山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
「崖に向かってみんなを連れて行くわけにはいかないので、そこは違う展開はあると思う」。自民党の萩生田光一(はぎうだ・こういち)幹事長代行の発言である(4月18日のDHCテレビのインターネット番組)。「崖」とは消費税増税による景気の悪化か。「違う展開」とは、増税先送りである。
荻生田氏は官房副長官から幹事長代行に抜擢(ばってき)された「安倍側近」の1人。二階俊博自民党幹事長を支え、党内の意見を取りまとめる立場にある。首相に近い政治家が「景気が非常に回復傾向にあったが、ここへきて日銀短観を含めて、ちょっと落ちている。次の6月はよく見ないといけない」と語り、6月に発表される日銀短観の結果次第では、10月に予定される消費税増税をやらない可能性を示唆した。
◆本音は阿吽の呼吸で
「党として議論していることは全くない」と森山裕(もりやま・ひろし)自民党国会対策委員長は言う。
菅官房長官は「リーマン・ショック級の出来事が起こらない限り、引き上げる予定だ」と、いつも通りの言葉を繰り返した。
自民党も政府も「方針はなにも変わっていませんよ」と口をそろえるが、政界もメディアも「いよいよ消費税先送りへと動き始めた」と感じている。
日本の政治には裏と表がある。表では建前が念仏のように繰り返され、裏では阿吽(あうん)の呼吸で本音を推し量る。すべて用意が整ったら本音が表に浮上するが、その時はもう動かしがたいほど出来上がっている。
「モリカケ疑惑」を思い出してみよう。近畿財務局から学校用地を買い取る時、森友学園が裏で使ったのが安倍首相夫人の昭恵さんだった。理事長と昭恵さんが並んだ写真が決め手となった。夫人秘書が財務省に問い合わせして念を押す。裏工作の成果が表に出た瞬間が「タダ同然の払い下げ決定」だった。国会で問題になると裏を隠すため、決裁文書が改竄(かいざん)された。
加計学園の獣医学部認可も、理事長と首相のゴルフ・飲み会を経て「官邸最高位のご意向」と裏で文部科学省に圧力を掛け、認可に至った。裏を知る前川喜平事務次官(当時)の口を封じるため「不適切な店への出入り」がリークされた。
消費増税は法律で2019年10月から実施、と決まっている。だから2019年度予算は増税による景気の落ち込みを回避するため、ポイント還元、プレミアム商品券、クルマや住宅の減税、公共事業積み増し、軽減税率の導入などが盛り込まれた。増税で見込まれる5兆円近い増収を相殺するほどの財政出動で備えているのだ。
増税と対策がセットで100兆円突破の大型予算が組まれた。増税をキャンセルし、対策だけになったら「食い逃げ」である。
◆自民党政治の本質
10月からの増税に備え、企業や商店はシステム対応に追われている。税率を8%から10%に引き上げるだけではない。軽減税率で品目ごとの税率はまちまちになる。その対応だけでも大変なのに、客が求めるポイント還元に対応するにはキャッシュレスを導入する必要がある。中小零細の企業は大忙しだ。その苦労を知る日本商工会議所の三村明夫会頭は、荻生田発言に「信じられない。理解できない発言だ」と怒り、「増税を短期で、若干の景気変動で議論することは間違い」と指摘した。
三村発言は正論だが、建前論として扱われるのが現状だ。実は菅官房長官は新年のラジオ番組でこんなことを言っている。
「消費増税を予定通り実施できる環境を作っていくのが内閣の一番の仕事です」
この発言は、予定通り実施できないこともある、と言っているに等しい。司会者が「最終判断の時期はいつごろになりそうですか」と問うと、「予算成立が一つの区切り」と答えた。
予算を通してから消費増税の可否を判断する、というのである。
国会では2019年度予算が成立した。その後に発表された日銀短観は「景気の陰り」を指摘した。リーマン・ショック級の危機が来るようには思えないが、景気の鈍化は世界的な傾向だ。こんな時に消費税を上げていいのか、という懸念を官邸や自民党は抱き始めているのは確かだろう。
3月19日、安倍首相は藤井聡京都大学大学院教授と平河町の料理屋で夕食を共にした。藤井氏は昨年12月まで内閣官房参与として首相の知恵袋だった。消費増税反対の急先鋒として知られ「10%消費税が日本経済を破壊する」と主張する。共産党機関紙「赤旗日曜版」の1面トップに登場し、「内閣参与も反対」の見出しで紹介された(11月18日付)。「財政を拡大し公共事業を」との持論を堂々と展開する論客で、首相が口にできない本音を代弁する人物と見られている。共産党機関紙で政府方針と違う「増税反対」を主張するのはいかがなものか、という声が上がり、内閣官房参与の職を返上した、とも言われている。
藤井氏と安倍首相の密談は、首相が増税先送りへと動き出した表れ、と永田町ではうわさされた。森山国対委員長が言うように、増税延期は自民党内で議論されていない。重要政策は部会や総務会で議論され決めるのが自民党の慣行だが、それは「表の儀式」に過ぎず、大事なことは裏で決まる。
議論などせず、官房長官のラジオ発言や、首相の会食相手から裏を読み、政策を判断する。それが自民党政治だ。だからか「10月に消費税が増税されるなんて信じている国会議員はいない」と自民党の閣僚経験者は言う。
首相も官房長官も「リーマン・ショック級の危機がない限り」と繰り返すが、庶民に至るまでマユにツバをしている。
「消費増税を)やめるとなれば、国民の了解を得ないといけない。信を問うことになる」と荻生田氏言う。「増税やめます」でまた総選挙、という筋書きのようだ。
与党が3分の2を割りそうな今夏の参議院選挙を有利にするなら、「衆参同日選挙」の観測がしきりだ。増税先送りで勝てば、安倍首相の視野に憲法改正が入る。
コメントを残す