内村 治(うちむら・おさむ)
オーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在は中国・深圳の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。
各省庁から2019年度分概算要求が財務大臣に最近出されましたが、膨らみ続ける一般会計の要求総額は102兆円超と、過去最大となりました。また、来年10月の消費税率引き上げをにらんだ来年度の税制改正の概要が示されました。
◆相次ぐ新税の導入・導入予定
消費税率引き上げにより、景気減速懸念からの買い控え防止対策としての自動車関連税制や住宅購入減税の一部引き下げ、エコカー減税の延長などが中心で、比較的抑制の利いた改正になるようです。また、目新しいものとしては、従来の自動車取得税に代わって来年10月に導入される「環境性能割」(自民・公明両党が以前発表した税制大綱案で方向性が決められたもので、国内の自動車消費が喚起されるとともに、ハイブリッドや電気自動車などの燃費性能の良い車に対しては税負担をゼロまたは小さくすることで深化した環境対策としての位置付けもある新税制)という新自動車課税について、一部負担軽減があるようです。
さらに、来年1月7日から外国人旅行者だけでなく日本国籍者も含めて、個人が海外に出国する時に1回につき1千円が課される新税「国際観光旅客税」が設けられるほか、25年からは森林環境税(仮称)が創設される予定で、これが個人住民税の均等割という形で年額1千円が地方税として徴収されるなど、日本でも最近、新税の導入または導入予定が続いている気がします。
新税は、経済の仕組みや政治環境が変わったことによる対応として導入されたり、目的税として特定の目的のために導入されたりするのが一般的だと思います。
◆英国の「レジ袋税」と「砂糖税」
最近の英誌エコノミストの記事で、「Sin Tax」(酒、タバコ、賭博など社会的、健康的に良くない影響を与えうる物品や行為に課される税金。小学館ランダムハウス英和大辞典は「悪行税」「罪悪税」などと訳出しています)が取り上げられていました。これは、英国で最近相次いで導入された新税に関する功罪について。議論が色々分かれていることが背景にあると思われます。エコノミスト誌はまた、先週号で、都心部への交通量を少なくするためにシンガポールやロンドンで既に導入済みの都心部へ自動車が入る場合の「入場税」とも言える税金に関する記事を掲載していました。
砂浜に打ち上げられたクジラやウミガメの死体の胃の中に、買い物などで使われるプラスチック製ポリ袋が多く見つかったとの報道を最近見ましたが、英国では2015年10月から、スーパーなどでのレジ袋に対して5ペンス(約8円)が課される「Single-Use Plastic Carrier Bags Charges」(通称、レジ袋税)が導入されています。また、今年4月からはディーゼルエンジン車の新車購入に課される「Vehicle Exercise Duty」 (通称、ディーゼル税)が、またコーラなど砂糖を多く含んだ清涼飲料を製造するメーカーに課される「Soft drinks Industry Levy」(通称、砂糖税またはソーダ税)が導入されました。
このうちディーゼル税はその後、大気汚染対策のために英政府は2040年までのディーゼル車及びガソリン車の販売禁止の方針を発表しています。一方、砂糖税については、世界保健機関(WHO)が一昨年に生活習慣病の予防に関する報告書の中で加盟各国の政府に対して肥満人口の増加を抑えることを目的として砂糖摂取量を低減化させるために甘味飲料に砂糖税を課すことを提言していますが、それを受けての新税導入とも言えます。アジアでも、タイやフィリピンでこの砂糖税が導入されています。
◆日本の「タバコ税」と「酒税」
日本では1989年の消費税の導入に伴い、明治以来ぜいたく品とみなされて課されていた砂糖消費税は撤廃されました。それに対して、タバコと酒に関わる税金が日本ではこの「悪行税」と言えるのかも知れません。日本たばこ産業のウェブサイトによると、タバコ税は消費税込みで国・地方合計で63%です。例えば1箱440円の製品には277円の税金がかかるそうで、アルコールなどと比べても高税負担になっています。
ただし、2016年の国際比較からざっくり言うと、他の先進国のタバコ価格は日本の倍以上になっています。例えば、オーストラリアではマールボロは、税金の影響で約22豪ドル(約1800円)と日本に比べるとはるかに高くなっています。豪州政府は、この高価格をさらに上げて「懲罰的な価格」とも言える、1箱40豪ドル(約3200円)まで今後値上げできるという方向性を示しています。
日本は、喫煙率が2018年調査で18%前後と落ちていますが、喫煙者の数はまだまだ多いといえます。あえて誤解を恐れずに言えば、国際的に比較すれば、日本はタバコの価格が低く設定されているということを考慮し、2020年の東京オリンピックを視野に健康な社会を目指すということなら、タバコの価格を現在の倍くらいにしてもよいのかも知れません。
一方、日本の酒税については、ビール酒造組合によれば、蒸留酒やワインなどと比べてアルコール分1度あたりでビールの税金が突出して高くなっており、1度1リットル当たりでビール・発泡酒の酒税が31円に対してウイスキーなどの蒸留酒は10円、ワインなどの果実酒は8円と低税率になっています。英国を除き、他の先進国と比べて、350ミリ缶でドイツの14倍、アメリカの7倍になっています。
私が一時期住んだ香港では、アルコール度数が30度以下のお酒にはアルコール消費税がかからず、缶ビールは日本円で80~100円ほどでした。ちなみに、香港では、2008年にそれまでの税率80%というワインなどに課されるこの消費税を戦略的にゼロにし、オークション市場を含めてアジアのワインハブを目指しました。ただし、アルコール対策として、蒸留酒などアルコール度数30度超のお酒については引き上げ、100%の消費税率となっています。
◆「税の逆進性」が起きる恐れも
「悪行税」を考える上で新税導入の効果としては、例えばタバコ税ならタバコの価格に上乗せになるので、喫煙者を節煙または禁煙までに至らせる可能性があると思います。同様に、甘味ソーダ飲料の課税についても消費者、特に青少年の消費行動に変化が出て肥満対策につながることが期待できます。また、税収を目的税として、例えば税収の一部を啓蒙活動や肥満対策としての青少年健康対策費などに回すことも可能でしょう。
ただし、「悪行税」の価格転嫁による価格上昇が全ての人に効果があるというわけではありません。大量の飲酒や喫煙を続けても個人差があって長生きできる人も多いかもしれません。更に、飲酒やタバコ、賭博には常習性があって、税金によってコストアップしてもやめたくてもやめられない場合があると思います。特に、問題なのは、タバコやお酒の税率が上がって価格が上昇した場合、低所得者ほど収入に対する「悪行税」の割合が高くなり、高所得者よりも税負担割合が大きくなるという「税の逆進性」の問題が起きる恐れがあります。
税金は普通、所得、消費、資産の三つの要素を根拠に課税されますが、世界的なIT企業などの国際的な税逃れが色々取りざたされる中で法人税率が各国間で引き下げ競争になるなど大勢としては税金の主流の課税要素が「所得」から「消費」に移行していると思います。その流れの中で、納税者に理解されやすく、また色々な形での「消費」や「資産」に対して「悪行税」を含めた 新税として課税ベースを各国で広げているという潮流もあることを頭に入れておく必要があろうかと思います。
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