山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
怪しげな磁気治療器を売りつけ、レンタルすれば6%の利回りになる、と高齢者から老後資金を奪ったジャパンライフ。被害総額2千億円にのぼる大型詐欺事件は、消費者庁が立ち入り検査してから捜査が動くまで5年余り。「行政の怠慢」が被害を拡大した典型ともいえる。
◆業務停止処分中も営業継続
悪徳商法が転機を迎えたのは2015年。創業者の山口隆祥会長は、「総理から招待状がきました」と「桜を見る会」に招かれたことを大々的に宣伝した。前年には、消費者庁から経営改善の行政指導を受けていた。危うい状況にある同社にとって総理の招待状は「干天の慈雨」だった。指導に従わないジャパンライフに同庁は15年9月、立ち入り検査に着手。経営実態を解明した。ところが業務停止命令が発出されたのは、翌年の12月だった。
「検査から行政処分の公表まで7か月」というのが通常の処理とされる。異例の遅滞ぶりだった。この間、ジャパンライフは、レンタル商法が業務停止になっても、商売が継続できるよう販売方法を変えて対抗した(16年9月)。17年末までに消費者庁から一部業務停止などの処分を計4回受けたが、営業は途絶えることはなく続き、業務停止命令中にもかかわらず、石川さゆりの歌謡ショーなどで大々的に客を集めた。
◆役所の手の内を知る退職者を採用
消費者庁が処分を怠った時期の担当大臣は河野太郎。検査直後の2015年10月に行革担当相・内閣府特命担当相(規制改革、防災、消費者及び食品安全)に就任、翌年8月まで務めた。実はこの間、消費者庁では重大な問題が起きていた。16年3月、政府の再就職等監視委員会は次のような決定を通知した。
「消費者庁元職員(課長補佐級)は、消費者庁在職中、(国家公務員法)第106条の3第1項に規定する利害関係企業等であるA社に対し、離職後にA社の地位に就くことを目的として、自己に関する情報を提供し、地位に就くことを要求したものであり、同項に違反する行為であると認められた」
A社とはジャパンライフ。第106条3項は、離職後に検査を受けた企業に就職することを要求したり約束したりすることを禁止する規定だ。経済産業省から消費者庁に移ってきた検査担当者が退職後の就職を要求し天下りした、というのである。役所の手の内を知る退職者を採用し、業務停止命令を「無害化」したというわけだ。ここまで分かりながら、担当大臣が処分や刑事告発に動かなかったのはなぜか。
ジャパンライフは1980年から被害が多発し、85年には山口社長(当時)が国会の集中審議に呼ばれている。政治団体「健康産業政治連盟」を作り、自民党議員などに多額の政治献金を配っていることなどが問題にされたが、この頃から役所では「政治案件」と煙たがられていたという。警察庁生活安全局保安課長などを務めた警察官僚OBを幹部に雇うなどして役所を牽制(けんせい)し、客を釣ってきた。
◆寄り合い世帯の弱小官庁の限界
消費者行政担当大臣を内閣に最初に置いたのは、福田康夫内閣。狂牛病肉問題の反省から「縦割り行政打破」が叫ばれ、2008年8月に発足した福田改造内閣では担当大臣に野田聖子を据えるなど華々しく始まった。09年には消費者庁が発足。しかし注目されたのは最初だけ。寄り合い世帯の弱小官庁は、多岐にわたる問題に対応できず、縄張りを放さない縦割りの壁を破れなかった。悪徳商法は行政指導では動かず、警察の捜査がなければ解決しないのが実情だ。
消費者庁が行った15年の立ち入り検査は、公認会計士を動員し会計書類を総点検するもので、同社が債務超過であることをつかんだ、とされる。
集めた金を配当に回し、見せかけの「高利回り」で客をだますのは、「悪質レンタル商法」の定番。同社が客を食い物にしている疑いは、国会で共産党議員が追及するなど問題になっていたが、17年末に倒産し、翌18年3月に東京地裁が破産開始を決定するまで放置された。しかも警察は、破産手続きが始まってもすぐに動かなかった。安倍晋三首相(当時)の「桜を見る会」や、加藤勝信官房長官がかつてジャパンライフの宣伝に顔写真が使用され広告塔になっていたことなど、政治問題化していたことが「重い腰」につながったと疑われる展開である。
15年の立ち入り検査で、実態は分かっていたはずだ。当時の河野大臣が迅速に対応していたら、火の手が広がらないうちに消火できただろう。どんな報告を受け、なぜ手を打たなかったのか。「縦割り行政打破」を担当する大臣として、改めて説明責任を果たしていただきたい。
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