なんで今? 石破・トランプ会談
「朝貢外交」もう終わりに
『山田厚史の地球は丸くない』第281回

2月 07日 2025年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

石破首相は2月6日夜、トランプ大統領との日米首脳会談に臨むため、政府専用機でワシントンへ向かった。権力を握った2人が「初顔合わせ」する。当然の成り行きのように見えるが、急ぐ必要はあるだろうか。

アメリカは今、「トランプ旋風」が吹き荒れ、「予測不能」の大混乱が起きている。外交方針も定かでない。なぜ日本は暴風雨の中に飛び込んでゆくのか。

トランプのアメリカは、かつてのアメリカではない。どこに向かうのか、しばし様子を見た上で、対米外交の指針を定める。会うのはそれからでいい。

◆「日米黄金時代」宣言する能天気さ

新聞報道によると、首脳会談で石破首相は「日米の黄金時代を築く」という言葉を共同声明に盛る、という。

悪い冗談だ。相手はトランプ。この人物がどんなに危険か、就任直後から世界で大問題になっている。一緒になって「黄金時代を築く」と本気で言うなら、世界は日本をどう見るだろう。

トランプが「トランスジェンダーの選手を女子競技に参加させない」という大統領令に署名したことを6日、NHKが報じていた。白人金髪女性で周囲を固め、「ロサンゼルス五輪で私の政権は男性が女性選手を打ち負かすのを黙って傍観することはない」と、声を張り上げている映像が印象的だった。トランスジェンダーの選手を参加させた学校や団体は連邦政府の支援を打ち切る、という。

「人の性は男と女だけだ」と語っていたトランプである。権力を握ると、いきなりトランスジェンダー排除に乗り出した。

「DEI(多様性・公平性・包摂性)」尊重という人権尊重のリベラルな考えを敵視して、古いアメリカ的価値観に媚(こ)びるトランプ政治を象徴するシーンだった。

前日はイスラエルのネタニヤフ首相との共同記者会見で「ガザ地区は米国が所有する」とぶち上げた。イスラエルに代わって米軍がガザを支配し、住民は域外に「移住」させ、アメリカ主導でガザを一大リゾートに変貌(へんぼう)させる、という。以前から、娘婿(むこ)のクシュナー氏が持ち歩いていた構想だ。アラブ諸国は「パレスチナ人の追い出し」と猛反発し、EU(欧州連合)からも「国際法違反」の声が上がった。

キリスト教とイスラム教の聖地であり、紀元前から民族・宗教が絡む攻防が続いた地域である。近代では「三枚舌外交」など現地人を騙(だま)す先進国の身勝手な振る舞いが汚点となっているパレスチナである。歴史の悲劇など目もくれず、不動産業者のような「リゾート計画」を掲げる無神経さに世界はあきれて怒る。そんな時、ノコノコ出かけて「日米黄金時代」を宣言する能天気さは、日本はそんな国か、と思われるだけだ。

◆日本政府の「思い込みと焦り」

外務省や首相官邸には「思い込みと焦り」がある。

昨年11月の米大統領選でトランプが勝つと、正式に就任する前に会って挨拶(あいさつ)したいと外務省は動いた。トランプ1期目では安倍首相がトランプタワーに駆けつけ真っ先に面会が実現した。「シンゾウ・ドナルド関係」を築き、トランプの信頼を得た。そんな前例があるから、今回も「就任前、出来る限り早期に」と官邸もせっついた。

ところが石破政権は後回しにされ、就任前にトランプが自宅に招いたのは「昭恵夫人」だった。故安倍晋三は評価するが石破はちょっとね、というのがトランプ側のメッセージである。石破は安倍と違ってアメリカべったりではない、と分かったのだろう。

とはいえ、「日米関係」は米国にとっても重要だ。就任したら早期に首脳会談を実現してほしい。それが日本側の要請だった。

1期目就任後の首脳会談は、最初の訪問者は英国のテリーザ・メイ首相だった。安倍首相は2番目。外務省は「プロトコール」と呼ばれる外交儀礼を重視する。会う順番や国際会議で座る席の場所など「処遇」に関係の深さが投影するからだ。

1期目に英国が選ばれたのは、「特殊関係」と言われるほど親密な国家だからである。今回は、労働党政権になったことで距離を置いたのだろう。代わって最優遇されたのが、イスラエルである。

日本は引き続き「米国にとって2番目に大事にしたい国」と見られているのか。世界を見渡すと、トランプに必死でラブコールを送っているのはイスラエルとウクライナである。「特殊関係」にある英国のスターマー首相はことさらトランプ批判はしないが、以前のように「米英枢軸」という素振りはない。EUはドイツもフランスもトランプを警戒し、批判的だ。盟友だったカナダでさえ関税問題で角突き合わせている。消去法で日本は、石破首相でも、2番目に遇されるポジションにある。

アメリカの孤立が深まった表れである。そんなアメリカと「黄金の時代」を築く。「あなたが孤立しても私はしっかり支えます」と約束するようなものだろう。

日本の外交は「関係外交」だといわれる。「日米関係は世界でもっとも親密な関係」とか「日米同盟はかつてない高みに」など、「良好な関係」であれば外交は成功という発想だ。だが「関係がいい」ことと「国益にとっていい」ことが一致するとは限らない。

安倍首相はトランプの歓心を買おうと「兵器の爆買い」に応じた。岸田首相は「対中ミサイル網」を日本が引き受け、「GDP(国内総生産)2%の防衛費」を約束。アメリカが喜ぶことをすれば、「日米関係はよくなる」というのがこれまでの日本外交だ。

