山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
保険の不正請求でユーザーを食い物にしたビッグモーターのデタラメさは、取引先の損保ジャパンばかりか、その親会社であるSOMPOホールディングスの櫻田謙吾会長の引責辞任にまで発展した。
櫻田氏は経済同友会代表幹事を務めた論客、損保業界を代表する人物とされていた。損保ジャパンでも取締役を務め、実質的トップでありながら、「報告がなかった」「責任の取りようがない」などと逃げ回っていた。金融庁が櫻田会長を「企業統治の深刻な機能不全」を理由に詰め腹を切らせた。
不正請求するビッグモーターへの対応をことごとく誤り、自社のシェアを増やそうと他社に先駆けて契約再開に走った。損害を被る保険契約者を無視して自社の利益を優先する。そんなSOMPOグループの営業姿勢が厳しく問われた。「知らなかった」とする櫻田氏に「不都合な情報がトップに上がらない企業風土は誰に責任があるのか」と迫ったのである。
◆曖昧にされた「責任の所在」
櫻田氏は2010年に損保ジャパンの社長、12年にはSOMPOホールディングス社長に就任。長期政権を築き、業界で突出した役員報酬を得るなど、ワンマンぶりが指摘されていた。取引企業の一つに過ぎないビッグモーターで起きた不正が、盤石の櫻田体制を瓦解(がかい)させるとは誰が考えただろうか。
櫻田氏が辞任を発表した前日、自民党政治刷新本部の「中間取りまとめ」が党総務会で発表された。パーティー券販売にからむ裏金問題への対応策がまとめられたが、無内容ぶりに世間は唖然(あぜん)とした。最大の問題は、「責任の所在」が曖昧(あいまい)にされたことだ。
パー券売り上げのキックバック、使途不明の裏ガネ化、政治資金報告書への不記載。肝心な事実は解明されず、責任者不明のまま「政治刷新=派閥解消」が叫ばれた。
大規模な裏ガネづくりが発覚したのは安倍派だった。時効になっていない直近5年間で13億5157万円の不記載(裏ガネ)が明らかになった。派閥会長だった安倍晋三、細田博之の両氏は他界しているので、東京地検特捜部の取り調べを受けた「5人衆」と呼ばれる安倍派幹部(松野博一、萩生田光一、世耕弘成、西村康稔、高木毅の各氏)の関与が問題になった。
損保ジャパンを重ね合わすと、自民党のインチキぶりがよくわかる。
5人衆はそろって「自分は知らなかった」「後で報告を受けただけ」と関与を否定した。櫻田会長と全く同じである。「不正は聞かされていなかった」「後で報告を受けた」。
SOMPOでは、損保ジャパンの白川儀一社長の責任にされたが、自民党は、末端の弱い立場の人たちが犠牲になった。
安倍派で刑事処分(在宅起訴)を受けたのは事務局長の松本淳一郎氏。政治資金規正法の会計責任者として選管に氏名を届け出た人だ。76歳の事務職員である。この人が「裏ガネづくり」の罪を1人で被った。
パー券の数字をごまかす動機がこの人にあったとは思えない。裏ガネづくりで利益をあげたのは政治家たち。動機や利益が絡む政治であり、裏金操作の「基本方針」を仕切るのは派閥幹部である。その連中は「知らなかった」と言って、みな逃げた。
◆自民党の内輪もめは「コップの中の嵐」
「李下に冠を正さず」という言葉がある。李(スモモ)の木の下で冠をかぶり直すと、スモモを盗んでいると間違われるから、やめましょう、という「政治家の戒め」である。盗むのは論外だが、「疑われることもしてはいけない」というのが政治家の掟(おきて)である。
今の自民党はどうだろう。「冠を正しただけだ。盗んだというなら証拠はないだろ」という態度ではないか。政治資金は、いつのまにか不正が常態化し、バレたら「知らなかった」と言い募り、立場の弱い人に罪を背負わせて、逃げる。これが自民党の世渡り術となっている。
安倍派だけでない。二階派も岸田派も、派閥や議員に雇われた身分不安定な事務職員や秘書が起訴され、「前科者」にさせられた。この人たちが勝手やった、というのだから「懲戒処分」で仕事を失うのではないか。
世話になった下働きの人たちの人生を狂わせことに自民党の皆さんはどう思っているのだろう。
岸田首相は、唐突に「岸田派解散」を宣言し、「派閥解消が自民党の生きる道」のような主張を繰り返している。狙いは安倍派、二階派など対抗勢力への切り崩しだと言われる。首相を支えてきた麻生派、茂木派にも動揺が広がり、政権をめぐる混乱は風雲急を告げる、かのように大手メディアは取り上げている。
こんな取り上げ方は、自民党の手のひらでメディアが踊っているようなものではないか。自民党の内輪もめは「コップの中の嵐」に過ぎない。
政界を支配する長期政党が、積年の膿(うみ)が吹き出し、自壊が始まっているだけのことだ。
コップの中では、安倍派はいつ割れるのか、秋の総裁選まで岸田はもつか、解散になるのか、総選挙になれば岸田の代わりは誰か……。
政権にかじりつこうと右往左往し、自分の生き残りや、ライバルの動きに全神経が注がれる。密着取材する政治記者は、自民党政治家と思考回路が同調し、一緒に大騒ぎしている。
◆トランプ再登場で世界は大混乱へ
同じ頃、米国ではトランプが共和党の大統領候補になることがほぼ決まった。予備選初戦のアイオワ州で圧勝、ライバルとされていたデサンティス・フロリダ州知事が白旗を揚げ、選挙戦から撤退した。次のニューハンプシャー州でも勝ち、元国連大使のヘイリー候補を突き放した。
ヘイリー氏の選挙戦からの撤退は時間の問題とされ、共和党はトランプが大統領候補になることがほぼ確実とされている。2期目に挑戦するバイデンは高齢で人気がない。本選挙でトランプが勝利するという予測が広がっている。
トランプが大統領に再登場すれば、世界は大混乱だろう。中東でイスラエルにテコ入れし、対中関係は一段と悪化、「アメリカファースト」で、ウクライナ戦争をはじめ世界の諸問題からの撤退、さらに米国内で対立が激化するなど、激動は待ったなしだ。
アメリカが抱え込んできた「世界の歪(ゆが)み」が一気に噴き出すことを覚悟しなければならない。アメリカの懐に飛び込んでいればなんとかなる、という時代ではない。日本の内政・外交が間違いなく問い直されるだろう。
アメリカの言いなりに防衛費を倍増し、米国製兵器の爆買いが財政を圧迫している。少子化対策や介護・医療といった社会保障サービスが持続不能となる現状はじわじわと社会を蝕(むしば)むだろう。
◆民意=政治の傍観者、いつ動く?
日本も世界も、これまでの秩序が壊れ始めた。こういう時こそ政治の出番なのに、権力政党は目先のドタバタに目を奪われ、統治能力を失っている。
メディア各社の世論調査が示すように、岸田政権は国民から見放されつつあるが、国内各地の選挙戦に目を向けると、極端に低い投票率が目立つ。有権者は政治に不信の目を向けながら、政治から遠ざかっている。このままでは政治の混乱と劣化はまだ進むだろう。
ビッグモーターの不正であぶり出されたSOMPOホールディングスの「統治無能」は、金融庁が検査に入り是正が始まった。
政党に監督官庁はない。その任を果たすのは民意。だが、有権者の半数以上は投票に行かない。政治の傍観者はいつ動くのだろうか。(文中一部敬称略)
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