п»ї 出だしからつまずいたデジタル庁-この役所、信用できますか?『山田厚史の地球は丸くない』第195回 | ニュース屋台村

出だしからつまずいたデジタル庁-この役所、信用できますか?
『山田厚史の地球は丸くない』第195回

9月 03日 2021年 経済

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

デジタル庁が9月1日、発足した。「全ての手続きがスマートフォンで60秒以内に完結することを目指す」という行政のデジタル化は、巨大な公共事業であり、利権の温床になる。集められた情報は、使いようによっては個人や団体を丸裸にできる。デジタル庁には公正な運営と透明は仕組みが欠かせないが、この役所は大丈夫だろうか。

◆発足前から「不祥事体質」

  平井卓也デジタル改革担当相は8月27日、「東京五輪・パラリンピックのアプリ発注で不適切な行為があった」として、内閣官房IT総合戦略室の幹部職員6人の処分を発表した。IT総合戦略室とは文字通り、内閣のIT戦略を取り仕切る首相直属の組織の機関。デジタル庁の母体でもある。

東京五輪に備え、外国からの訪問者にコロナ感染を防ぐアプリの開発も担当していた。指揮を執っていたのは、戦略室で室長代理を務める神成淳司(しんじょう・あつし)慶応大教授。戦略室が発足した7年前から招聘(しょうへい)されている実力者だが、平井大臣は「神成プロジェクトのメンバーによる不適切な対応があった」として、神成教授を含め処分した。

オリパラ・アプリはNTTコミュニケーションズなど5社の共同事業体が1月に受注している。外部弁護士らがまとめた調査報告書によると、発注にあたり、見積額を業者から集める時、戦略室の参事官(課長級)がNTT関係者に他の業者の見積額を伝えたという。建設事業や機器の発注などと異なり、ソフト開発のコストは不確定要素が大きい。前例のないアプリの見積額に苦慮する業者に対し、戦略室はあらかじめ価格を決め、業者に示すという「禁じ手」を使った。参事官が「70くらい」「一桁でも三桁でもなく」などと見積額の目安を示し、最終的にはNTTを中心とした5社による共同事業体だけが入札し、受注した。競争入札は建前でしかなく、実際は発注者の役人が誘導する「官製談合」のような発注が行われた。

◆平井大臣をめぐる暴露記事

問題が発覚したきっかけは「平井卓也vs NEC 暴言騒動の背後に疑惑の慶大教授」いう週刊新潮(7月1日号)の記事だった。

「(共同事業体には)神成教授と親しい業者が複数、事業体に含まれていることが分かった。さらにはアプリ事業で2億円支払われる見積もりが出されていたライセンスの一つが、教授が関わっていたものであることが分かった」という内閣官房の関係者の話が載っている。

記事が出る前から、平井大臣をめぐる「事件」でIT総合戦略室は大騒ぎになっていた。朝日新聞(6月11日付朝刊)に載った「平井大臣の暴言めいた指示」がことの始まりだ。4月のオンライン会議で、平井大臣は共同事業体の一社であるNECを名指しして、「グジグジ言ったら完全に干す」「(五輪後は)死んでも発注しない」「遠藤のおっちゃん(NEC会長)を脅してきて」などと高圧的な発言をしていた。証拠の音声データが公表され、大臣は窮地に立った。

背景には外国客の受け入れ中止があった。オリパラ・アプリは今年1月、73億円で共同事業体が受注したが、外国客に配る必要がなくなった。平井大臣はアプリの機能を減らし、値切ることを戦略室に指示。標的になったのがNECだった。同社が担当する顔認証システムは開発中にもかかわらず「必要なし」とされ、5億円の発注額をゼロにすることを迫られた。これに難色を示したのが神成教授だった。

平井大臣は「税金の負担を減らそうとしたあまり、強い表現の指示になった」と釈明したが、今度は週刊文春(6月24日号)が「平井デジタル相『新音声』NEC恫喝(どうかつ)の裏に親密会社ゴリ押し」という記事で追い打ちをかけた。「NEC外しは利権がらみ」という筋書きである。

舞台は、新設されるデジタル庁の安全対策に広がる。最新鋭の顔認証システムの導入が検討されており、「平井氏は『入退室管理はNECだけではなく松尾先生のベンチャー、ACESと一緒にやれ』などと個別の社名まで出して指示してきたのです」というデジタル庁関係者の談話を載せた。松尾先生とは、東大大学院工学系研究科の松尾豊教授。平井大臣と同郷のAI(人工知能)研究者である。

