п»ї 天皇に忍び寄る警察国家 『山田厚史の地球は丸くない』第153回 | ニュース屋台村

天皇に忍び寄る警察国家
『山田厚史の地球は丸くない』第153回

12月 13日 2019年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

「宮内庁長官に西村泰彦氏」。12月10日付の夕刊各紙に小さな見出しが載った。山本信一郎長官が退任し、警察庁出身の西村次長が昇格するという。宮内庁人事など世間にとって雲の上の話。だが、安倍首相と天皇ご一家の関係を知る人たちの間では「いよいよ、やったか」と受け止められた。

◆安倍首相の底意

警察から宮内庁長官が出るのは珍しいことではない。戦後、長官制度ができてから3人目。だが、今回の「宮内庁長官人事」は、いささか趣が異なる。皇室に対する安倍首相の底意が感じられるからだ。

徳仁(なるひと)天皇になって、安倍首相は頻繁にお住まいの赤坂御用邸に足を運び、内奏をしている。代替わりを機に、皇室との関係改善を図ることに熱心、というか新天皇を取り込もうしているように感じられる。それほど首相と天皇家との関係は微妙だ。

西村氏が宮内庁次長に送り込まれた状況が、異様だった。2016年9月のことだ。今の上皇である平成天皇はテレビを通じ「生前退位」を同年8月8日に表明した。

「全身全霊で天皇の職務を果たすためにも、余力が残っているあいだに退位したい」というの趣旨の発言だった。今思えば、生前退位に否定的だった安倍首相を出し抜き、メディアを通じて国民に直訴することで、天皇は自らの意思を通すことに成功したといえる。

安倍首相は相当面白くなかったらしい。その表れが9月に行われた宮内庁のトップ人事だという。

宮内庁長官だった風間典之氏が更迭された。首相官邸から見れば、次長だった山本信一郎氏も「同罪」だが、そこはことを荒立てず、山本氏を長官に昇格させた。その後任に送り込まれたのが、安倍官邸で内閣危機管理監を務めていた西村氏だった。山本長官を補佐する形で、皇室の動向に目配りし、官邸の宮内庁支配を担ったといわれている。天皇代替わりの段取りを実質的に仕切ったのも西村次長、一連の儀式が終わった段階で山本長官を外し、西村体制を敷いた。

◆「菊のベール」と皇室取材のルール

皇室内部は世間から見えない。取材の自由がないからだ。宮内庁担当の記者でさえ、天皇ご一家の方々に単独で取材することは許されない。

私がロンドン特派員をしていた1989年、昭和天皇がご病気になった。

当時、ロンドンに留学していた秋篠宮さまが急きょ帰国する、という連絡があった。天皇の容体が悪くなったのか、と考え、急いで駆けつけると、空港に向かう秋篠宮さまのクルマが出てきた。後部座席の窓をコンコンと叩くと、宮さまは窓を開けた。

「天皇陛下のご容体は? 戻られて何を申し上げるのですか?」と尋ねた。宮さまは面食らった表情だった。後日、侍従からロンドン記者会の幹事を通じて注意を受けた。「宮さまには直接語りかけず、質問は侍従を通じて行ってください」。これは皇室取材のルールだといわれた。

話は脱線したが、ことほど左様に皇室取材は規制され、ご一家の動向は「菊のベール」で覆われている。週刊誌などに様々な内部事情が載るが、真実か、誇張か、作り話なのか、確かめようがない。首相官邸は「皇室情報」をどこまで把握しているのだろうか。

◆警察機能を権力維持に使う政権

昭和天皇は、早い時期から「生前退位」の意向を安倍首相に伝えていた。それだけではない。男系男子に限定する天皇のあり方を見直し、女性天皇制の可能性を含め検討することを求めていた、という。安倍首相は取り合わなかった。

女性天皇問題は、小泉政権の頃に有識者懇談会で方向が打ち出されたが、秋篠宮家に悠仁(ひさひと)さまが生まれ、議論が止まった。それが安倍政権になって封印された。日本会議など政権を支持する右派が「男系男子」を主張した。

政権と天皇家の間にすきま風が吹いているのは、国民も気づくようになった。

宮内庁には職務柄、天皇の立場に立つ職員が少なくない。官邸にとって国民的人気の高い天皇家の動向は気がかりだ。

日本国憲法第3条で「天皇の国事に関する全ての行為には内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負う」とあり、天皇と内閣は切っても切れない関係だ。天皇家の動向を官邸が関心を持つことは当然のことだが、大事なことは、どのような目線で見守るか、である。

宮内庁長官は、侍従ら側近から天皇ご一家の行動・発言を採取できる立場にある。見守るのか、監視するのか。人事を通じて、官邸の意に沿った人材を天皇の周囲に配置することもできる。

安倍官邸の特徴の一つが「警察支配」だ。重用される側近に警察官僚が目立つ。霞が関を束ねる内閣人事局長でもある事務系官房副長官は、警察庁で警備公安畑を歩んだ杉田和博氏。第一次安倍内閣で秘書官を務め、第二次では内閣情報官として仕え国家安全保障局長に昇格した北村滋氏、そして危機管理監から宮内庁に送り込んだ西村氏。警察機能を権力維持に使う政権だ。

加計学園の疑惑で官邸の関与を公表しようとした元文部科学事務次官に「個人的行動」を読売新聞にリークしてけん制したことや、首相と親しいTBS記者を逮捕寸前で救った「詩織さん事件」など、警察権力の乱用が目に付く。

諜報(ちょうほう)・監視・支配という警察国家化が7年に及ぶ長期政権で強まった。触手は皇室にまで及ぶことはない、といえるだろうか。

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