内村 治(うちむら・おさむ)
オーストラリアおよび香港で中国ファームの経営執行役含め30年近く大手国際会計事務所のパートナーを務めた。現在は中国・深圳の会計事務所の顧問などを務めている。オーストラリア勅許会計士。
タイなど東南アジアにいて楽しみの一つが、フレッシュで驚くほど安価な果物をたくさん食べられることです。その中でも特に、「果物の女王」と称されるマンゴスチンは筆者の好物です。まだ冷蔵技術がなく空輸という手段のなかった19世紀、大英帝国のビクトリア女王が「我が領土内にマンゴスチンという果物があるのに食したくても食することができない」と嘆いたとのいわれがあるくらい素晴らしく美味な果物です。濃い紫色の果皮をはぐと中から出てくる宝石のように透明感のある白い果肉。適度に甘酸っぱく、後味もスッキリしていて、さらにビタミンだけでなくカリウムやマグネシウムに富んでおり、栄養価もかなり高いとされています。果皮には「キサントン」という抗がん効果や美白・美髪に効くといわれる成分が入っているそうです。日本では価格が高いので手が届きにくいことを除けば、実に素晴らしい果物と言えます。
◆実は台風22号の英名
大好きなマンゴスチンですが、フィリピンなどアジア各国で9月半ばに猛威を振るったスーパー台風・台風22号は、アジア地域などでは「Mankhut(マンクット)」と呼ばれます。タイ語で「マンゴスチン」のことで、思わぬ形で不名誉な記録が残ってしまいました。ウィキペディアによれば、米国とアジア各国の14カ国で構成するアジア地域の台風防災に関する国際機関・台風委員会によって、台風ごとのアジアでの英語名称を決定するといいます。
風速55メートル以上の風雨による土砂災害とともに高潮も発生したフィリピン・ルソン島。そして、その後の進路だった香港は全土に台風最高警報度の「シグナル10」が10時間にわたって出されるなど厳戒態勢でしたが、数多くの負傷者が出たほか、多くの建物が被害を受けました。筆者はその2週間後に香港を訪れましたが、ビクトリア湾に面した香港島の多数のビルのガラス窓が割れ、応急処置としてベニア板が数多く張ってあったり、道路脇に植えられていた樹木が多数損壊したりしていて、今回の台風のすさまじさを感じました。
同じ時期に、アメリカの南・北カロライナ州を中心に大型ハリケーン・フローレンスが襲い、その後ハリケーンは勢力が衰えたものの速度が遅かったため風雨が何日も続きました。樹木の倒壊や高潮・洪水などで、CNNの報道によれば、死者は少なくとも48人、被害額は3兆円を超えるとのことでした。
日本では、9月初めに台風21号(英語名はJebi〈チェービー:韓国語でツバメ〉)が関西地域などを通過し、関西国際空港では空港機能が一時的に停止したり、土砂災害や強風などで死傷者が出たりしました。
◆外国人向け防災情報の充実を
台風21号では、暴風によるタンカー衝突で関西国際空港の連絡橋が損傷し、高潮による冠水で滑走路自体も一時機能不全に陥るなど空港およびその周辺のインフラに大きな被害が出ました。香港と並ぶ観光立国で人の往来の多い海に囲まれたシンガポールでは、空港など重要なインフラに対して海面上昇など温暖化に対する防御をさらに強化する必要性が指摘されており、環境省を中心に積極的な対応を提唱しています。
日本政府は、2020年に年間4千万人の訪日観光客数を目標に立て、各省庁が連携して観光立国の実現を目指し、地方も含めて全国レベルで努力しています。ただし、最近では台風21号によって関西国際空港が一時機能不全に陥ったり、数日後に北海道を襲った北海道胆振東部地震で電力網や交通網が一時マヒしたりして大混乱となりました。海外からの観光客も関空で数日間足止めを食いました。また、防災情報メールが読めない北海道訪問中の外国人観光客がいたり、日本語がわからない外国人生活者の避難が遅れたりしました。遅滞なく理解しやすい防災情報を送り、彼らが安心して日本に滞在できるよう配慮することは今後、訪日客の数を増やしていくうえで重要なポイントと言えると思います。
既に多言語対応(特に、訪日客の多い英語圏、中国語圏、韓国語圏での情報発信が重要)での防災・災害情報などは、大阪や札幌などかなりの自治体で概ね対応ができていると思います。ただ実際には、海外からの旅行客の中には自治体からの情報発信へのアクセスが十分ではなく、母国のメディアやSNS で情報収集したとの報道もありました。
訪日客のうち、かなりの割合で防災の知識水準が低い、例えばオーストラリア人、中でも大都市シドニーやメルボルンから来た人たちは、地震、台風(サイクロン)、火山の知識・経験がほとんどなく、災害時にパニック的反応を起こす恐れもあります。このため、より早く、より有効な多言語防災情報が訪日外国人に伝達され、適切な避難行動ができるようさらなる対策が講じられることを願っています。
◆国主導による防災対策の必要性
先の自民党総裁選では3選を目指した安倍晋三首相に対して石破茂元幹事長が立候補しました。石破氏の目玉政策案の一つは、防災省を設置して地方自治体などと連携したより効率的・効果的な防災でした。石破氏が敗れたことでこの構想は日の目を見ないかもしれませんが、この機会にもう一度災害対応を実質的に担う地方自治体との連携も含め、政府には今後の防災のあり方についてしっかり検討してほしいと思います。
米国では大規模災害に対して、連邦緊急事態庁(FEMA)が数兆円規模の予算で国レベルで対応しているといいます。筆者がこれまで住んだところでいえば、オーストラリアには緊急事態管理事務所があり、香港には安全庁があります。
香港は東京23区より少し大きいくらいの面積なので局地的な対応で済むわけですが、天文台と連携し、例えば台風が近づいた場合、早め早めにシグナル(警報)が出されます。シグナル1― T1 (待機)、シグナル3― T3 (強風警告)、シグナル8― T8 (暴風警告)、シグナル9― T9 (烈風または風力増強)、シグナル10― T10 Hurricane(暴風)の各段階に分かれ、シグナル8以上が出されると基本的には地下鉄を除くバスや市電、空港、フェリーなど公共交通機関も止まり、学校、会社なども休みになります。雨の警告は、黄雨(1時間に30ミリ以上の降雨)、紅雨(同50ミリ以上の降雨。学校などは休み)、黒雨(同70ミリ以上の降雨)と明確な基準が定められ、大変分かりやすい防災情報になっています。
先週末に本州を縦断した台風24号では、関東地方で風雨がひどくなる前に国土交通省の「タイムライン(防災行動計画)」に基づいて、JR東日本などが首都圏の運行サービスを夜9時で停止しました。「タイムライン」は米ニュージャージー州の防災経験を基にした防災対策の一つですが、多少の不便はあっても大きな事故や災害につながらなかったことは賞賛されると思います。
防災省のような組織の下で、海外の成功例などを参考にしながら、ぜひ国主導による地方自治体と緊密に連携した防災対策を講じ、難しい自然環境下にある日本の防災をさらに強固なものにしてほしいと願っています。
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