そんな姿勢の表れが、トランプの元に1日も早く駆けつけ「黄金の時代」をぶちあげ「頼りになるパートナー」と認識してもらう、という首脳会談の筋書きである。

日米同盟は親分・アメリカと、子分・日本の主従関係である。「日本はアメリカの保護領」という見方はアメリカ政府や知的階層では、ある種の共通認識になっている。

日本はアメリカの「核の傘」を借り、日米安保条約で守られている。その代わりに基地を提供し、駐留経費を負担し、自衛隊を強化して米軍を補完する。政治的にもアメリカの方針に従う。「米国依存」と「対米従属」が、55年体制から始まった保守長期政権が堅持する日本の基本方針となってきた。

◆「今だけ、カネだけ、自分だけ」のトランプ政権

二つの大きな変化が「日本の基本方針」を揺さぶっている。一つは、忠誠を尽くす相手のアメリカが、かつてのアメリカではなくなったこと。

二つ目は、衆議院が少数与党となり、保守長期政権が揺らいでいる、ということだ。

アメリカから見てみよう。冒頭でも述べたように、トランプ政権は「政治的クーデター」というべき政策の大転換に乗り出した。日米同盟の肝は「共通の価値観」とされてきた。法による支配・自由と民主主義の尊重・市場原理と資本主義体制。人類がたどり着いたこの価値観をアジア太平洋に広げる、そこに同盟の正当性があった。

トランプ政権はどうだろう。法による支配はあるのか。

日本なら政治家失格となるような「愛人口止め」「国会突入煽動(せんどう)」「人種差別・極右・暴力主義の国会突入犯全員の恩赦」など軽々と行う大統領である。イスラエルに肩入れし、ガザやヨルダン川西岸でパレスチナ人を追い出し、土地を取り上げるのは、「法の支配」の対極にある「力による原状変更」に他ならない。

高関税を課すと脅して他国に譲歩を求める恫喝(どうかつ)外交も、力で全てを解決するトランプ政治の象徴である。

WHO(世界保健機関)やユネスコなど国際機関からの離脱、グローバル企業に納税を求める国際租税協定や温暖化防止のパリ協定からの離脱。米国が世界秩序に背を向けることは、多年にわたって各国が積み上げてきた努力や公益を破壊する暴挙としか言いようがない。

途上国援助を担ってきた米政府の国際援助局を廃止し、国連の途上国援助の拠出金を打ち切る。資本主義の弱肉強食を放置すれば格差が拡大し、やがてシステムは行き詰まる。途上国支援でバランスを取ってきた、という事情など無視して目先の米国利益を優先する「今だけ、カネだけ、自分だけ」の政治を目指している。

政権を支える閣僚級の顔ぶれも異様である。巨額の選挙資金を用立てして地位買ったと思われる富豪、極論を展開する人物、「トランプを喜ばす顔ぶれ」を集大成したような政権になっている。

人生残りわずかな老人が、巡り合った幸運でつかんだ権力を、好き勝手、思い切り使おう、という分かりやすい政権だが、「自由と民主主義」とは縁遠い国になった。トランプはアメリカや世界をとてつもなく危ういところに導きかねない。

「栄えるものは久しからず」は歴史が教えるところだ。

アメリカ時代の終焉(しゅうえん)。トランプはその幕引き役として登場したのかもしれない。だから世界は、距離を取ろうとしている。そんな政権と「黄金時代」という日本は異様である。

◆石破が「歴史的使命」を果たすとしたら

さて、日本の国内はどうか。少数与党は、戦後の自民党政治が行き着いたところだ。自浄作用のない組織は衰退するだろう。安倍政権は保守バブルだった。政策は「憲法改正」「対米追随」「反中国」「男尊女子価値観復帰」。経済政策は異次元の金融緩和でマネーを膨張させ、事実上の「国債日銀引き受け」で財政を膨張させ、円安と株高で経済苦境をカモフラージュした。しかし、賃金は上がらず、非正規労働者は増え、格差は拡大し、消費は沈滞し、日本はアジアの二流国になった。

人々の暮らしは厳しくなり、政府与党から人心は離れた。その結果「保守バブル」が崩壊し、少数与党となった。潮流は行き着くところまで変わらないだろう。

石破政権は安倍(保守)バブル崩壊の産物である。保守の全てをのみ込んでいる自民党で政策の軸が変わった。

党内政権交代が起きたのである。とはいえ、政策を官僚任せにしてきた自民党は、政策転換するだけの力はない。その中で、自分なりに政策を考えてきた石破に首相の座が転がり込んできた。

石破が「歴史的使命」を果たすとしたら、戦後の保守政治がすがってきた「アメリカとの関係」をどう再定義するか。パイプが切れてしまった中国との関係をどう再構築するかにある。

太平洋の向こうを見ていればいい時代は終わった。すでにアジア・太平洋の時代である。中国だけではない。小国連合とされていたASEAN(東南アジア諸国連合)も成長した。インドが勃興(ぼっこう)し、パキスタンやバングラデシュも目を離せない。その向こうには中央アジア・中東が広がる。

新しい世界地図の上に日本の進路を定めるなら、トランプの懐(ふところ)に飛び込む選択など石破にないはずだ。

「就任したらまずアメリカ」という慣行に沿って日米首脳会談が開かれる。「朝貢外交」は、これで終わりにしよう。(文中一部敬称略)

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