п»ї ウクライナも台湾も 戦争を回避する方法『山田厚史の地球は丸くない』第205回 | ニュース屋台村

ウクライナも台湾も 戦争を回避する方法
『山田厚史の地球は丸くない』第205回

1月 28日 2022年 国際

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山田厚史(やまだ・あつし)

ジャーナリスト。元朝日新聞編集委員。「ニュース屋台村」編集主幹。

ウクライナと台湾。新たな戦争の火種がここにある。欧州とロシアが対峙(たいじ)するウクライナ、米中激突の最前線となった台湾海峡。緊張は高まるばかりだが、戦争を回避する方法があるらしい。

日本では「台湾有事に備えろ」という論議が盛んだ。しかし「どうすれば台湾有事は避けられるか」という議論はほとんど聞かない。

政治家は危機を煽(あお)って防衛力増強を主張し、そうした言動を取り上げて戦争気分を囃(はや)すメディアが目立つ。勇ましい言動をする政治家が脚光を浴び、戦争の危機を煽る雑誌や本は売れる。

そんな中で「戦争回避の戦略を考える」というワークショップが都内で開かれた。元防衛官僚で、小泉政権で内閣官房副長官補を務めた柳沢協二氏が理事長を務めるNPO国際地政学研究所の主催だ。東京・市ヶ谷の会場に行ってきた。

◆紛争回避には落としどころがある

 会員制の会合なので討議の模様は詳しく触れないが、結論を言えば、「紛争回避には落としどころがある。そこへこぎ着けるのが外交だ」ということ。「落としどころ」として挙げられたのは、ウクライナでは「NATO(北大西洋条約機構)加盟を認めない」。台湾では「独立という選択肢を棚上げする」。

 つまりウクライナも台湾も「現状固定」だ。この線に沿って双方のメンツを立てどう収束させるか。戦争回避は双方が譲り合うことで実利を取るしかない、という結論だった。

「ウクライナのNATO加盟阻止」は、ロシアがかねて主張している。「加盟させない」となればロシアの言い分を認めたことになり、「オープンポリシーを採るNATOの原則から外れる」というのがNATOの言い分だ。1月27日までの交渉でNATOはロシア側に「拒否」を伝えた。

オープンポリシーとは「加入を希望する国は、NATO加盟国全体が賛成すれば加入を認められる」というもので、ロシアから口出しされる筋合いはない、という原則論だ。ここを譲れば内部の結束がガタガタになる。

では、すべての国がウクライナの加盟を歓迎するか、といえば、必ずしもそうばかりではない、という。

「ウクライナはロシアと緊張をはらむ国家なので、NATOに加盟することを厄介に思う加盟国は少なからずある」と、保守系の軍事評論家はいう。

 国境沿いの地域にはロシア系住民が住んでいる。内戦の危機をはらみ、いつ政変が起こるかもわからない。不安定さが残る国をNATOのメンバーにしていいのか、むしろロシアとの緩衝地帯として置くほうが合理的だ、という本音が欧州にある。それがわかっているから、ロシアは強硬姿勢を堅持する。

欧州諸国にとってウクライナは鬼門だが、さりとて助けを求める政権を見放すわけにはいかない。親欧州政権をもり立て、ロシア防波堤にしたい。そんなわけでロシアの要求を拒み、交渉は膠着(こうちゃく)状態になっている。

 アメリカは、プーチン大統領には手を焼いているが、ウクライナに深入りしたくない。新年早々、バイデン大統領が「ウクライナに派兵しない」と発言したのは、その姿勢の表れだ。しかし、率直すぎてプーチン大統領を勢いづかせた。今になって、ウクライナに隣接する国に8000人の兵を送るというが、交渉を後押しする演出だろう。

 主舞台はフランス・ドイツとロシアの交渉だ。こういう時は、利害関係のない第三国が調停に当たるのが望ましい。日本などはいい立場にある。これを調停できればノーベル平和賞ものだが、「欧州とロシアの間に立てる政治家」は日本には見当たらない。欧州・ロシアで、日本はアメリカの属国のように見られている。

◆寝た子を起こさない

「台湾有事」は、騒いでいるのは米国である。中国の立場は「台湾独立に動けば武力で侵攻するぞ」という脅しの態度で一貫している。ここに来て急に問題になったのは、米国の世界戦略が変わり、軍事の重心が中東からアジア太平洋に変わったからだ。

中国は、1996年の「第3次台湾海峡危機」で現実を思い知らされた。総統選挙で、台湾独立を志向する李登輝氏の当選が有力視され、焦った中国は海峡にミサイルを放つなど「独立したら痛い目にあうぞ」と牽制(けんせい)した。米軍は海峡に原子力空母を派遣、緊張が高まったが、中国は挑発をやめた。当時の軍事バランスでは米軍が圧倒的だった。

その後、中国の軍拡はめざましく、沿岸にミサイル基地を次々に建設し、中距離ミサイル5000発を台湾海峡に向けているとされる。米国がアフガニスタン、イラク、シリアの泥沼で苦戦しているうちに、台湾海峡両岸の正面戦力の軍事バランスは逆転した。

アジア重視に転換した米国で、軍は焦り、「台湾有事」が喧伝(けんでん)されている。米上院軍事委員会の公聴会で去年3月、当時のアキリーノ米太平洋艦隊司令官(現インド太平洋軍司令官)が、中国の台湾侵攻について「6年以内に脅威が顕在化する可能性がある」と証言した。この発言は、軍事予算獲得の理屈付けとも見られている。現時点で、米国は台湾で一戦を交えても勝てる見込みはない。

中国は台湾統一を「国家の核心的利益」として、譲る考えはない。しかし、武力統一は現実的な策ではないと見ている。強行すれば世界を敵に回す。今の中国は米国、ドイツ、日本など外国の資本や公益によって成り立っているので、相互関係を破壊する強硬手段は混乱を招くだけ、とわきまえている。

中国は米国と一戦を交えることを避けたいと考えている。

米国も同様だ。アップルやマイクロソフトを始めとする先端企業や金融・証券・保険など米国の強みであるマネー産業は中国で稼いでいる。半導体からカジノまで中国市場に依存している。

台湾が「独立する」と言わなければ、中国は現状を受け入れ、台湾統一も平和的手段で進める考えだ。台湾の蔡英文総統も「台湾独立」をことさら口にしない。世論調査でも大多数は「現状維持」を支持している。

中国本土と台湾は「現状固定」という知恵で70年間、平穏を保ってきた。寝た子を起こさない。それは「台湾独立に触れない」という枠組みを作ることだ。現状を選び続けるか、中国と一体化を選ぶかは、台湾の人々が決めることだ。中国は台湾メディアへの工作を強めているというが、最後は世論が決める。その土台としての民主主義は台湾に育っている。

日本は1972年の日中共同声明で「一つの中国」を認めた。国際法に沿えば、台湾問題は中国の内政問題だ。

◆「妥協する知恵」と決断を問われる世界

ウクライナはNATOに参加せず。台湾は独立なし。世間で叫ばれていることと大きな隔たりがあるように感じる人は少なくないと思う。だが、これが関係国の本音を踏まえた「落としどころ」かもしれない。

国家や機関が掲げる「建前」は、譲れないものばかりだ。だが、「戦争をしない」という大目標に向かって、お互いの障害を取り除く作業がこれから求められる。世界は「妥協する知恵」と決断を問われている。

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