山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
「高い実務能力と選挙対策への知見を培ってきた。こうした能力や知見を生かしていただきたい」
一瞬、冗談かと思った。岸田首相は、小渕優子氏を自民党選挙対策本部長に抜てきした理由を、記者会見でこう述べた。
選挙対策への「高い能力と知見」が小渕氏にある? 真っ先に思い浮かんだのは、ドリルで破壊されたハードディスクの一件である。
◆「嫌疑不十分」で起訴を免れた小渕
架空計上や使途不明など疑惑満載の政治資金報告書が問題になったのは2014年10月。第二次安倍政権で経済産業相に抜てきされたばかりの小渕優子氏の「政治資金疑惑」が週刊新潮に載った。対応は早かった。4日後に閣僚辞任を表明。東京地検が家宅捜索すると、ドリルで穴を開けてメモリーを破壊したパソコンが発見された。秘書2人が政治資金規正法違反で有罪になったが、本人は「嫌疑不十分」で起訴を免れた。
26歳で初当選を果たした故・小渕恵三元首相の娘は、政治に不慣れで、政治資金の処理は秘書任せだったのかもしれない。だとしても、「連座制の適用」で公民権停止となってもおかしくなかった。捜査の裏で政治的配慮が働いた、と多くの人は感じた。あの時に得た「知見」や、逃げ切った「実務能力」が買われた、とでもいうのだろうか。
それから9年。優子さんは「疑惑の会計処理」を説明することはなく、ついに「自民党4役」という党中枢に食い込んだ。首相の座を狙えるポジションである。
この6月、亡くなった青木幹雄元官房長官の党葬で、森喜朗元首相はこう述べた。
「心残りは小渕恵三さんのお嬢さんのことと思う。あなたの夢、希望がかなうように最大限努力します」
小渕優子の「応援団長」は、あなたに代わって私が引き継ぎます、と宣言したのである。青木、小渕、森は昭和30年代、早稲田大学雄弁会の仲間。そのつながりが政界に持ち込まれ、小渕政権、森政権が生まれた。
「亡き首相の遺児」の後ろ盾になり「クイーンメーカー」として、これからも権勢を振るいたい、という魂胆のようだ。
◆加藤こども政策担当相も「幕下付け出し」
今回の改造人事の目玉は「女性の登用」。女性閣僚は5人になった。その1人はこども政策・少子化対策担当相となった加藤鮎子。故・加藤紘一元官房長官の3女だ。政治経験が浅いまま閣僚となる「幕下付け出し」は小渕優子と同じ。「自民党のお姫様」である。毛並みがよく、若く、外見もさわやか。政策や手腕は問われない。
「選択的夫婦別姓」さえ否定し、「女系天皇」は認めない。そんな自民党が、内閣改造に「女性重視」をにじませ、来たるべき総選挙にはヒメを選挙の顔にして全国の有権者に「女性を大事にする自民党」をアピールする。
メディアは女性閣僚の話題性を取り上げ、岸田政権が狙う宣伝効果は一定程度上がっているようだが、この顔ぶれの新内閣は日本をどこへ導くのか。大事なメッセージが聞こえてこない。
◆問われる上川外相の政治的力量
閣僚5人+選対本部長の抜てき女性6人のうち4人が世襲議員という、いかにも自民党らしい組閣だが、自力で国会議員になり閣僚に這(は)い上がった上川陽子外務大臣が注目されている。この人は大丈夫なのか。外相の仕事は重く、政治家としての力量が問われる。
外交交渉は、官僚レベルで大筋が固まるが、大事な話になればなるほど外相の個人的な信頼関係が重みを増す。
外交に完全な勝利はなく、決着はいつも「暫定(ざんてい)的妥協」でしかない。その状況を飲み込み、お互いの「貸し借り」を取り回していく技術が外交に欠かせない。
多くの国で外務大臣が長く務めているのは、紙に書かれていない「対外的な約束」が外交に大事だからだ。安倍内閣で外相を5年務めた岸田首相は、その事情をわかっているはずだ。だというのに「女性登用」を強調するため、対外的信頼関係を作りつつある林外相を2年足らずで退任させた。
上川は米ハーバード大学で学び英語は堪能だが、外交経験は希薄だ。官僚の振り付けでシナリオ通りに演技することはできても、交渉をまとめるような経験の蓄積はない。70歳という年齢を考えると、これから長く外相の座に居続ける可能性は薄い。
「女性外相」の演出は、国内では歓迎されたとしても、対外的には「日本は外交軽視」と見られるだろう。アメリカ一辺倒、外交もアメリカ任せ、という岸田政権を象徴する人事でもある。
目玉は「人寄せパンダ」のヒメさまと、「女性外相」という岸田政権の内閣改造を有権者はどう受け止めるのか。民主主義の成熟度が問われている。(文中一部敬称略)
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