п»ї 流動化する世界の政治 2025年 危機か・好機か? 『山田厚史の地球は丸くない』第277回 | ニュース屋台村

流動化する世界の政治
2025年 危機か・好機か?
『山田厚史の地球は丸くない』第277回

12月 06日 2024年 政治

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

韓国で戒厳令が発動されるなど、誰が考えただろうか。「真夜中のから騒ぎ」に終わったが、まかり間違えば、現職大統領によるクーデター的独裁が始まったかもしれない。思いもよらぬことが、次々と世界で起きている。

トランプが次期米国大統領になったのは、それなりの理由があるだろうが、驚くことは、アメリカという巨大な政治力を持つ大統領が、自らの野望を満たす手段として権力を使おうとしていることだ。娘婿の父親を駐フランス大使に指名するなど身内びいきが目に余る。

現職のバイデン大統領は、2件の刑事裁判で有罪になった次男のハンター氏(54)に恩赦を与えた。「量刑を軽くするようなことはしない」と言っていたのに、退任間際の手のひら返しである。

公私の区別が付かない人が大統領を務める。核のボタンを持ち歩く人が、この程度であることが恐ろしい。

アメリカを牽制(けんせい)できるのは欧州だが、ドイツで連立政権が瓦解(がかい)した。フランスでも内閣が総辞職に追い込まれ、EU(欧州連合)もNATO(北大西洋条約機構)も求心力を失っている。ロシアのプーチン大統領はウクライナ攻撃の手を緩めず、イスラエルのネタニヤフ首相のやりたい放題は、誰も止められない。

「自公過半数割れ」で大騒ぎの日本は「まだ微風」かもしれないが、世界の潮流は「政治の流動化」である。

◆問われる日本の「政治的成熟度」

2025年、日本も大きな変化に巻き込まれるのではないか?「危機的状況」か「好機到来」となるのか。私たちの「政治的成熟度」が問われているように思う。

「政治的成熟」という言葉は、「韓国の戒厳令」で感じたからだ。

印象的な場面があった。銃口を向けられた市民が、その銃を掴(つか)み取ったシーンだ。国会に続々と集まる市民。立ちふさがる軍隊。群衆は膨れ、最前列の若者は軍の隊列と衝突した。もみ合いの中で1人の若者が兵士の銃に手をかけた。

撃たれてもおかしくない一瞬だった。兵士は発砲しなかった。指揮官も発砲を命じなかった。

韓国では何度も戒厳令が敷かれ、市民への発砲は珍しいことではない。ところが、民主化して38年が経ち、命懸けで銃口をつかむ市民とそれでも撃たない兵士が、SNSの画面で確認できた。

戒厳令が不発に終わったのは、怒った市民が続々と国会に向かい、素手で軍を無力化したことだ。これこそ「民主主義の成熟」ではないか。中国の天安門では1989年、軍隊が無防備な市民に銃を乱射した。

戒厳令は、デモ・集会など一切の政治活動を禁止した。令状なしに逮捕できる。抵抗すれば発砲できる。仮に、日本でそんなことが起きたとしたら、われわれは体を張って立ち向かえるだろうか。

市民だけではない。韓国では光州事件(1980年)をはじめ軍の暴挙はいくつもあり、市民との間には深刻な溝があった。兵役の義務もあり、市民と軍の接点は少なくない。こうした積み重ねの上に今がある。血と涙で手にした民主主義の精神を、韓国の人たちは、こういう時に示すのか、と思った。

◆トランプの喧嘩腰外交

アメリカはどうだろう。迫害された人々が新天地を求め作った国である。「移民の国」が、後からやってくる「不法移民」に悩み、厳しい対応を主張するトランプを選んだ。

自由競争と自己責任が、埋めようもない格差社会を作り、不遇な人々が、支配層と思われる人に憎悪を向ける。その結果生まれた大統領に、世界は戸惑っている。

一国で解決できない問題を共に考え、行動する「国際協調」は第2次大戦後の世界で共有された認識だった。それを足蹴にしたのが「MAGA=メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」である。

例えば、温室効果ガスの削減に各国が取り組む「パリ協定」からアメリカは離脱するという。ガソリン価格を抑えるため国内の化石燃料を増産する。次期エネルギー長官に指名したのは石油・ガス採掘企業の創業者兼最高経営責任者(CEO)のクリス・ライト氏。気候変動と異常気象の関係に懐疑的な人物だ。トランプ周辺には「地球温暖化は作り話」という声が根強くあるという。

「関税を引き上げる」と威嚇(いかく)し外交を有利に展開しようという姿勢も、驚くばかりだ。今どき「関税の壁」を持ち出す時代錯誤。自国産業を守るため各国が関税の引き上げ競争に走ったことが、敵対意識を煽(あお)り、戦争の導火線となった。「関税競争に勝者なし」の教訓だけが残ったというのに。

「関税は一律10〜20%、中国は100%」と公言し、「安くしてほしいなら米国の言うことを聞け」と言わんばかりの喧嘩(けんか)腰外交である。高関税は世界貿易を萎縮させ、全体の不利益になるだけでなく、アメリカにとっても物価を上昇させ、インフレを助長する。トランプは庶民の不満を吸収したが、不満を解消する政策を持ち合わせていない。

