山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
「私は、日本は独立国ではないと思っています」。自民党元幹事長・石破茂さん(67)の口からこぼれたひとことに、自民党政治家とは思えない正直さを感じた。
「失われた30年」を検証する民間人の学習会でのことだ。バブル崩壊後の日本で、政治が劣化していったのはなぜか、石破さんを呼んで話を聞こうということになった。
率直なやりとりができるよう発言はオフレコ。「ここだけの話」とすることで石破さんは引き受けてくれた。
◆「私はアメリカに嫌われる」
最初の1時間は、戦争に向かった時代、政治家がものを言えなくなった戦前の教訓から始まり、今の政治は過去の反省の上に立っているのか、と現状を憂う話が中心だった。各地で講演に呼ばれているのだろう。自身の政治姿勢を示す「持ちネタ」のような話だった。
そこで質問させていただいた。
「お話にはアメリカとの関係がほとんど出ませんでした。戦後の日本政治を考える時、アメリカとの関係は無視できません。天皇を中心とした『国体の護持』に代わって『日米安保が日本の新たな国体となった』という意見もあります。どうお考えですか?」
日米同盟が戦後日本の国体となった、という主張は、白井聡・京都精華大学准教授の『永続敗戦論 戦後日本の核心』(太田出版、2013年)に書かれている。
石破さんは「私は白井さんの主張にかなり重なるところがあります」と永続敗戦論を肯定的にとらえ、「日本は独立国ではない」と踏み込んだ。口が滑ったと思ったのか、「こんなことを言うから私はアメリカに嫌われる」とも言った。
「石破さん、アメリカに嫌われているんですか」とたたみかけると、笑って明確には答えなかった。オフレコ懇談でも、このへんが限度、と思わせるやりとりだった。
その場にいたのは10数人で、ジャーナリストなどメディア関係者が数人いたが、石破さんは「書かないでね」とやんわり牽制(けんせい)していた。
◆米国への忖度が目に余る自民党指導者
自民党政治家とアメリカの関係は「親米」とか「従属」と、ひとことで言い切れない複雑な様相があるに違いない。内心で思っていることと、自民党の政治家としてできることの間には大きな開きがあるだろう。安倍晋三でさえ、首相になる前は「戦後レジームからの脱却」「東京裁判史観の呪縛(じゅばく)」などといってワシントンから煙たがられたが、首相になると「アメリカべったり」になった。石破が首相になったら、はどうなるのか。
日米同盟を賛美しながら「対米従属」に臍(ほぞ)を噛(か)んだ政治家は少なくなかったかもしれない。池田、佐藤、田中、大平、中曽根といった日本が成長期だったころの政治家に比べ、21世紀の自民党指導者は「米国への忖度(そんたく)」が目に余る。典型が岸田文雄だ。対米従属は誰の目にも明らかになった。
「日本は独立国か?」という大きな疑問符を抱える石破。目を合わせ、肉声で確認したのだから確かである。だが「オフレコ懇談」の発言だ。腹に封じていた事実を、今こうして字にしているのは、二つ理由がある。
◆「石破の本心」を知る権利
一つは「石破氏、自民総裁選立候補へ」という6月28日の新聞報道だ。日本のリーダーになるかもしれない人物が「日米関係」という日本政治の一丁目一番地で「本心を隠す」ようなことは許されないだろう。政治的には「アメリカからの独立を」などと言わないだろうが、従属状態にある現状を快く思っていないのなら、首相としてどうするのか。国民は「石破の本心」を知る権利がある。
メディアの端くれにいる者として、「石破さんは諸事情を配慮して日米関係には慎重な発言をしていますが、腹の底では、こう考えていますよ」と伝えるのは、直接話を聞いた者の責任だと思う。オフレコというその場の約束事を超えた、国民にとって大事な情報である。オフレコと言っても密室でオレとオマエのやりとりではない。「書かないでね」と言ってもほとんどが初対面の公共空間での発言だ。
「石破元自民党幹事長は○日、日本は独立国ではない、と語った」というストレートニュースは困るが、石破は日米関係をこう見ている、というコラム風な記事なら、信頼関係を損ねることはない、と勝手に解釈した。
◆米兵の犯罪、日本政府が「秘匿」
もう一つは、先日発覚した沖縄駐留の米兵が起こした「16歳少女への性暴力事件」だ。
昨年12月のクリスマスイブ、沖縄本島中部の公園で、米空軍の兵長ブレノン・ワシントン被告(25)は少女を誘って自宅に連れ込み、16歳以下と知りながら、性的暴行に及んだ。被害者からの通報で事件は明るみに出て、防犯カメラなどから犯人がわかった。
だが、沖縄県警は加害者の身柄を取ることはできず、米軍の管理下での取り調べだけで書類送検され、起訴されたのは今年3月27日。罪状はわいせつ目的の誘拐・未成年者に対する不同意性交。重罪であるにもかかわらず、日本側に身柄が引き渡されたのは起訴後だった。
沖縄では米兵のよる女性の凌辱(りょうじょく)が日常茶飯事のように起きている。今回許し難いのは、日本政府の対応だ。米兵の犯罪が日本政府(外務省)によって「秘匿」されていた。沖縄地裁が初公判の期日を明らかにしたことで、メディアが気付き、世間が知るようになった。
外務省は、事件の発覚から起訴に至るまでアメリカ大使館とやりとりしていた。占領下そのままといわれる日米地位協定の縛りがあっても、日本は起訴前に身柄を引き取ることは可能だった。
犯人の引き渡しを求めず、外務省は事件を隠した。
6月16日には沖縄県議選が投開票された。共産など県政与党が議席を減らし、「オール沖縄」の敗北だった。この事件が明るみに出ていたら、選挙結果は変わった可能性がある。
サンフランシスコ条約(1952年発効)で日本は独立を回復したはずなのに、米兵による性犯罪の取り締まりさえアメリカに遠慮している。日本の政治家は、保守であろうと革新であろうと、米国にどう向き合うのか。石破さんの動きに注目したい。(文中一部敬称略)
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