山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
森友学園の事件では、公文書改ざんや破棄、国会で「偽証」が問題となった。国家の中枢で起きた倫理の崩壊は、社会のあちこちに飛び火している。データの捏造(ねつぞう)・偽装・粉飾。事実の判断に欠かせない情報が「偽物(フェイク)」であるという深刻な事態が社会に広がっている。今の世の中、「バレるまでウソをつき通す」なのか。
◆社会に対する背信行為
放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は2月10日、フジテレビに「重大な放送倫理違反があった」と断罪した。産経新聞と共同で行ってきた世論調査に1年余にわたって「架空の回答」が混ぜられていた。捏造データによってフジ・産経グループは内閣支持率など「世論」を示してきた。
愛知県選挙管理委員会は15日、「大村知事に対するリコールに不正があった」と被疑者不明のまま愛知県警に告発した。選管に提出されたリコール署名の83%(36万2000筆)に「偽造の疑い」がある、という。
自動車部品大手の曙ブレーキは16日、「検査データが長期にわたって改竄(かいざん)されていた」と発表した。トヨタ、日産などメーカー10社に提出されたブレーキの性能データで検査の手抜きや改竄が行われていた。
この1週間で、あきれるばかりの「偽造・改竄」である。いかがわしい業者の仕業ではない。名が通った企業や個人の足元で起きている。「バレなければいい」という感覚が世間の隅々まで浸透している、ということだろうか。
ついにメディアまで、と思わせたのが、フジ・産経グループの「不正調査」である。世論調査の数字は、今や内閣の存亡が絡む国民的関心事でもある。菅首相は「一喜一憂しない」と言いながら、数字で示される世論を強く意識して政策判断している。
報道各社が毎月行っている聞き取り調査は、媒体によって微妙な差が生じるが、人々が政権・政策にどれほどの信頼を寄せているかを測る「温度計」の役割を果たしてきた。その数字が「偽造」だった。フジ・産経グループに世論調査を行う資格があるか、ということを問うている。
産経新聞の説明では、両社が世論調査を委託した会社が、約束に違反して調査の半分を第三者に再委託していた。この孫受け業者が調査を手抜きし、架空の回答を入力していた、という。フジテレビ・産経新聞の両社は再委託されていることも知らず、調査の現場に立ち会うこともなく、納入された「調査結果」をもとにニュースを制作していた、という。「そんなことは知らなかった」「だまされた」と言わんばかりの説明だ。
アメリカなど海外では、世論調査は専門の調査会社が行っている。日本ではなぜか報道機関が行っている。「新聞やテレビは公正中立。審判官のような客観的な立場で調査しているから信用してほしい」というストーリーである。「メディアは中立、ウソは書かない」という神話が世論調査の数字を信じさせてきた。
フジ・産経グループは、調査を下請け会社に丸投げし、その会社が「孫受け」に再委託していた。調査の現場が、社会の負託に応えられるような力や倫理観があるのか、という吟味や現場での立ち合いなどないまま、「インチキ調査」がフジ・産経をいう包装紙まとって報道されていた。社会に対する背信行為ではないのか。
両社は2月から世論調査を再開した。両社の担当者が調査に立ち会うなど管理体制を改めることで「不正防止を徹底する」という。果たして信頼を回復できるだろうか。
朝日新聞(1月23日付電子版)によると、「フジと産経の両社は、この調査結果に基づく一連の放送や記事を取り消したが、不正データを取り除いた修正後の調査結果は明らかにしておらず、朝日新聞の取材にフジテレビ企業広報室は『(公表の)予定はございません』と回答した」。
架空データによって、調査結果はどうゆがめられたのか。世論調査の不正を考える上で、避けて通れない核心部分はここにある。あえて「非公表」にする両社の態度をどう考えたらいいのだろうか。
◆愛知でのリコール署名偽造の怪
愛知県で起きた「リコール署名偽造」も驚くべき事件である。求人募集でアルバイトを雇い、名簿をもとに「署名記入」させていた、という。こうなると組織的犯行である。36万筆を書かせたアルバイト代は誰が払ったのだろう。
そもそも大村秀章知事に対するリコールから不可解なものだった。発端は名古屋で開催された「表現の不自由展」だった。慰安婦問題を象徴する少女像の展示などを巡って議論が沸騰し、展示に県予算を補助した知事の責任を問う声がネットで高まり、美容外科「高須クリニック」を経営する高須克弥院長が代表となって知事リコールの運動が始まった。
音頭を取ったのは、ワイドショーに「ネトウヨ代表」のように登場する顔ぶれだった。リコールは盛り上がらず、高須氏は撤退を表明。ところが選管に提出された署名簿を改めると、「同一人物の記入」と見られるおびただしい数の署名が見つかった。
「政敵を懲らしめるための所業」なのか、「ワイドショーの延長のようなお遊び」なのか。人々の政治参加の大事な手立てであるリコールを「もてあそぶ行為」としか思えない。
捏造署名は誰の仕業か定かではないが、旗を降ったのは高須医師だけではない。河村たかし名古屋市長、武田邦彦中部大総合工学研究所特任教授、明治天皇の玄孫(やしゃご)を売り物にする竹田恒泰氏らメディアでの露出度の高い「有名人」たちである。
◆「またか」「ここもか」常態化
曙ブレーキの検査データ偽装は、驚く人は少なかっただろう。「またか」「ここもか」である。自動車業界での検査偽装に私たちは慣れっこになっている。スバル、三菱自動車、スズキ自動車など完成車メーカーで発覚し、産業の裾野まで偽装・改竄の「右へならえ」は浸透しているようだ。
自動車業界だけではない。東芝、オリンパスといった日本を代表する企業で粉飾決算が常態化していた。コストカット、リストラという大きな流れの中で「品質管理」という目に見えにくい工程がおろそかになる。世界の冠たる「日本のものづくり」の現場はなぜこんなことになったのか。
価格、支持率、署名数など、「可視化」され「わかりやすいモノサシ」に私たちは目を奪われがちだ。見えにくい大事な部分に目配りするゆとりを失っている。切羽詰まった当事者たちは、目先の難題を切り抜けるには何でもあり。そんな空気が政治やビジネスなど私たちの暮らしの周囲に強まっている。
「バレなければ勝ち」。その次には何が来るのだろう。
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