日本製鉄による米大手鉄鋼メーカー、USスチール買収は「阻止する」という。「名門企業を外資に売るな」という労働者の心情を汲(く)むものだが、日鉄の資金と技術を導入すれば地域産業の再建につながる、という冷静な議論を無視することになりかねない。裏にはUSスチールが日鉄に渡ることを恐れるライバル鉄鋼会社クリーブランド・クリフス社のロビー活動があるともいわれる。

BRICS(ブラジル・ロシア・インド、中国、南アフリカ)と呼ばれる国家の集まりがイランなど中東・アフリカ4カ国を加え、ドルに頼らない国際決済システムを検討する、と伝えられると、トランプは「BRICSが共通通貨をつくったり、ドルの決済を回避したりする国には100%関税を掛ける」とソーシャルメディアXで吠(ほ)えた。米国にとってドルは、世界貿易や金融決済の情報を独占できる戦略的インフラだ。だからと言って、他国がどの通貨で決済するかはそれぞれの国が判断することだ。ドルを使わないのはけしからん、というのは内政干渉に他ならない。

◆「内向き」アメリカに続く世界

こうした「悪手」を使いだしたのは、腕力を他国に見せつけてはいるが、アメリカ弱体化の表れでもある。

高関税を持ち出すのは、産業に競争力がなくなっているからだ。高い賃金に見合った付加価値のある製品を作れない。

GAFA(米主要IT企業4社Google・Apple・Facebook〈Meta〉・Amazon)と呼ばれる先進産業はアメリカで生まれたが、今や活動は地球規模だ。アップルのiPhoneは部品や組み立ては海外に頼る。AI(人工知能)で使われるような高性能の半導体も製造は台湾や韓国だ。アマゾンやグーグルなど先端的な企業は海外に拠点を移している。利益はアメリカの本社に落ちるが、帳簿上の数字に過ぎない。雇用や投資は拠点のある他国で発生する。経営者や投資家など大金持ちはアメリカにいても、働き手は世界に散らばり、産業の変化から「取り残された人たち」がアメリカに溢(あふ)れ、中国製品や日本メーカーへの敵対意識が醸成される。日鉄がカネと技術を持って来て雇用を維持するなら、本来は地元で歓迎される出来事だろう。

自由貿易の旗手だったアメリカは急速に「保護主義」へと傾いている。グローバル化した資本主義と無縁ではない。資本(投資)は利益の極大化を目指し、止まることはない。時代の針を逆戻りさせ、高い関税の壁を立てても、強い産業はどんどん世界に飛び出してしまうのが資本主義だ。

「取り残された産業」に依拠し、大衆の迎合する政治がアメリカをますます内向きにする。1期目の末期、トランプは主要7カ国首脳会議(G7)でも鼻つまみだった。「国際協調」という共通の利益に背を向け、身勝手な主張を繰り返したからである。

まず他国を脅し、交渉を始める。敵を作り、その敵を叩いて、人気を取る。そんな手法は米国の対外的評価を下げるばかりで、アメリカと距離を置く国が増えるだろう。

その結果、世界もまた内向きになる。どの国も深刻な内政問題を抱える。甚大な経済負担を強いたコロナ禍はやりすごしたが、急場を凌(しの)ぐための財政負担が今も重くのしかかっている。

そんな中で、欧州では中東・アフリカから、米国は中南米からの人口流入が絶えない。戦争や政情不安から逃れる難民だけでなく、自由と仕事を求める人たちの大移動が起きている。「道しるべ」は携帯電話だ。今と比べ物にならない暮らしが、いくらでも拾いだせる。格差社会の底辺に移民難民が流れ込み、排外主義や分断の温床にもなった。

◆「衆院自公過半数割れ」地殻変動の予兆か

その一方、情報革命は言論空間を大衆に開放した。リアルの世界で自己主張する機会のない人たちも、ネットの世界で自己を全開できる。

怒り・不満といった負のエネルギーがどんどん吐き出され、向かう先は、政治家、官僚、メディア、学者など。底辺から見上げれば「既得権益者」だ。

爆発する情報と人流が、政治まで流動化しているのが今ではないか。流動化を目に見える形で示すのが選挙だ。

2024年の日本は、自民党が候補者を立てられなかった東京15区の衆院補選を皮切りに、東京都知事選、総選挙と、自民党の退潮が目立ち、兵庫県知事選、名古屋市長選などSNSが投票行動に変化をもたらす現象も描き出した。

来年7月の参議院選挙は「ダブル選挙」になるという見方が強まっている。「少数与党」の自民・公明が衆院の議席を回復するには、野党が選挙協力しにくい「衆参同時」が望ましいからだ。

しかし、野党の選挙協力が実現すれば、参議院もろともねじれ国会が生まれかねない。韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が戒厳令に追い込まれたのは、国会で野党が主導権を取ったからだ。

「自公過半数割れ」は、これから始まる地殻変動の予兆かもしれない。変化は混乱を伴い、新しい時代は不確実な明日から生まれる。変革の大波にうろたえるか、「さあ来たか!」と波乗りに挑むか。あなた次第である。(文中一部敬称略)

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