山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
アメリカでドナルド・トランプ氏(78)が大統領に返り咲いた。就任式が行われた20日には、25余りの大統領令が出され、バイデン政権の下で進められてきた政策が、根底から覆された。お祭り騒ぎのような政権交代が進む中で、気がかりなことがある。「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げる政権と時代の最先端を走るTEC産業が一体化し、「デジタル産業複合体」が形成されつつあることだ。
温室効果ガス抑制を目指すパリ協定からの離脱、WHO(世界保健機関)からの脱退、カナダとメキシコに25%の関税をかけ、メキシコ湾を「アメリカ湾」に名称を変える。米国議会に乱入して有罪になった全員の恩赦など、世界やアメリカで通用してきた「常識」を根底からひっくり返した。
◆葬られる「税の国際協調」
「異常」とも思われる派手な政策に目を奪われがちだが、私が注目したのは、世界が一致して取り組んできた「デジタル課税」を無効にする大統領令が出されたことだ。
巨大グローバル企業は、世界規模でビジネスを展開する。だが、利用者のいる営業地域で売り上げや利益に見合う税金を払っていないことが問題視されてきた。タックスヘイブン(租税回避地)など税率の低い地域で納税する「節税」がまかり通っているからだ。
各国は独自の税制を設けて課税を試みてきたが、他国での課税を重複するなど「二重課税」が障害になり、それぞれの国での利益に見合う税金をどう算定するか容易でない。
タックスヘイブンの利用など徴税回避は各国政府の大きな課題で、主要7カ国(G7)でも議論された。その結果、2021年に140カ国によって売り上げ200億€(ユーロ)、利益率10%超のグローバル企業に対する課税基準がまとまった。現在は各国への配分方法などの詰めを行っている。そんな時にアメリカが離脱してしまった。
「徴税回避」でやり玉に上がっていたのはグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルなどIT大手などで、国際課税が実現すれば、年130億〜360億ドルの課税が実現すると見られていた。アメリカが離脱すれば調整は頓挫する。
TEC企業がトランプ政権と組んで潰しにかかった、とも見られる展開である。世界に配分するよりアメリカが取り込むことほうが「アメリカ・ファースト」になる。グローバルな企業活動と公正な納税を調和させようと10年がかりで取り組んできた「税の国際協調」をトランプは葬ろうとしている。
「トランプ優勢」が伝えられるようになってから、大金持ちの「トランプすり寄り」が目立つようになった。X(旧ツイッター)のオーナーであるイーロン・マスクが政権入りし、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスやメタ/フェイスブックのマーク・ザッカーバーグなどが、多額の献金を上納して就任式に招かれた。
SNSや通信事業は、政府の規制のあり方でビジネスは大きく変わる。政権を敵に回して得はない。相手はトランプである。敵対するより、仲間でいることが無難であり、トランプの力を取り込むことがビジネスに都合がいいことは明らかだ。
◆ビジネスと権力の合体
分かりやすいのが「仮想通貨(暗号資産)」だ。値動きが激しく、通貨というより投機対象に成り下がっている。トランプは数字の塊(かたまり)でしかない暗号資産に興味は薄く、懐疑的と見られていた。ところが、大統領選に勝つと関連会社を通じて「$トランプ」という仮想通貨を発行した。
その陰には業界のロビー活動があった。民主党・バイデン政権は、加熱する暗号資産の売買に規制を加える方向に動いた。だが、この市場にはアメリカ国内だけで100万人規模の参加者がいる。「自由な取引」を支持する有権者の意向と集票拡大を狙うトランプ陣営の利害は一致した。
新聞報道によると「トランプ氏は暗号資産に懐疑的な立場だったが、大統領選で暗号資産業界から支援を受けたことで方針を転換。大統領就任後、暗号資産に関する規制を緩和する方針だ」(1月19日付読売新聞)。
就任式前日には「$トランプ」の時価総額は140億ドル(約2.2兆円)に達し、1万種類以上ある暗号資産の中で時価総額上位20位以内に入った。「濡れ手に粟」の荒稼ぎだが、アメリカではこうしたビジネスが認められている。
