山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
「防衛費を5年で倍増」。そう決めておきながら、財源が決まらない。岸田政権は、増税は不可避とみて「2024年以降の適切な時期に」としていた。ところが今になって「増税はしたくない」と自民党保守派が渋り、なすすべもなく議論は先送りとなった。
財源がないから防衛費の積み増しをやめる、というならそれは一つの見識だが、政府も自民党もそんな気はさらさらない。
防衛費倍増は米国に約束している。増税には党内外に抵抗がある。だが、決断を先延ばししても遠からず(たぶん2年以内には)選択が迫られる。最悪は、何もしないまま「国債」に尻を回すことだ。「軍事国債」を兵器の支払いに充てるという「あってはならないこと」が、なし崩し的に始まろうとしている。
◆後年度に返済かさむ「後年度負担」
「今後5年間で43兆円」という防衛予算は、「5年以内にGDP(国内総生産)比2%以上に」という自民党の主張を政府が丸のみした結果だ。ほぼ6兆円で推移してきた防衛費を、5年で「GDP2%の水準」に拡大するには、5年間の総額をいくらにすればいいか。財務省は「35兆円が精いっぱい」と抵抗したが、防衛族の議員たちは「48兆円は必要」と主張、中をとって43兆円に決まった。
「今回の計画からは、自衛隊の現場のにおいがしません。本当に日本を守るために、現場が最も必要で有効なものを積み上げたものなのだろうか。言い方は極端ですが、43兆円という砂糖の山にたかるアリみたいになっているんじゃないでしょうか」(香田洋二・元海上自衛隊司令官。2022年12月23日付の朝日新聞のインタビューで)
その結果、2027年度の防衛費は、概ね11兆円という。22年度に比べれば5兆円の膨張だ。原動力はウクライナ戦争と台湾有事への不安心理だが、必要な防衛経費を積み上げて算出したのではなく「GDPの2%」という大雑把な目標が独り歩きした。バナナのたたき売りのようなやり方で、とりあえず防衛予算を膨張させた。「何に使うのか」という使途は、実は43兆円が予算化される前から決まっていた。
防衛予算を語る時、よく耳にする言葉に「後年度負担」がある。戦闘機や艦船など高価な買い物の支払いは、単年度で収まりきれない。年度をまたぐ分割払いが一般的で「兵器ローン」とも呼ばれている。契約の初年度は頭金ほどだが、後年度に返済がかさんでくる。
東京新聞の記事「防衛費5年間で大幅増の43兆円、実際は60兆円近くに膨張 そのわけは…」(2022年12月31日付)によると、防衛予算43兆円の支払い先は「新たなローン契約額のうち27年度までの支払額27兆円、22年度までに契約したローンの残額5兆円となっている」とある。つまり43兆円のうち、なんと32兆円は兵器ローンの支払いというのである。
それだけではない。中期防衛計画(2023−2027年度)に沿って契約する航空機や艦船の支払いは28年度以降に16.5兆円が残っている。5年間の防衛予算は43兆円どころか、後年度負担を入れると59.5兆円になる。その中身は48兆5000億円が兵器ローンの支払い。財務官僚が「これまでありえなかった数字だ!」と嘆いたという。
◆「兵器爆買い」の帳尻合わせ
なぜ、これほど後年度負担が増えたのか。いうまでもなく「兵器爆買い」の帳尻合わせである。2018年6月、ワシントンで行われた日米首脳会談後の記者会見。トランプ大統領(当時)は「軍用ジェットやボーイングの旅客機、それに様々な農産物など、あらゆる種類についてさらに購入する、と先ほど(首脳会談の席上で)安倍首相が述べた」と上機嫌で語った。安倍首相(当時)はトランプに気に入られるようにとリップサービスしたつもりかもしれないが、首脳会談の発言は、国家間の約束として後の防衛整備計画に反映される。
兵器ローンは2023年度から急膨張した。22年度の新規契約は2.9兆円だったが、23年度は7.6兆円(162%増。)に膨張した。新たな中期防衛計画が始まり、首脳間で交わされた約束が巨額の契約となって予算化され、以後の防衛費を縛る。安倍が引き受けた「イージス・アショア」(陸上配備型迎撃ミサイルシステム)は、杜撰(ずさん)な計画がたたり、計画は白紙化されたが、導入するという米国との約束は守られ、陸に設置はずだった防空システムを海で使う特殊なイージス艦を新たに発注する、という珍事となった。その一方で、中国を牽制(けんせい)し「敵基地攻撃能力」を持つトマホークは400発買う。
