п»ї 名門企業いまや反社会的―原発の呪縛が解けない電力 『山田厚史の地球は丸くない』第236回 | ニュース屋台村

名門企業いまや反社会的―原発の呪縛が解けない電力
『山田厚史の地球は丸くない』第236回

4月 21日 2023年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

ドイツで4月15日、すべての原子力発電が止まり「脱原発」が確認された。これから「廃炉処理」という長い後始末に取り組む。高濃度の放射能に汚染された原子炉の解体、核燃料廃棄物の処理など難題が待ち受けているが、動いている原発がなくなることは確実な前進である。人類が手を染めた「核エネルギー」との付き合い方を考える貴重な政策転換でもある。

ドイツの脱原発は、2011年3月の東京電力福島第一原発事故を教訓として、2013年に決まった。2022年末まで、となっていたが、ウクライナ戦争でロシアからの天然ガスの供給が途絶え、停止期間が4か月先延ばしされた。日本では「ドイツは原発を断ち切れない」といった指摘があったが、ドイツ政府は約束通り「停止」を実現させた。方向を定めたら、多少の調整はあっても、原則は変えないというドイツの一貫性を示したといえよう。

◆公益企業のモラルまで失った

翻って日本はどうか。福島第一原発事故から12年経っても、溶け落ちた核燃料棒(デブリ)を拾い出すことさえできない。遠隔操作で格納容器の内部の様子をうかがい知る程度で、デブリの状態さえ正確に把握できてはいない。原子炉を解体し、高濃度汚染物質を取り出し、除染し片付けができるのか、さえ見当がつかない有様。できたとしても数十年はかかるとみられ、それともウクライナのチェルノブイリ原発のように復旧を諦め、コンクリートで固めてしまう「石棺」にするか、最終的な姿さえ決められないのが現状だ。

原発政策も迷走している。事故は民主党政権時代に起きた。政府は「脱原発」を決め、順次停止する方針を固めた。当時、野党だった自民党も世論に配慮し積極的ではなかったが「脱原発」に同調した。2012年に政権に復帰した後も、新規建設など論外という空気だった。それが今や事故などなかったかのように「原発はクリーンエネルギー、安全が確認された原発は再稼働、新増設や新型炉の開発に取り組む」と、「脱原発」をかなぐり捨てた。福島県ではいまだに放射能汚染で帰宅が許されてない地域が残っているというのに、反省も誠実な説明もなく、力ずくで政策のUターンが進んでいる。

その一方で、原発を抱える電力業界は絶望的な経営危機に喘(あえ)ぐ。福島第一原発事故をきっかけに強化された安全基準によって多くの原発が休止され、原油高騰が重なって収益は急速に悪化。2000年代から始まった電力自由化で方向感覚を失った経営者たちはカルテルによる競争回避、他社情報の不正入手、原発施設での管理手抜きなど「反社会的」と思えるような大混乱に陥った。原発依存・地域独占という旧態依然たる体制に慣れ親しんできた電力業界は、エネルギー転換と電力自由化という時代の流れに対応できず、公益企業としてのモラルまで失った。

◆傲慢な経営、特に悪質な関電

モラルの崩壊を象徴的に示したのが「データ不正閲覧」である。電力自由化で電力会社は発電部門と送配電部門を切り離す「発送電分離」を義務付けられた。発電は各社それぞれで行うが、送電・配電の電線網は新規の電力会社も使える公共財として分離させる、という決まりだ。大手電力会社の送配電部門を本体から切り離し、独立した企業として新規参入の電力会社に電線を開放する。地域独占から自由化へ、という政策の根幹を担うのが「発送電分離」だった。

ところが電力会社は、これを骨抜きにした。発送電部門と発電部門を切り離し、それぞれ別会社にしたが、その上にグループ企業の持ち株会社(ホールディングス)を作り、送電会社は子会社となった。つまり人事や資金繰りなどが支配下に置かれ、発送電分離は形だけとなった。新規参入の新電力は大手電力の子会社である送電会社と契約し、その電線を使って顧客に電気を売る。送電会社には新電力と顧客が交わした契約内容がデータとして保管されている。これは企業秘密で外部に漏らしてはいけないことだ。ところが、大手電力はこの企業秘密を「盗み見」していた。支配下の送電会社からアクセス権を得て、ライバルである新電力の顧客情報を覗(のぞ)き見し、日常的に経営情報として活用していた。

新電力の中には太陽光や風力など再生可能エネルギーによる発電も含まれている。発送電分離は、「脱原発」を促す足掛かりとされていたが、不徹底は「分離」による子会社支配とルール破りを平気で行う傲慢(ごうまん)な経営が「電力自由化・脱原発」の流れを阻んだ。特に悪質だったのは、関西電力である。盗み見した情報を元に新電力の顧客に、より安いサービスで顧客を奪い取っていた。ライバルの経営情報は全て手の内にある。不当な競争に耐えられず新電力の撤退が相次いだ。