さらに週刊文春は、オリパラ・アプリを6億6000万円で受注した「ネクストスケープ」という会社は平井大臣が多額の政治献金を受けているIT企業・豆蔵(まめぞう)ホールディングスの子会社だ、という暴露記事を載せた。献金を受けた企業への発注はご法度だが、ネクストスケープは共同事業体に参加する企業の孫請けとして受注し、禁止規定をくぐり抜けた。さらに平井大臣は、上場企業である豆蔵ホールディングス株を保有し、MBO(マネジメント・バイアウト=会社による全株買い上げ)で1200万円ほどの売却益が出たが、選管への「所得等報告書」には不記載だったと指摘した。

◆利権争い絡むデジタル監人事

音声データをはじめ様々な情報が新聞や週刊誌に漏れることを平井大臣側は、戦略室内の反平井グループの仕業と見ている。発足もしていないデジタル庁の利権をめぐって、すでに政府部内では暗闘が始まっている。

 平井大臣は、岸田派に属し、岸田文雄氏が総裁選出馬を表明すると、閣僚でありながら真っ先に支援を表明した。神成教授は和泉洋人(いずみ・ひろと)首相補佐官の人脈で官邸に入り、IT政策に関与してきた。デジタル改革担当相となった平井大臣が「目の上のタンコブ」である神成教授を外そうとしたのが、今回の処分という見方をする関係者は少なくない。岸田派の平井大臣と、菅・和泉人脈の暗闘がデジタル庁の発足に絡んで衝突した。火花が散ったのが、デジタル庁のトップ人事だ。

デジタル庁のトップは総理大臣、代行するのがデジタル改革担当相だが、政治家はしょせん、素人。この役所の中核は、大臣を補佐し行政全般を俯瞰(ふかん)する「デジタル監」という専門家だ。台湾のオードリー・タン氏のような技術に通じ、公正な判断ができる逸材が求められている。

デーリー新潮は7月28日、「デジタル庁重要ポストに“疑惑の慶大教授”を推した和泉首相補佐官と杉田官房副長官の非常識」という記事を発信した。

「デジタル庁では、デジタル改革担当大臣の下に置かれ、大臣の補佐から組織や実務の監督まで幅広い業務を受け持つ『デジタル監』が事実上のトップになります。次官級のポストですが、民間人を据えることになっていて、神成さんはデジタル監には自分こそふさわしい、デジタル監になれなくても、庁内に八つはできると言われているセクションの最高責任者の一人にはなるだろうと思っていたようです」(IT総合戦略室関係者)

神成氏のデジタル監就任は、官僚トップの杉田和博官房副長官も推したが、「日本のインターネットの父」ともいわれ内閣官房参与でもある村井純氏(慶応大教授)らが難色を示し、本人が辞退したとされる。オリパラ・アプリの発注に絡む疑惑も持ち上がっていた。和泉補佐官が担いだ神成案が潰れ、デジタル監人事は迷走する。

◆デジタル庁トップは素人ばかり

 平井大臣が推挙したのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)でメディア・ラボの所長を務めていた伊藤穰一(いとう・じょういち)氏。能力は買われたが、所長を辞めた時の経緯が問題になった。少女に性的虐待をした資産家から資金援助を受けていたことを隠そうとして、責任を問われた。伊藤氏の名が挙がっただけで、ネットで異論が噴き上がった。デジタル権力をめぐる主導権争いとも見える展開に、専門家は腰を引くようになった。

 デジタル監という重要ポストは、日本の懸案である行政のデジタル化は心躍る仕事でなく、政治絡みの面倒な役回り、となってしまった。

最終的に選ばれたのが、一橋大名誉教授の石倉洋子(いしくら・ようこ)氏(72)。フリーの通訳からアメリカに渡り、ハーバード・ビジネススクールで経営学の博士号を取った団塊世代の女性では稀有(けう)なグローバル人材である。資生堂など数多くの企業で社外取締役を引き受けるタレント学者だが、ITやデジタル分野の実務経験は皆無だ。

 女性をトップにという政権の意向を反映した人事だが、専門知識で行政を俯瞰できる理解力と説明能力という「デジタル監」の条件から逸脱してしまった。

「床の間の掛け軸」のようなデジタル監の背後で、デジタル利権をめぐる暗闘がこれからも続くのではないか。

菅政権が鳴り物入りでスタートさせたこの役所。あなたは個人情報を託せますか?

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