安倍は「飛んでくるミサイルを撃ち落とすのは難しい。射ってきたらその基地を打ち返す反撃能力が抑止力となる」というミサイル防衛を根本から変えたが、「撃ち落とす」ためのイージス・アショアも敵基地攻撃のトマホークミサイルも、爆買いの買い物カゴに一緒に放り込まれた。
口約束は日米間の合意事項となり、兵器は米国の対外有償武器援助として日本は買い取る。買い物カゴのサイズが「GDPの1%」では、収まりきれない。既に、米国への支払いで防衛予算は圧迫され、国内の防衛産業にカネが回らない。武器弾薬も足らない。「NATO(北大西洋条約機構)並みのGDP2%に」と言い出したのは安倍だった。防衛費増額は、兵器ローンを支払うための予算枠拡張という裏事情があった。
「爆買い」は、日本人の税金が投じられるが、何を買うか(買わせるか)は米国が決める。イージス・アショアも在日米軍の輸送機オスプレイも無人偵察機グローバルホークも、売りたい米国の事情が優先した。笑い話にもなっているイージス・アショアのことは先に述べたが、事故が多く「寡婦製造装置」と揶揄(やゆ)されるオスプレイは米軍以外どの国も採用していない。グローバルホークは米国で廃盤になった偵察機、売れ残りを日本が買わされた、ともいわれる。
安倍は、トランプと親密になることに熱心だったが、支払いは念頭になく、財源への関心もなかったようだ。防衛予算倍増という異次元の決断は、いずれ財源問題に火がつくと分かりながら、敷かれた路線を継承した。バイデン大統領は大喜びで岸田首相の肩を抱いた。
◆増税を説得する覚悟も意欲もない岸田政権
米国との約束を果たせなければ「首相失格」。これが日米同盟の掟(おきて)である。さて、約束を果たすための財源をどうする。
岸田政権最大の懸案である。2022年末に「GDP2%」が決まった。2023年6月の骨太方針は「2024年度以降の適切な時期に増税」との方針を打ち出した。24年にやるならば23年末の予算編成に絡め「実施方針」を決めなければならない。
その一方で、岸田首相は「解散・総選挙」のタイミングを計っている。2024年秋の自民党総裁選を乗り切るためには、その前に総選挙に勝ち、足元を固める必要がある。そんな時に増税などできない――。
自民党で萩生田(はぎうだ)光一政調会長が「増税なしの積極財政で財源をひねり出す。それが安倍元首相のご遺志である」と主張している。22年度の国家財政は税収が予想より3兆円近く増え71兆1373億円に達した。おかげで決算剰余金(余ったおカネ)が2.6兆円発生した。旱天(かんてん)の慈雨である。税の自然増収が増えれば増税しなくても防衛財源は賄える、と保守派は意気込んでいる。
税収の増加は、インフレと円安という望ましいとは言い難い経済の現状が反映している。物価高で消費税が伸びた。円安で外貨取引する大企業の収益が膨らみ、法人税が膨らんだ。こんな経済がこれから5年も続けば、庶民の暮らしや中小企業の経営は壊滅的な打撃を受けるだろう。
今年12月に増税を決めることは見送られた。先送りされた次の節目は「2025年度以降のしかるべき時期」。そのためには2024年12月に決めなければならない。政府部内では「それは困難」という空気が濃い。2025年夏には参議院選挙がある。
政権にとって防衛費増強とその財源は大きな課題だが、有権者は物価高や子育て・介護・医療などを心配する。今のままでは防衛費が社会福祉を圧迫するか、増税という負担増がやってくる。岸田内閣や自民党への風当たりは強まるだろう。
逃げ道は「国債」である。安倍は「防衛国債」を掲げていた。
今の苦境は、トランプの懐に飛び込む方便だった「爆買い」に源流があった。支払いが兵器ローンとなり、後年度の負担を膨らませた。支払いのために「防衛予算の枠を広げろ」と米国に催促された。「NATO並みGDP2%」が唐突に打ち出され、財源は国民にお願いする、という展開である。だが岸田政権は、増税を説得する覚悟も意欲もない。
財務省によると、国債と借入金、政府短期証券を合計した国の借金は2022年度末で1270兆4990億円。23年度末には1441兆円を超えそうだ、という。(文中敬称略)
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