◆「原発の闇」業界全体のイメージ損なう

公正取引委員会が摘発した電力4社の談合も醜悪である。電力自由化は競争によって電力会社の経営を効率化させる、という政策である。旧来の地域独占を廃し、営業を相互乗り入れすることでサービス競争を促す、という政策だ。2016年から家庭向けの「低圧電力」の自由化が始まり、新電力が勢いを増した。市場を食われる大手電力は自らの営業区域を超え「越境」して顧客を取りにいくようになる。「高圧電力」を使う大口顧客の取り合いが始まった。地域独占に慣れ切っていた大手電力はサービス競争に不慣れで、「価格の叩き合い」で消耗(しょうもう)した。

休戦への動きがカルテルだった。各社の経営幹部が集まる電気事業連合会の会合の裏で、経営上層部の面々が会い、「相互不可侵」の談合が行われた。主役はここでも関電だった。関電が攻め込んだ中部電力や中国電力、九州電力など旧支配地で「消耗戦はやめる」「価格の叩き合いはしない」「談合で入札価格を引き上げる」などとする密約が交わされた。

公取委は2021年から調査に着手、中国・中部・九州の電力3社に対し合わせて1010億円の課徴金を命じた。カルテルで得た収益の10%を徴収するものだが、談合相手である関西電力は課徴金を免れた。公取委の調査は、初めに違反を申告し調査に協力した社には「課徴金減免制度」がある。捜査での司法取引のような制度で、関電は最初に違反を申告し、課徴金ゼロとなった。競争を仕掛け、談合に応じ、その内容を真っ先に公取委に伝え、自らは課徴金を免れるという関電のやり方に業界他社は複雑な思いだろう。

福島第一原発事故によって権威を失った東京電力に代わって業界のまとめ役を期待されるのが関電だ。その関電は福井県の美浜原発を巡って上層部が不透明なカネや贈り物を受けていた。社長・会長・相談役といった経営中枢を担っていた人たちが、原発の地元対策を任せていた人物からキックバックとも見られる「贈賄」を受けていた。「原発の闇」を窺(うかが)わせる事件は、関電ばかりか電力業界全体のイメージを損なう結果となった。

◆「ずさんな実態」業界全体に広がる病根

原発の現場では今、信じられないような「ずさんな実態」が次々を明らかになっている。原発2基が止まったままの東京電力柏崎刈羽発電所(新潟県)では、中央制御室に他人のIDカードを使って職員が立ち入っていたことが明らかになった。自分のIDカードを紛失したためロッカーから他人のカードを持ち出した。しかも嘱託警備員も社員警備員も「他人のID」と気づきながら入場を許すという二重・三重のルール違反をしていた。

テロ対策は万全かを調査中に起きた事件である。安全管理の基本原則が空文化されていた。柏崎刈羽原発ではまた、核物質を防護する装置が壊れたまま放置されていた。複数箇所で不正な侵入を検知できない状態になっていた。柏崎刈羽ではほかにも安全管理に関する不祥事が多々あり、原子力規制庁は「原発を扱う資格があるのか疑いたくなる」とあきれている。

ずさんな管理・運営を物語る事例は数多くある。原子炉開発の草分けでもある日本原子力発電の敦賀原発(福井県)は、立地の適合性を証明するデータが間違いだらけで、規制庁は「審査を継続するか考え直したい」と困惑している。

原子炉の真下を通る断層が「将来動く可能性がある」と指摘され、断層の活動性が焦点になっていた。断層の状態を確認する複数の標本が、別の位置を切り出していたことが分かった。日本原電は過去にも断層データを換えていて、審査は2年ほど中断していた。去年12月に再開されたばかりで、再び同様の事案が見つかった。日本原電は全ての原発が休止中で、再稼働の可能性があるのは敦賀原発だけだ。そのために無理を重ねているようで、「誤りは過失なのか、故意だったのか?」と関係者は訝(いぶか)しく思っている。

核燃料を再処理してプルトニウムとウランを取り出す日本原燃の青森県六ケ所村にある核燃料再処理工場でも、大量の「データ誤記」が問題になっている。約6万ページの申請書のうち、5%に相当する約3100ページに記載漏れや落丁などがあった。IAEA(国際原子力機関)の監視対象になっている建物で照明が消えてしまった問題でも、責任を有する部署がどこなのか明らかにされず、報告書になっていないなど問題が指摘された。原子力規制委員会は「原燃だけにとどまらず、日本全体の信用に関わる問題」としているが、病根は業界全体に広がっている。

◆反省なく気分だけは「原発Uターン」

ドイツが原発を停止した一方で、フィンランでは40年ぶりに原発が復活した。「欧州は原発回帰」と見る向きは少なくない。しかしフィンランドは高濃度汚染物質を地下深く封じ込める「核のゴミ処分場」を北極圏に造るなど、安全に配慮した厳格な姿勢が際立っている。

翻って日本はどうか。電力業界のモラルや管理能力は地に落ち、行政も手ぬるい。世界を揺るがす大事故を起こしながら、反省はなく、気分だけは「原発Uターン」である。

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