんの数カ月、7月に損失予測が出るなど、社会的にも大きなインパクトあったことで今回までの外部監査に対して、そして監査業界全体に対して疑問が投げかけられました。
英国議会の諮問委員会の委員長であるリーブス氏は、カリリオンの年次決算書は「会社の真実の財務状態に関しての指針として無価値となっている」とまで言っています。特に、2016年度決算発表から数カ月で資金繰り悪化の発表があったという点から、監査人がカリリオンの継続企業の前提(企業会計の前提条件の一つであるGoing concern) についてこれを適切に判定していなかったのでないかとか、主要な工事契約の収益認識についての見積もりや判定を適切に行っていたかなどの点に着目し問題意識を持っているようです。また、監査業界がある意味で寡占状態にあるという問題点と監査法人がコンサルティングなどの業務を行うことによる利益相反の可能性についても問題意識があるようです。
英誌エコノミストは、最近「Expectation Gap」という表題でカリリオン問題に端を発した外部監査についての監査法人の認識と一般社会の期待値との間の食い違いについて論評しています。記事では、世界の4大会計事務所、いわゆるビッグ4(Deloitte、PwC、KPMG、 E&Y)が英国の監査市場で、例えばFTSE250(ロンドン証券取引所の株価指数を構成する中位の250銘柄)のほぼ全ての対象会社の会計監査を担当していることについて、寡占についての問題提起をしています。
ちなみに、米国でも資本市場の株式時価総額のうち97%の対象会社についてこれらビッグ4が監査を担当しているという報道もあります。また、もう一つの懸念として、それらの会社からの監査報酬に比べて、税務相談やコンサルティングなどによるその他の報酬が平均してほぼ倍なのも、利益相反の観点から疑問視されています。監査業界からは、2000年代初めに起こった米国のエンロン社問題からアーサーアンダーセン崩壊と、それに続いて起きた業界再編と独立性に関する監査規制の強化など大変厳しい自己規制が導入されたことなどにより利益相反は存在しないという見解が出されています。
英国議会の諮問以来、伝え聞くところによると、ビッグ4が中核となっている今の監査業務について、すでに一部の国で導入している監査法人の交代制による監査人と会社のなれ合いの強制排除のほか、以前も議論されましたが、監査人の独立性を維持するためには被監査業務からの監査の分離が必要だという提案などもあったようです。
監査に対する社会の期待の大きなものは、不正や経営破綻のタイムリーな発見にあるのに対して、本来の外部監査の役割は、あくまでそれらの発見という行為は制限的であり、決算報告の真実・適正性に関する意見表明というものが目的で、ここに認識の違い、つまり「Expectation Gap(期待ギャップ)」が存在しているというのです。
監査の基本的な手法は、重要性の判定を行い、全件について検証を行うのではなく、不正誤謬(ごびゅう)リスクなどの判定に基づいてあくまでサンプルチェックを行うことを基礎としていることです。決算を行う上での仮説や条件の適正さについて職業的な判断がどうしても含まれることなどもその理由として挙げられています。つまり、不正に関しては不正リスクの検証が主なものであり、監査の目的は不正自体を探すことではないということです。ただし、不正リスクの重要性と社会の要請などから、AI(人工知能)の活用などにより、全件チェックに近い監査手法も今後は取り込まれていくのではないかと思われます。
個人的な見解ですが、企業の財務情報などのディスクロージャーについて適切十分に第三者検証を行って信頼性のある保証を提供するには、誠実性を十分に有した高度なスキルを持ったプロフェッショナルがグローバルネットワークと高度な知識を持つスペシャリストを利用しながら、高品質な監査を遂行することが肝要です。その意味で、ビッグ4のように幅広く深い知識と経験があるスペシャリストを抱える非監査業務部門が不可欠であり、世界中に拠点を置いている監査法人のみがフォーブス2000社などグローバル企業の適切な監査対応が出来るのではないかと思います。
◆日本にとって「他山の石」
会計監査は市場経済の信頼性を確保するためには大変重要な役割でありますが、以上のように今回のカリリオン問題から様々な課題が提起されています。公共事業の民間活用の課題とともに今回提起された問題点のいくつかは英国だけで済む話ではなく、「他山の石」として日本でも注目していく必要がありそうです。
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