山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
季節は春めいてきたが、経済の雲行きが怪しい。「戦後最長」と見られていた景気拡大が、実は1月に下降に転じていたことが明らかになった。6年余り続いた「アベノミクス景気」は、実感ないまま幕を閉じる。
主因は中国にある。日本企業の好調な決算は中国の旺盛な需要に支えられてきた。ところが昨年来、異変が起きている。日本からの輸出が冷え込み、今年はさらに悪化が予想される。米国も「息切れ」が目立ち、世界経済を牽引(けんいん)してきた米中のブレーキで、地球規模の景気後退が心配されている。
◆中国の統計に大きな疑惑
国会は「統計偽装」の審議で紛糾しているが、中国の統計は大きな疑惑に包まれている。2018年の国内総生産(GDP)の成長率を国家統計局は1月21日、前年比6.6%の増加と発表した。
ところが、共産党内部には「実際の成長率は1.65%」という報告が流れた、という。中国では公表用と「指導部限り」の情報とがある、と言われてきた。
人民大衆は動揺しやすいので不安を煽(あお)るような情報は慎むべき、とされ、多少の配慮をまぶした情報を周知することが許されるが、人民を指導する立場にある党幹部は、判断を誤らないために正確な情報を得る、ということらしい。「厳密に分析すればマイナス成長だった」という指摘も党中央に届いている、という。
この話を聞いた時、「やはり」と思った。年初に発表された2018年の自動車販売台数が前年比マイナスになっていたからだ。
世界最大の自動車市場・中国は、2018年は3千万台到達が見込まれた。それが前年比マイナス2.8%の約2800万台にとどまった。マイナス成長は1990年以来のことである。
人口1千人あたりの保有台数は、まだ116台に過ぎず、米国の821台、日本612台に比べ保有比率はかなり少ない。行き渡ったというにはほど遠い。それが減少したということは、何か異変が起こり、消費にブレーキがかかったと見るのが妥当だろう。
外資が市場の中核を握る自動車販売は、民間の調査会社がデータを分析し、数字をごまかすことは難しい。消費を反映する自動車販売がマイナス2.8%で、経済成長が6.6%というのは、まずあり得ない。
開会中の全人代(全国人民代表大会)で2019年の経済成長率目標は6.00~6.50%と決まった。幅を持たせたのは「下振れ」を織り込んだからだろう。それでも達成は危ぶまれている。
◆中国経済を揺さぶる「過剰」マグマ
1月下旬、中国屈指の投資ファンド「中国民生投資集団」(中民投)は30億元(約486億円)の社債償還を延期し、ついに債務不履行となった。太陽光パネルなどへの投資で失敗し、借りたカネの償還ができなくなった。
中民投は資本金500億元。総裁の李懐珍は中央銀行である中国人民銀行や、日本で言えば金融庁に当たる銀行監督管理委員会で要職を務めた人物。民営とはいえ、政府をバックにした投資ファンドで、中国のモルガンスタンレーとも評された集団である。
太陽光発電は国策の後押しで飛躍的に伸びたが、採算を度外視する建設ラッシュが災いした。過剰設備を問題視した政府が抑制に転じたことで経営が行き詰まる業者が多発。中民投は損を被り、デフォルトを回避できなかった。
日本がバブル崩壊した時と似た現象が中国で起きている。日本では不動産・建設・ノンバンクの3業種への融資を規制したことが引き金となった。同じ構図で太陽発電バブルが中国で崩壊した。次に破裂するのは、不動産バブルではないかと心配されている。
2008年リーマン・ショックが起きた時、中国政府は4兆元の公共投資で危機が国内に波及することを食い止めた。その後の10年で新幹線や高速道路などインフラが着々と整備され、地域開発に勢いがついた。広大な中国大陸には大きな地域格差がある。北京、上海など人口が集中する沿岸部はインフラ整備が投資効率を高める。人口がまばらな地域は便利になるものの、投資が生み出すリターンは限られている。
地方政府や民間が競うように開発した不動産事業は損失の塊(かたまり)になり、返済が見込めない融資や投資が膨らむ。過剰投資、過剰施設、過剰債務。中国経済を揺さぶるマグマは日々増殖している。
◆技術覇権を巡る米国との緊張
中国を回ると、内陸部でも東京・新宿のビル群を思わすような高層ビルが立ち並んでいる。タワーマンションが林立するが、購買力ある顧客は少なく、入居者がないまま立ち枯れた「鬼城」と呼ばれる不良物件は少なくない。
今に始まった現象ではないが、国家が管理する中国経済は、債務超過になってもカネ繰りが付き、事業は破綻(はたん)しない。再生が見込めない事業が赤字を拡大しながら延命する。中国経済は内部矛盾を高めながら財政主導で成長を続けてきた。
雲行きが変わったのは、習近平体制が確立したことと無関係ではない。赤字の塊の国営企業には、地域で権勢を振るう政治家が後ろにいることが多い。習主席が力を握ったことで「構造改革」が始まり、延命維持装置が外された産業や企業が続出した。太陽光発電の破綻はその典型だ。
民営企業の社債デフォルトは2018年に42社118件に上り、総額1200億元(約1兆9440億円)規模となった。氷山の一角と言われている。
「構造改革」を進めれば、倒産が多発し、職場も雇用も失われ、巷(ちまた)に怨嗟(えんさ)の声が広がる。権益を失った政治家の反感も半端ではないだろう。安定政権と思われた習近平体制の足元も微妙になっている、とメディアは伝えている。
経済の悪化が思いのほか深刻だったことから、中国政府は再び景気重視へと舵を切った。旧態依然の産業を整理し、デジタル通信や人工頭脳、宇宙開発などハイテク産業へと転身する「構造改革」にブレーキを駆け、時間をかけて不良債権を整理する方向へと進む。
追い打ちを駆けたのが技術覇権を巡る米国との緊張だ。第五世代通信(5G)の支配権を巡る争いが起きている。中国製品を使うことがアメリカの安全保障に影響するという議論が巻き起こり、政治がビジネスに飛び火している。覇権国・米国は中国の通信機器を使わないよう同盟国に圧力を掛け始めた。
◆影響を受ける日本の産業界
影響を受けるのは日本の産業界だ。習近平主席の号令で進められていた「中国製造2025」は日本の製造業の支えだった。半導体や製造装置、電子部品、ハイテク素材など日本が得意とする分野は中国の構造改革の恩恵を受けていた。中国への供給が輸出企業を通じ、下請けの産業を潤していた。
この構造が剥落(はくらく)しつつある。3月期の決算が発表され、併せて2019年度の収益見通しがまとまる連休明けあたりから不穏な動きが広がるのではないか。
賃上げが期待される春闘への影響も出るだろう。人手不足が叫ばれながら給与は上がらず、個人消費は盛り上がらない。
安倍政権は「三度目の正直」で消費税増税を実施するのだろうか。
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