山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
日銀が債務超過に陥るのではないか。そんな不安さえ出始めた。
新型コロナウイルスの感染爆発に端を発した世界的な株式市場の暴落は、それぞれの市場が抱える脆弱(ぜいじゃく)性をさらけ出した。東京市場は、日銀による株価買い支えの無理が顕在化している。市場への資金供給を口実に、日銀が通貨を増発し、株価指数連動型の上場投資信託(ETF)を買い上げてきた。株価を上げて活況を装いたい政権の意向に沿った日銀の政策だったが、連日の株価急落で深い傷を負った。
■政府にも日銀にもない切迫した危機感
「ETFの損益分岐点は19500円」。日銀の黒田総裁は8日の国会で明らかにした。この時点で日経平均株価は2万円を上回っていた。ところが数日後には2万円を割り、13日には1万8000円を突き破った。保有するETFが「取得原価」を大きく下回り、日銀が抱える含み損が連日拡大している。
世界の中央銀行で自国企業の株式を買い支えているところは日銀以外にほとんどない。米国の連邦準備制度理事会(FRB)などは株式保有を、禁止されているほどだ。
日銀は異次元金融緩和の一環として年間6兆円規模のETF 買いを行い、すでに30兆円を超える投資を行い、日本の上場企業の大株主になっている。
株式を大量に買い込めば当然リスクが膨らむが、日銀の資本金はわずか1億円。投資リスクを抱え込むことを前提としない組織だからである。
幸い内部留保が8兆円ほどあるのですぐに債務超過が発生するわけではないが30兆円を超えるETFの元本割れは、日銀の信用にとって深刻な問題だ。
日銀の債務超過問題は、これまでも国会で論議されてきた。最大の懸念は「国債の大量買い上げ」。2%インフレを実現するため年間60兆~80兆円の国債を市場から買い上げている。今は金利がゼロを下回るマイナス金利だが、いつまでもゼロ金利が続くわけはない。
やがて金利が上がり出したら、日銀が抱える国債の価格はどんどん減価する。500兆円近く国債を買い込んでいる日銀は、たちまち債務超過になる。
だが、現実にそのような事態は訪れていないので、政府にも日銀にも切迫した危機感はなく、債務超過問題は「頭の体操」でしかなかった。
■「異常を常態化」させたアベノミクス
それが今回は現実味を帯びた事態として目前に提起されている。
そもそも自国企業の株を、大量に買うことが中央銀行の仕事なのか。米国が禁止しているのは、政府が民間企業を支配下に置くことは問題がある、とされているからだ。株価は無数の投資家が参加する市場で売り買いされることで公正な価格が形成される。政府が意図的に吊り上げることは「市場による価格形成を歪める」と経済協力開発機構(OECD)から是正勧告を受けているほどだ。
中央銀行の最大の責務は「自国通貨の通貨価値を維持すること」とされている。そのためには、通貨の裏付けとなる健全な資産を保有し、中央銀行の財務体質を揺るぎないものにすることだ。債務超過は、民間企業なら破産、倒産に直結する。
政府内部には、「時価会計を採用しなければ債務超過にならない」「資本不足になったら、政府が増資させればいい」などの声があるようだが、事態はそのような小手先の操作で済ますような事態ではない。
「やってはいけない」はずの日銀の国債引き受けや、株の買い支えなどを満載した「異次元の金融緩和」は、短期決戦のはずだった。「劇薬」と言われ、一時的ショック療法のはずだった。
劇薬が常備薬になって、漫然と国債を買い上げ、株や不動産まで買い続けるのが日常の風景になってしまった
太平洋戦争と同様、短期で決着がつかず、「異常を常態化」させたアベノミクスの決済がこれから迫られる。
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