山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
横浜市の林文子市長が「カジノ推進」を表明、賛否をめぐる議論が沸騰し始めた。カジノは案外、安倍政権の足元を揺さぶる話題になるのではないか。世論調査をすれば「反対」が圧倒的に多い。推進の旗を振る業者や自治体がいろいろ理屈をつけても、しょせん「金儲け」の話だ。
◆カジノ資本に尻を叩かれた?横浜市長
カジノは賭博で「ギャンブル依存症」の増大が問題視されている。背後に国際カジノ資本がいるのも丸見えだ。分かりやすい話で、誰もが自分なりの意見が言えるからメディアが火をつければ、燃え上がる話題である。
カジノをIR(統合型リゾート)と言い換えるなど、下心のある人たちは水面下でごそごそやっていた。林市長も市長選では「白紙です」と言っていた。カジノ誘致を掲げれば当選は危うい、と考えたからだろう。
急に「推進」を打ち出したのは、なぜか。「カジノ資本に尻を叩かれた」と思わせる動きがあった。
シェルドン・アデルソンというキーマンがいる。ラスベガス・サンズというマカオやシンガポールにも展開するカジノグループの会長。トランプ大統領に最も多くの個人献金をしているパトロンで、ズケズケものをいうことでも有名だ。そのラスベガス・サンズが8月13日、「日本での展開は大阪を中心に行う」と明らかにした。「横浜は不透明、東京はオリンピックで忙しいから、積極的な大阪でいく」というのだ。
菅義偉官房長官の周辺が慌てたらしい。「カジノを横浜で仕切るのは菅」と業界では言われるほどで、京急グループなど地元でカジノ推進の旗を振る勢力が頼るのも菅の政治力だ。積極的だったサンズに逃げられては困る。横浜市は8月21日に記者会見を開き、「カジノ推進」を表明した。
するとサンズは、手のひらを返したように「大阪撤退」を表明。「横浜、東京を候補地にする」と発表した。大阪はサンズグループのライバルであるMGMリゾーツ・インターナショナルが食い込んでいる。サンズは首都圏カジノの本命であり、煮え切らない行政の尻を叩いた、というわけだ。
自民党から維新、公明、旧民主の一部まで取り込む議員連盟など推進体制が出来たのは、サンズを筆頭とする国際カジノ資本のロビー活動を抜きに語れない。日米首脳会談でトランプ大統領は安倍首相に「サンズの要望をきいてやってくれ」と頼んだ、と米国では報道されている。
◆マカオのリスクヘッジを日本に求める?
博打は成長経済に寄生する。カジノ資本は冷戦後のアジアで大成功し、あぶく銭で潤った華人や中国の汚職官僚がカモになった。マカオはカジノで栄え、シンガポールでは観光地のカジノ化を成功させた。
ところが厄介な問題が持ちあがっている。米中激突である。中国の台頭に危機感を抱くアメリカは中国企業をあの手この手で締め上げている。そんな中でマカオ政府は「カジノ免許の更新をゼロベースで見直す」との方針を打ち出した。
マカオには米国のカジノ産業が大挙して進出しているが、認可は5年単位で、2022年から次の更新期が訪れる。免許が更新されなければ、カジノだけでなくホテルなど複合娯楽施設全体の営業権を失う。儲け頭のマカオを失うことは大打撃だ。そのリスクヘッジを日本に求める、という事情がアメリカのカジノ業界にあるようだ。
日本でのカジノ開業は2020年代半ば、早くて2023年ともいわれる。マカオを失えば大打撃を受ける国際カジノ資本は、早急に新たな受け皿を整える必要に迫られている。世論を気にして躊躇(ちゅうちょ)する政治家への「尻叩き」はさらにきつくなるだろう。トランプ大統領への気遣いに熱心な安倍首相が何をするか、注意深く見守りたい。
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