山田厚史(やまだ・あつし)
ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。
「衆参同時選挙見送り、首相方針固める」。読売新聞の20日朝刊に掲載された。朝日新聞が10日に報道して以来、メディアは「ダブル選挙なし」の見通しに傾き、政権最大の与党紙とされる読売まで足並みをそろえた。
政治報道は「同日選ナシ。参議院選挙だけ7月21日投票」で一致したが、本当に衆参同日選挙はないのか。
◆自民党独自の世論調査で判断か
読売によると「首相は憲法改正を優先した」とある。同日選になると、衆議院の議席が減るかもしれないから、大事を取って参議院選挙一本にしたという。参議院は安倍政権の支持率が安定しているから勝てそう、というのである。
分かりにくい分析だ。政権の支持率が固いから参議院は大丈夫、でも衆議院は議席を減らす恐れがある、というのだ。なぜ参議院と衆議院が反対の動きになるのか。
分析の背後には、自民党が独自に行った世論調査があるらしい。たぶん、衆院と参院で別の動きが出たので、「ここは参議院一本に絞った方が得策」と判断したのではないか。
安倍政権にとって大事なのは憲法改正である。衆参両院で改憲勢力が3分の2を確保している現状を何としても維持したい。
第一の関門は夏の参議院選挙とされていた。参議院の議席は昨年、6議席増やされ248になった。2回の選挙で増員が達成されるので今年の定数は3増の245議席。改憲発議に必要な3分の2は164議席となる。
非改選議席(2016年の当選者)を数えると改憲勢力は76議席ある。7月の改選で88議席を取れば3分の2は確保できる。
2013年の選挙で自民は圧勝、改憲勢力で87議席とった。この勢いを維持すれば何とか到達しそうだが、簡単なことではない。当時は民主党が政権から転げ落ち、自民党に勢いがあった。圧勝の原動力は地方の「一人区」だった。31だった一人区の29カ所で勝利。落したのは2議席だけだった。
2016年は様変わりだった。32の一人区で改憲勢力は21勝11敗。特に東北6県で勝ったのは秋田だけ。野党共闘が進み候補を一本化したことで自民に苦しい選挙となった。
「憲法改正」という分かり易い争点で、野党が候補者調整を行い「打倒安倍政権」で足並みがそろったことで選挙情勢が変わった。
今回も一人区で、候補者一本化で野党は結束した。圧勝だった2013年をベースにするのは現実的でない。そんな見方が自民党でも支配的で、それゆえ「消費税増税の先送り」と並んで「ダブル選挙」が浮上したのである。
◆改憲反対を叫んで当選した議員を寝返らせる
選挙が衆参同日になれば、有権者への密着度が高い衆議院議員の後援会が活発に動き、参院選候補者の得票を掘り起こす、と言われた。参議院で3分の2を確保するならダブル選挙に打って出るしかない、という声は麻生副総理を中心に広がっていた。
反対したのは公明党である。投票が複雑になり過ぎる。衆議院も参議院も選挙区の候補者と比例区・全国区の候補者がいて投票用紙が4枚になる。衆議院比例区では政党名を書き、参議院全国区では候補者名を書く。投票が煩雑になって選挙運動が混乱する、と公明党は同日選挙に懐疑的だった。
自民党内では消費税を抱えたまま総選挙に突入するのは不利、という見方が根強くある。だが3度目の先送りは政権への不信感を高め、10月の増税を前に商店や企業がシステム対応を急いでいる現状で、直前の繰り延べは難しい、という判断が支配的になった。
過去の経験から、消費増税を担いだ総選挙は政権に打撃を与えてきた。そうした事情からか、ダブル選挙は見送られたらしい。
参議院選挙は動かせない。消費税増税を目前に自民党は勝てるのか。改憲勢力が88議席に届かなければ、安倍首相の憲法改正は挫折する。
政権周辺には「3分の2を割っても、国民民主党などから議員の引き抜きは可能だ」という声がある。旧民進党が分裂し、解党の危機にある国民民主党から「理解のある議員」を取り込めば改憲発議に必要な頭数は確保できる、という読みである。憲法改正反対を叫んで当選した議員を寝返らせるというのだ。政治の世界ではアリだという。
◆「面従腹背」が少なくない?
取らぬタヌキの皮算用はさておき、参議院で安倍政権の改憲路線が壁に突き当たる可能性は十分ある。
安倍首相は党政調会長の岸田元外相など派閥を仕切る重鎮と会い、選挙態勢を話し合っている。しかし「憲法改正」への機運は盛り上がってはいない。各種の世論調査でも改憲を求める世論は低調だ。自民党内部でも、優先度の高い政策として憲法改正を挙げる議員は首相周辺の一握りとされている。右派の国民運動・日本会議に所属する議員は少なくないが、その多くは選挙対策で名を連ねているともいわれる。
安倍政権と憲法改正は一体となっているので自民党は、改憲に一丸となっているように見えるが、「面従腹背」が少なくない、といわれる。
安倍一強は側近政治の色彩を強め、仲間内は優遇するが、距離を置くと情報さえ入ってこないという議員もいる。政権が長期化する中で安倍体制への不満や飽きが静かに進んでいるようだ。
「消費税を抱えた解散に巻き込まれたくないですね」という議員もいる。
参議院選で3分の2を割っても自民党政治は揺るがない。安定多数を確保していることには変わらない。困るのは憲法改正にこだわる首相だけ。そんな冷めた空気が党内に広がっているように見える。
「むしろ3分の2を割って安倍さんの求心力が低下する方が長い目で自民党にとっていい」という声も古参議員の間にある。民主党に政権を奪われ、その反動で右派色を強めた安倍政権が誕生したが、官邸主導やトランプ追随の「一強支配」に転機が訪れているようにも感じられる。野党に取って代わる力がないと内部で権力争いが始まる、というのがこれまでの自民党だった。安倍首相に代わる政治家が党内にもいない。そんな不幸な現実を突き破るのが「3分の2脱落」だという。政権が求心力を失うことで、安倍後継への動きが始まるという期待感。
堅調だった世界経済も陰り、囃(はや)されていたアベノミクスは失速、格差は拡大し、年金をはじめ将来不安が暮らしを覆う。政権政党は新しい表紙を求めている。表紙が代われば、将来は明るくなるのか。問われているのは、有権者だろう。
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