山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
金融の緩和が引き締めに転じると、ビジネス環境は激変する。場合によっては、銀行まで破綻(はたん)することは珍しくない。米国でシリコンバレーバンク(SVB)、シグネチャー・バンクが破綻し、スイスでクレディ・スイス(CS)が救済合併に追い込まれた。世界的な金融引き締めでマネーの潮目が変わったからだ。金融は激変がいよいよ始まる。
日本はどうなのか。日銀総裁が交代することで「金融の正常化」が課題となっている。10年続いた黒田東彦(はるひこ)総裁による「金融超緩和」が修正されるのは時間の問題だが、米国やスイスで起きた事態で、4月に就任する植田和男総裁の舵(かじ)取りは一段と慎重になるだろう。
◆世界で起きている「債券バブル」
今や昔の話だが1990年代に起きた日本の「バブル崩壊」は、長く続いた金融緩和の終わりに起きた。「バブル退治」を掲げて登場した三重野康(みえの・やすし)日銀総裁は、政策金利を立て続けに上げた。マネーの蛇口が急に絞られ、不動産や株などに流れ込んでいた資金が細り、資金繰りに窮した投資家の投げ売りを誘発した。地価は上がり続けるという「土地神話」が崩壊し、金融危機へと波及した。1997年に山一證券、北海道拓殖銀行が破綻、翌98年には日本長期信用銀行、日本債券信用銀行など不動産融資に躍起となっていた銀行が行き詰まった。
いま世界で起きていることは、日本のバブル崩壊と似た現象だ。米国の中央銀行FRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長は政策金利を立て続けに上げた。「インフレ退治」である。加熱した経済に冷水を浴びせたことで金融界にショックが走った。
かつての日本は「不動産バブル」だったが、今は「債券バブル」。金融緩和で膨らんだ資金が日本国債や米国債など金融資産に流れ込んでいる。典型的な例がSVBだ。スタートアップ企業に資金支援してきたSVBはITブームに乗って着実に業績を伸ばしてきた。発展市場であるシリコンバレーに流れ込むマネーを吸収し、預金量は2年で3倍(2019年−2021年にかけて、2019年620億ドル−2021年1890億ドル)に膨張。余った資金を米国債などで運用して利益を出していた。通常なら期間の短い預金の金利は国債など長期金利より1−2%低い。預金で集めた資金を国債で運用すれば、利ザヤは確実に稼げる。マネーの潮目の変化によってこの「長短利ザヤ稼ぎ」が命取りになった。
金融緩和が続いていた時期、短期金利は0−0•5%という低い水準にあったが、FRBが急ピッチに利上げを繰り返し、4.5%まで上昇。低金利の頃に買い集めていた国債の金利(1−2%)を突き抜けてしまった。調達コストが運用益を上回る「逆ザヤ」が生じ、経営は苦しくなる。保有する国債の価格は下がり、SVBは3月決算で不採算の国債210億ドルを売却し、18億ドルの損失を計上した。いわゆる「損切り」である。この穴を埋めるため22億ドルの増資を発表した。
これをきっかけに「SVBは危ないらしい」とのうわさが駆け回り、株価が急落、同時に預金の引き出しが一斉に起こり、1日で420億ドル(約5兆6000億円)が流失した。
銀行の「取り付け騒ぎ」は金融危機の頃、日本でも起きた。窓口に押しかけた預金者が長蛇の列を作って銀行を取り巻く、という光景だったが、シリコンバレーの銀行に人の気配はなかった。預金者はスマホからSNSを使って預金を引き出し、一瞬で銀行を破綻に追い込んだ。米国では25万ドルまで預金は保護される。SVBはベンチャーキャピルなど大口預金者が多く、9割以上が上限を超える預金だった。「危ない」といううわさがネットで広がると、先を争うように引き出しが殺到した。
危機は東海岸のニューヨーク州にあるシグネチャー・バンクに飛び火。仮想通貨の業界に特化する融資を行っているためSVBと同様、「危ない」という情報が駆け回った。
SVBが決算を発表したのが3月8日、米連邦預金保険公社(FDIC)が破綻を認定し「預金は全額を保護する」を発表したのは10日、わずか2日で倒産・救済という目まぐるしい展開だった。バイデン大統領は13日、異例の演説を行い、「銀行システムは安全であり、預金も安全だ。必要なことは何でもする」と訴えた。
◆欧州に飛び火した破綻の連鎖
銀行の倒産が金融危機に波及することをバイデン大統領は恐れたのだろう。2008年のリーマン・ショックは、その前年に起きたフランスの銀行大手BNPパリバの倒産から信用不安の連鎖が始まっていた。
米国が必死で押さえ込もうとする破綻の連鎖は、欧州に飛び火した。スイスを代表する銀行クレディ・スイス(CS)の株価が急落。以前から指摘されていた経営体質の劣化が一挙に噴き出た。引き金となったのは、筆頭株主であるサウジアラビア最大の銀行サウジ・ナショナル・バンクが15日、追加出資を拒否したことだ。SVBの破綻と相まって株が売られた。救済を求められたスイス中央銀行は、CSのライバル銀行でスイスの金融最大手UBSに合併させた。破綻させず、顧客や営業基盤をスイスに残すための救済合併である。短期決戦の強引な合併はさまざまな歪(ひず)みを残した。渋るUBSを説得するため90億フランの損失保証を付け、CSの株価を半値以下(時価増額74億スイスフランを30億スイスフランに評価)して合併させる、という「叩き売り」だった。
それだけではない。CSが発行した160億フランの金融債(「AT1債」と呼ばれる返済順位が低い債務)が無価値となった。AT1債の保有者は債権が紙くずになる。企業が倒産した場合、まず株主(出資者)が損害を被り、次にカネを貸している債権者(債券の保有者など)が犠牲を払う。それがCSの場合、株券は半値だが債券は紙くずというのは順番が違う。引き取り手のUBSの負担を軽くする処理だが、AT1債を保有する投資家やファンドへの影響が懸念される。
◆新たな金融危機の序曲か
リーマン・ショックが信用不安の裾野を広げた原因に、不動産担保証券があった。無価値になった証券を組み込んだ金融商品が売買不能となり、危機が拡大した。AT1債を組み込んだ投資信託などがある。連鎖してドイツ銀行など他のAT1債の価格が急落している。
CSは銀行の秘密主義の権化のような銀行だったが、所得隠しや犯罪組織との繋(つな)がりが指摘されていた。「手堅い銀行」と定評があったが、金融自由化とともに「収益第一主義」がはびこり、麻薬組織のマネーロンダリング(資金洗浄)、汚職、スパイ事件、経済犯罪への関与、顧客情報の流出など幹部社員の暴走が問題になっていた。
CSに限ったことではない。欧州の伝統的な銀行が、金融の証券化によってアングロサクソン型の収益第一主義へと組み込まれる中、組織内部にさまざまな問題が起きていることはかねてから問題視されていた。
CS型の信用不安はイタリア、スペイン、ギリシャ、フランス、そしてドイツでは起こらない、と言えるだろうか。SVB、シグネチャー銀、CSなどで起きたことは新たな金融危機の序曲かもしれない。
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