山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」。
トランプの決め台詞(ぜりふ)である。偉大なアメリカを再び。集会でこの言葉を発すると万雷の拍手が起こる。トランプが夢想する「偉大なアメリカ」とは、どんな国なのか。
団塊(だんかい)の世代である私は「偉大なアメリカ」を覚えている。圧倒的な経済力と軍事力、世界を差配する政治力。人々の暮らしは豊かで、アメリカは包容力があり、憧れの対象でもあった。「グレート・アゲイン」というのだから、今はその輝きを失った、というのだろう。で、どんな国になろうとしているのか。
◆世界秩序のための「負担」に背を向ける
「辞書で一番好きな言葉は『関税』」。トランプは言った。
国境を接するカナダ、メキシコからの輸入品に25%の関税を発動した。メキシコ、カナダから麻薬がアメリカに流入している。取り締まりが十分でない、との口実で関税をかけたが、本当の理由は、麻薬より自動車らしい。
アメリカ、カナダ、メキシコは北米自由貿易協定(NAFTA)によって国境を越える出入りに審査も関税もない。互いに乗り入れ自由の経済圏を作り、共に繁栄しようという考えだった。それが今や逆回転し始めた。
自動車メーカーなどは、人件費の安いメキシコやカナダに工場を作り、アメリカ市場で売る。トランプはそれが気に入らない。輸入車に25%の関税を課せば、末端価格が上がり競争力は低下する。不利な扱いを受けたくなかったら、アメリカに工場を作れ、というわけだ。
アメリカ国内に投資を呼び込み、生産拠点が増えれば雇用は拡大する。労働者階層に向けた政治的アピールである。だがそれは、国境を越える取引を自由にし、相互の繁栄を目指すというこれまでの関係を一方的に破る決定である。
国境の向こうにある企業に不利な条件を課すことで、無理やり自国に引き寄せる。そんな身勝手なやり方でアメリカは「偉大な国」になれるのだろうか。
温室効果ガスを抑制するパリ協定、世界の保健衛生の砦(とりで)であるWHO(世界保健機関)、グローバル企業の税金逃れを防止するBEPS(税源浸食と利益移転)。トランプのアメリカは、そうした国際的枠組みから離脱し、途上国支援からも手を引く。
地球環境、感染症、徴税回避などは一国で解決できない。だから世界が足並みをそろえて取り組んできた。資金や人材に乏しい途上国を応援し、先頭に立って汗を流すのが「偉大な国」の役割だった。トランプのアメリカは、世界秩序のための「負担」に背を向ける。
◆「火事場泥棒」のようなやり方
ウクライナ戦争は、ロシアの侵攻によって始まったが、東に張り出すNATO(北大西洋条約機構)と、押し返そうとするロシアの争いでもある。その間に挟まれ戦場となったウクライナは自力で戦い続ける力はない。ここでゼレンスキーが白旗を挙げれば、「力による現状変更」を認めることになる。ウクライナにとってロシアによる「領土拡大」など論外だ。「国際秩序」や「侵略への反撃」という「正義」がゼレンスキーの拠りどころになっていた。
トランプは「正義」など抽象的な価値への関心は薄い。「ウクライナは勝てるのか」「自分の立場を考えろ」「あなたは交渉のカードがない」などと首脳会談で言い放った。
勝てる見込みがない戦争を続けることは無益。アメリカはこれまで多額の資金を突っ込んできた。これ以上、無駄なカネを使いたくない。そう言わんばかりのトランプの対応である。
これまでの支援の見返りにトランプは、レアアースの採決権を求めている。支援を継続してほしいなら資源の権益をよこせ、アメリカがウクライナで事業を始めればロシアは攻めてこないだろう、という理屈だ。
身勝手な話である。ウクライナを支援したのは、アメリカに対ロ軍事戦略があったからで、ウクライナの政権を背後で操っていたのも米国だった。
あたかも「カネを貸していた」かのように見返りを求める。停戦のどさくさで恩を売って資源を手に入れる「火事場泥棒」のようなやり方だ。
ゼレンスキーが求めているのは、米国によるウクライナの安全保障である。フランス、イギリスなど欧州諸国も、米国の支援が必要という立場だ。ウクライナ支援は49%をアメリカが果たしてきた。欧州だけでウクライナを支えるのは難しい。
首脳会談でゼレンスキーと言い争いになったトランプは、ウクライナへの軍事支援を中止した。米国から輸送中の戦車・ミサイル・弾薬など全てが止まってしまった。前線に武器が届かなければ戦局は危うくなる。味方だったウクライナ兵を背後から撃つに等しいやり方だ。
意に沿わぬ相手なら、仲間でも、徹底的に窮地に追い込み、言うことを聞かす。それがトランプのやり方である。
◆「世界を引き受ける気概」見当たらぬ米
グレート東郷というプロレスラーがいた。力道山が活躍していたころ、悪役として目を引いた日系アメリカ人のレスラーだ。ありとあらゆる反則を駆使し、ハラハラドキドキを演出し、流血でリングを興奮の渦に巻き込んだ。
「グレート」とは、「すごい」とか「偉い」を表す言葉だと聞かされ、強烈な非道ぶりとの落差を感じたことを覚えている。
グレートな国であったころのアメリカは、世界の秩序維持を引き受けるだけの力と気概があった。民主主義・資本主義を掲げ、世界を導くという自負がにじんでいた。トランプのアメリカに「世界を引き受ける気概」は見当たらない。
象徴的なシーンが、ホワイトハウスで起きたゼレンスキーとの「言い争い」だ。停戦の地ならしだったはずの首脳会談は決裂し、用意された「鉱物の採掘権協定」の調印にさえたどり着けなかった。
「プーチンのロシア」に対する見方が決定的に違った。ロシアは侵略者だ、約束しても破る、停戦後のウクライナの安全を米国が保障してほしい、と要求するゼレンスキーにトランプは耳を貸さなかった。
アメリカにとって最大のライバルは中国だ。ロシアはアメリカにとって直接の脅威ではない。叩いてしまえば、中国が膨張する。プーチンのロシアを生かしておけば中国への牽制(けんせい)になる――。
アメリカの都合で、ウクライナはロシアとの戦闘正面に立たされ、窮地に陥った。そのアメリカで政権が代わると、対ロ融和策が採られ、ウクライナは見捨てられた。
今やアメリカのライバルは中国だが、太平洋を挟んでにらみ合う両国を欧州は冷ややかに見ている。ウクライナ戦争でトランプは欧州に不満を持っている。当事者意識が希薄だと。同様に、太平洋を挟んでにらみ合う米中に、欧州は冷めた視線を送る。
関税戦争など身勝手に振る舞うアメリカへの信頼は、世界で急速に低下している。環境問題、感染症対策、税金逃れ対策など先進国が積み上げてきた国際的な課題に背を向けるトランプは、アメリカの権威失墜に弾みをつけている。
2期目のトランプ政権は、高関税政策、ウクライナ停戦、政府大リストラという騒然たる始まりになった。どれも周到な準備はなく、唐突に動き出した。先を急ぐ78歳の大統領。米国衰退という大きなトレンドに抗(あらが)うには、あまりにも残り時間は少ない。(文中敬称略)
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