「カネ」こそ自民の「絆」
石破「10万円商品券」の政局
『山田厚史の地球は丸くない』第284回

3月 21日 2025年 政治

LINEで送る
Pocket

山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

石破茂首相が、新人議員15人と公邸で催した食事会で、10万円の商品券を手土産として配っていたことが発覚。政治資金規正法違反ではないか、と国会で追及を受けている。カネの匂いがあまりしなかった政治家だけに、「石破、お前もか!」である。「政治とカネ」が問題になっている最中に、初当選議員を集めて10万円を渡す政治感覚にあきれるばかりだ。

思い出したのは、駆け出しの記者の頃、取材した事件だ。総選挙がらみの選挙違反で、自民党候補が買収容疑で在宅起訴された。インタビューした同僚の話を聞いて仰天した。衆院2期を務めたこの候補は、カネを渡したことを否定せず、「人に頼み事をするのに、手ぶらというわけにはいかないでしょう」と語った。

投票をお願いするのだから、それなりの礼を尽くすのが道理――。わかりやすい理屈である。公職選挙法など眼中になく、人間関係の機微を優先するのが政治、と言っているように思えた。

派閥の維持さえできなかった石破氏にとって、まだ色のついていない新人たちは「取り込みたい人材」である。それを察してか「私たちは石破チルドレン」という声も参加者から上がったという。

支持をお願いするなら、それなりの礼を尽くす。あの時の千葉2区の代議士と同じ匂いを感じた。礼を尽くす、というと聞こえはいいが、実態は「カネのやり取り」を通じた仲間づくりである。

◆悪貨が良貨を駆逐する世界

「自民党とカネ」は1955年にこの党が誕生してから、切っても切れない縁になっている。「共産主義に対抗する自由と民主主義」という緩い理念はあっても、党内権力を目指す有力者たちが、旗色を鮮明にするほど政策の違いはなかった。

派閥を作り、身内の結束を固めるのは政策ではなく人間関係であり、潤滑油はカネなのだ。自民党支配を揺さぶった最近の事件は、どれも「カネのやり取り」が致命傷になった。

参院選広島県選挙区で2019年に起きた河井克行・案里夫妻の買収事件は、妻の案里候補を当選させるため、夫の河井克行元法相が他派閥の県会議員にまでカネを配りまくった買収工作が事件化した。柿沢未途(みと)元法務副大臣が逮捕された2023年4月の東京江東区長選も同じ構図だ。現職の木村弥生区長を当選させるため、区議にカネを配った。

「配る側」と「受け取る側」、両者とも違法であることは分かっている。あえて法を犯してまでの「よろしく」が強く熱を伝える。受け取ることは「承知した」という証しである。「カネは絆(きずな)」。これが自民党の体質だ。

この人たちは、渡せば効果があると考えているから、危ない橋でも渡る。公職選挙法違反であることを知りながら、危ない橋を一緒に渡ることで、絆は強まる。

旧安倍派が派閥の政治資金パーティーを使って裏金作りをしていたことも同じだ。違法であることは分かっている。だから、いったんはやめようとなった。だが派閥からの資金還流は、結束を固めるために不可欠と判断したのだろう。

「絆はカネ」の自民党で、カネに身ぎれいにすればするほど力は無くなる。悪貨が良貨を駆逐する世界だ。

◆領収書がいらないカネの出所

自民党には「領収書がいらないカネの出所」がいろいろある。一つは幹事長が握る政策活動費。

「政党が議員に支出する政治資金。党での役職に応じて党勢の拡大や政策立案、調査研究の目的で使われる。政治資金規正法で政策活動費の定義がなく、具体的に何に使ったのかを公表する義務がなかったため『ブラックボックス』とも呼ばれてきた。二階俊博氏が自民党幹事長に在任していた5年間で50億円を受け取っていたことが批判の対象となった」(日経新聞)。

政党が議員に支給する政治資金は、その原資の大半は政党助成金である。国民の税金が幹事長の懐(ふところ)に入り、好き放題使える、というカネだ。

もう一つが「官房機密費」。

「内閣官房長官の判断で支出される経費。『権力の潤滑油』という表現もある。会計処理は内閣総務官が所掌する。2002年度予算で前年を10%下回る14億6165万円になって以来、現在まで同額が毎年計上されている。そのうち12億3021万円が官房長官に一任され、残りは内閣情報調査室の費用に充てられている。支出には領収書が不要で、会計検査院による通常の監査も免除されており、原則使途が公開されることはないため、以前から不透明な支出に疑惑の目が向けられている」(Wikipedia)。

石破首相は「商品券はポケットマネーから」というが、官房機密費は政権のポケッマネーである。政権を取るということは、こうした億単位の税金を使途も明かさず自在に使えるということだ。配ることで絆を太くし、権力を維持する。

◆歴代政権の慣行?

