自傷する大統領・トランプ
アメリカ壊す人物の全能感
『山田厚史の地球は丸くない』第285回

4月 04日 2025年 国際

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

高い関税を乱発し、世界秩序への役割を拒否、友好国まで敵に回す。政府機関やメディアを罵倒(ばとう)し、多様性などリベラルな価値を否定、学問の自由にまで手を突っ込む暴走ぶりだ。

民主主義・人権尊重・自由貿易――。アメリカが牽引(けんいん)してきた世界観を自ら踏みにじり、社会や経済を傷める。それは、回り回って自らを傷める「自傷行為」ではないか。

トランプという特異な人物だから起きたのか、アメリカが立ち至った状況がトランプという怪物を生んだのか。私は「移民が切り開いた新世界」というこの国の成り立ちに、いま起きている混乱の根源が埋め込まれている、と思う。

◆成功物語に組み込まれていた大きな不幸

アメリカ人が好きな言葉に「フロンティアスピリット」がある。リスクを恐れず、困難に挑戦する開拓者魂が富と社会的地位をもたらす、という考えだ。

今も、か細い可能性ではあるが社会の底流にあり、ソフトウェア開発・販売マイクロソフトのビル・ゲイツ、多国籍テクノロジー企業アップルのティム・クック、そして電気自動車(EV)メーカー・テスラのイーロン・マスクなどがいる。

最初の本格的な開拓者は、英国のプリマスから渡った清教徒たちだった。アイルランド、オランダ、フランスなどで迫害を受けたキリスト教徒たちも次々に新天地を求めてやってきた。穀物を育て、家畜を飼い、サトウキビや綿花を栽培し、植民地から脱した。そして200年かけて世界一の大国になった。

この成功物語には、大きな不幸が組み込まれていた。まずは「ネイティブ・アメリカン」と呼ばれる先住民族たち。暴力で土地を奪われ、共同体を破壊され、次々と殺された。

アフリカから強制連行した人々を奴隷としてこき使った。石油開発が本格化する前、富の源泉となった綿花は黒人搾取(さくしゅ)の“精華”だった。

後から来た移民は差別し、安上がりの労働力として使った。もめごとが起こると銃を撃ち合う「暴力による決着」が日常化する。人々は、自らを守るため武器を必要とし、銃社会が根付いた。

やがてフランスやスペインの植民地との戦争が起こり、「武力による現状の変更」が新大陸のルールとなった。

「力は正義」はアメリカの国柄でもある。国際紛争は武力で解決する。気に入らない政治家が現れると、銃による暗殺という流儀は開拓時代からのDNAともいえる。

最盛期には「ワスプ(WASP)」という言葉がよく使われた。ホワイト・アングロ・サクソン・プロテスタント。白人でなければ支配層にたどり着けない、という「夢のない社会」になった。

◆カネ持ちがカネで政治を買う

世界一の強国にのし上がる過程では、「白人支配」は盤石だった。成長にほころびが出ると、はびこる「不正義」は問題視され、真っ先に上がったのが黒人差別撤廃だった。

今も有形無形の差別は残る。だからアメリカのリベラルは「差別反対」「多様性」を言う。難しいことだが、叫ぶことで少しでも現実を前に進めたい、という思いだろう。高学歴の政府職員、大学などの知識人では常識になっているこうした考えも、底辺に取り残された人々からは「安全地帯に立って勝手なことを言う連中」と見なされ、罵声(ばせい)を浴びせられる。

超えようのない社会の二極化が背景にある。所得・財産で教育機会や育ち方に格差が固定化し、「貧富の差」は世襲化する。

皮肉なことに大金持ちのトランプが、取り残された人々に届く言葉を持っていた。

政権を取るのに欠かせない2つの要素がある。一つは「資金を提供するスポンサー」、もう一つが「投票してくれる支持者たち」。すなわちカネと票だ。

トランプはEVで世界を席巻したテスラのイーロン・マスクを取り込み、メタ(旧フェイスブック)のマーク・ザッカーバーグや、アップルのティム・クックらのIT長者など富裕層から資金提供を受けた。

ITやAI(人工知能)の業界は、政府がどのような規制を掛けてくるかでビジネスの風向きは変わる。多少の寄付金を投じても好意的に扱ってくれれば儲(もう)けものだ。社会への影響を配慮し厳しい規制を敷いているEU(欧州連合)を牽制するにも政府との良好な関係は欠かせない。