就任式の翌日には孫正義SBG(ソフトバンクグループ)会長、対話型AI(人工知能)「ChatGPT(チャットGPT)」を運営するオープンAIのサム・アルトマンCEO(最高経営責任者)、米ソフトウェア大手オラクルのラリー・エリソン会長がそろってホワイトハウスを訪れ、「5000億ドル(約78兆円)のAI投資」を発表した。トランプ大統領は「テクノロジーとAI、全てメイドインUSAだ」と喜んだ、とメディアは伝えている。
孫会長はトランプ氏の当選直後、米南部フロリダ州にあるトランプ氏の邸宅「マール・ア・ラーゴ」を訪れて提示した投資額は1000億ドルだったが、トランプ氏から「その倍でどうか」と促され、1カ月余りで5000億ドルに拡大した。
「ディール(駆け引き)」を好むトランプの向こうを張った孫氏の大胆な投資にトランプ氏は満足げだった。権力者の懐に飛び込むために、ここまでやるか、と思わせるビジネスと権力の合体である。
面白かったのはイーロン・マスク氏の反応だった。Xで「こんな投資金額は可能か?」と冷や水をかけた。政権にすり寄る「金持ち」は、お互いがライバルである。早くも「忠誠争い」が始まっているようだ。
◆利益と権力の拡大再生産
「ごく少数の超富裕層に権力が危険なほど集中している。権力の乱用を放置すれば危険な結末が待っている」と述べたのは、バイデン前大統領だ。退任演説で、 巨大IT企業を念頭に「ハイテク産業複合体の台頭」に警鐘を鳴らした。
かつてアイゼンハワー大統領は退任演説で、「軍産複合体」を指摘した。産業と軍が一体化して政府を動かす政治への懸念を正面から語った。その後のアメリカは兵器産業と軍が結びつき、ベトナムやアフガニスタン、中東での誤った軍事行動へとなだれ込んだ。
新たな脅威はデジタル複合体だ、とバイデンは言う。
「アメリカ人は誤った情報にさらされ、権力の乱用を許してしまっている」。そして、国民や報道機関に向かって「こうした勢力に立ち向かう必要がある」と訴えた。
あやふやで刺激的な情報が人々を煽動(せんどう)する。プラットホームを握るにはITやAIへの投資が必要。巨額の投資ができるカネ持ちが政府と結びつき、世論を動かす。カネとテクノロジーを媒介に権力とビジネスが一体化すれば「利益と権力の拡大再生産」が可能になる。
「ハイテク産業複合体」という言葉が現実味を持ち始めたのが今のアメリカだ。孫正義らの新会社は「富者が権力を取り込む装置」ではないのか。
自動運転からデータ分析、翻訳や政策立案が瞬時に可能になる。知能をもったコンピューター・生成AIの出現で、産業や暮らしは便利で効率的になり、この分野の成長性は確実だ。
その一方で、「AIは人類を破滅させる恐れがある」と専門家は指摘する。誤情報の拡散や世論の煽動、人の知能を超えたシステムが暴走する恐れさえある。
技術革新には「安全・公正」を担保するルール作り=規制が欠かせない。つまり、ブレーキをかけながらアクセルを踏む、という二律背反が付きまとう。
企業家は効率・性能を重視するから規制を嫌う。世界的に見れば、欧州は「技術の暴走」を嫌い「民主的規制」を重視し、先端を走るアメリカの企業家は「規制緩和」を政府に求める。トランプの登場を、産業界は千載一遇のチャンスと見ている。
「米国の黄金時代の始まりだ。あなたが当選しなかったら、この投資はなかった」。
孫会長はトランプをそうたたえた。青天井の政治献金を認める米国は、政策をカネで買うことができる。象徴が盛大な大統領就任式である。金持ちが競い合うように巨額の寄付をした。
◆戦場で起きている「第3次技術革新」
AIは「便利な世の中」に欠かせない技術として注目されているが、最先端の技術を磨いているところがある。戦場だ。
戦場ではいま「第3次技術革新」が起きているという。最初の革新は火薬だった。次は核兵器、戦争の構造を変えた。そして第3次がAI兵器=自律型攻撃兵器の登場である。
ウクライナでロシアは自動走行の戦車を投入した。ウクライナ側はドローンで攻撃し、最前線ではロボット犬が偵察に使われている。イスラエルは高度の識別能力のあるドローンをガザ攻撃に使った。兵士や要人のピンポイント攻撃に利用している、といわれている。
自国の若者を戦場に送ることが「戦争反対」の世論を誘発してきたが、自国兵を「戦死リスク」にさらすことがなくなれば、思い切った戦争ができる、ということかもしれない。
世界最大の軍事大国であり、国際紛争を武力で解決することをためらわない米国は、自律型攻撃兵器の最大市場になる。
孫正義にその気はなくても、米国でAI投資をすることは、AIの戦争利用と無関係ではいられない。だからこそ「AI技術の民主的規制」は、人類の大きな課題だ。トランプはその方向に背を向ける。AIやSNSを支配する企業家は「規制」を嫌い、トランプを盾に使う。
少数の富裕層がカネと情報を握り、政権と一体化する。「デジタル複合体」は新たな「軍産複合体」になる危険性をはらんでいる。(文中一部敬称略)
コメントを残す