絆は時と場合によって、大きなリスクにもなる。

10万円商品券が表沙汰(ざた)になったのは、参加者あるいはその周辺に漏らした誰かがいたのだろう。15人の参加者の中には、まずいと思い、返却した議員もいたという。情報がメディアに伝わった背景には自民の党内事情が絡んでいる。

少数与党となった自民党は国会運営で厳しい状況にさらされている。野党が結束すれば予算案さえ通せない。場合によっては内閣不信任を決議されかねない。総裁選のしこりも残り、党内に反石破勢力は根強く、旧安倍派を中心に「石破降ろし」の機会をうかがう動きさえある。

高額療養費の限度額引き上げを巡る不手際など、石破政権は国会運営に手こずっている。西田昌司(しょうじ)参院議員が「石破では参院選を戦えない」と発言するなど、執行部は揺さぶられている。そんな時に「10万円商品券」が報じられた。

世論調査の政権支持率は、危険水域とされる20%台に落ちこんだ(朝日新聞26%、毎日新聞23%)。「他言無用」の手土産が、外に漏れた。党内権力を巡る“内戦”とも見える展開である。

すぐさま「擁護論」が発せられる。石破首相と同じ鳥取選挙区の参院議員が地元で「新人議員にお土産を配るのは歴代政権の慣行だ」と語った。これが一気に広まると、「事実を確認したわけではい」と謝罪した。取り消されても言葉は残る。世間がどう受け取るか。まさに情報戦である。

「商品券の配布は石破首相に始まったことではない」というひそひそ話を裏付けるように「岸田前首相も商品券10万円」というスクープが朝日新聞に載った。政務官を公邸で接待し10万円の商品券を配っていた、という。大方は「やっぱり」という反応だ。

岸田氏は、事実は否定せず、石破首相と同様に「法令の範囲内であると認識している」と釈明した。岸田前首相の前任である菅義偉(よしひで)元首相にも疑いの目が注がれた。「会合で手土産を差し上げたことはあるが、いずれも法令の範囲内で適正に行っている」と微妙な言い回しで逃げた。

◆漏れ出る「不都合な真実」

自民党が安定多数でいたころ、「他言無用」の秘め事は、誰もが口を閉ざしていた。言わないことが、お互いの利益にかなっていたからだ。ところが、自民党の内輪もめで「不都合な真実」が、外に漏れ出している。

旧安倍派の「裏金づくり」は最大派閥のおごりが表面化したものだった。党内で処分が相次ぎ、総選挙で落選者が相次いだ。頼みの安倍晋三氏はこの世になく、議員の数も結束も弱まった。かつての栄華は今や昔。生き残るため、もう一度総裁選に持ち込み、高市早苗氏を担いで政権を取りたい。

党内でも、世間でも、石破首相は人気がない。だが、取って代わる政治家がいないので政権はかろうじて維持されている。「石破降ろし」に火がつく条件は、支持率が壊滅的に低下すること、といわれる。

そうした党内事情が、自民党の「自傷行為」を招いているように見える。会合の参加者かその周辺が、「石破首相のお土産」をバラした。首相側は、防戦にまわって「俺だけじゃない」と主張し、岸田前政権の前例が暴露された。これは自民党の体質だ、と世間は受け止めた。落ち目の組織が陥る負のスパイラル。我が身を守るため、全体を貶(おとし)める悪循環に自民党は陥っているではないか。

◆二つの政党が混在する?自民

俯瞰(ふかん)すると、自民党には「A」と「B」の二つの政党が混在しているように思う。

「自民党A」は、杉田水脈(みお)氏を参議院全国区の候補にするような保守派勢力を核とするグループ。選択的夫婦別姓に反対し、女系天皇は認めない、中国との緊張感を高めても防衛力を増強する、という勢力。

「自民党B」は、外交的には近隣との融和にも配慮し、別姓問題は柔軟に対処する、「A」に比べると中道路線に近い保守。

二つの勢力が一つ屋根にいるのは「権力の旨(うま)み」が接着剤になっているからだろう。小選挙区制で勝ち抜くためにも離れられない。だが、共存することの内輪もめのタネはいくらでもある。

自民党「A」と「B」の“内戦”は、「カネが絆」の自民党の実像を世間にさらすことになり、自民党の衰退を早める。党が先細ることで、やがて「同居」は困難になるのではないか。

野党も分散化に向かっている。石破政権は、政界の流動化の起点となるのではないか。(文中一部敬称略)

コメント

コメントを残す