カネの匂いに敏感なトランプは、仮想通貨の業界にも手を伸ばす。親族の企業を通じてドルに連動する仮想通貨の事業に乗り出すなど「業界の守護神」のような振る舞いだ。

業界から寄付を受ければ業界寄りの政治になる。カネ持ちがカネで政治を買うのは「力は正義」のアメリカらしいやり方だが、取り残された人はそれでいいのだろうか。

◆関税は自らを傷つける厄介なカードにも

そこでトランプは「人民の敵」を上手につくり上げた。一つは、無駄遣いの温床だと標的にしている政府職員たち。高学歴なら白人でなくても安定した地位にいる。二つ目が外国製品の流入、アメリカ人から雇用を奪っているとして。三つ目は目障りな不法移民。治安の悪化や低賃金を招くなどが理由だ。

政府組織の簡素化を口実に、政府組織からリベラル系の人材を排除する。関税で脅し、嫌なら米国に投資しろと迫る。移民を更なる下層に置き、底辺の人々の鬱憤(うっぷん)を転嫁する。

こうした政策はアメリカを再び偉大な国にすることができるだろうか?

「NO」である。

アメリカの最盛期は第2次世界大戦からベトナム戦争に敗れるまでのおよそ四半世紀ではないだろうか。

戦争で無傷だったアメリカは世界を主導する立場になった。旺盛な生産力を支えにドルを基軸にする経済体制を築いた。ポンドも円も、ドルに紐(ひも)付けられた通貨となり、金に裏打ちされた通貨はドルだけとなった。

世界のもめごとは米国が仕切る、という覇権国アメリカは軍事予算の膨張に耐えられず、国際収支が赤字に転落。受け取ったドルを金に替える動きに耐えられず、1971年8月、金1オンス=35ドルと決めていた「交換の停止」に追い込まれた。国内では豊かになった労働者の賃金は上がり、製造業の競争力は弱まり、鉄鋼も自動車も市場で支配的地位を失う。

85年9月のプラザ合意で、経済覇権の象徴だった「強いドル」を放棄した。ドル安政策で産業競争力を取り戻そうという政策だったが、産業や企業は小手先の為替操作で強くならない。同じことが、これから始まる高関税政策でも起こるだろう。

製造業が生産拠点を計画し稼働するまで通常3、4年は掛かる。工場ができた時、トランプ政権は終わっているかもしれない。すでに計画中の事業は動くかもしれないが、先のことが不確定なトランプの高関税で立地を決めるような企業は少ないだろう。

関税が上がれば、アメリカ企業である輸入業者の負担が増え、価格に転嫁すれば消費を冷やす。困るのは日本などの輸出業者だけではない。「高関税に勝者なし」は第2次大戦を招いた「高関税競争」の教訓のはずだ。

「ディール(取引)」で外交をするトランプにとって関税は有力な切り札と思っているようだが、成り行きによっては、自らを傷つける厄介なカードにもなる。

◆裸の王様

政府機関のリストラで教育機関や援助機関まで廃止を宣言し、関税や撤退で他国を困らすが、どこに着地するか見えない。アメリカとの関係は、どの国も影響が大きいため、戦々恐々としている。ただわかったことがある。トランプのアメリカは安心して付き合えない、ということだ。

開拓者物語は美しい想い出だが、その身勝手によって悲劇を被った人たちに思いが至らないのが多くのアメリカ人の弱点だ。

強国として世界を支えていたなら、多少の自分本位も許されてきたが、今や鷹揚(おうよう)さを失い、身勝手なディールだけとなれば「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン(米国を再び偉大にする)」には付き合い切れないだろう。

経済は敏感だ。市場が読めなくなれば、投資は増えるどころか、減るかもしれない。高関税が実施されれば世界経済は収縮し、アメリカ自身が大きな打撃を受ける。それ以上に心配なのは、トランプ政権で中心となる政策の司令塔が見えないことだ。少なからぬ閣僚は、忠誠を誓いながら、トランプの威を借りて、満たされなかった自身の政治的欲求を果たそうとしていることだ。

78歳の老人が、森羅万象に通じているわけではない。政府組織で働く有為な職員が次々と辞めているという。裸の王様である。

およそ公益とかけ離れた政策が、アメリカという大国で、ばらばらに進んでいる。「略奪的で自分本位」というこの国の地金が剥(む)き出しになってきた。トランプは、アメリカを孤立に向かわせた大統領という評価を歴史に刻むことになるだろう。日米同盟に引きずられ、日本が「下駄の雪」にならないことを祈りたい。(文中一部敬称略)

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