п»ї リスク適応的マネジメント(その2)『みんなで機械学習』第47回 | ニュース屋台村

リスク適応的マネジメント(その2)
『みんなで機械学習』第47回

9月 18日 2024年 社会

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山口行治(やまぐち・ゆきはる)

o株式会社ふぇの代表取締役。独自に考案した機械学習法、フェノラーニング®のビジネス展開を模索している。元ファイザージャパン・臨床開発部門バイオメトリクス部長、Pfizer Global R&D, Clinical Technologies, Director。ダイセル化学工業株式会社、呉羽化学工業株式会社の研究開発部門で勤務。ロンドン大学St.George’s Hospital Medical SchoolでPh.D取得(薬理学)。東京大学教養学部基礎科学科卒業。中学時代から西洋哲学と現代美術にはまり、テニス部の活動を楽しんだ。冒険的なエッジを好むけれども、居心地の良いニッチの発見もそれなりに得意とする。趣味は農作業。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。

◆リスク適応的マネジメント(つづき)

臨床試験の方法論として、アダプティブデザインが工夫されている。検証的試験の場合は、試験開始後の試験方法の変更を認めない、または制限する必要がある。そうしないと、試験結果の有意水準(試験結果を間違って解釈するリスクで通常5%が設定される)が保証できなくなるからだ。しかし、早期の開発段階や、感染症対策で緊急の試験が必要になった場合など、試験条件が不明確で、試験方法が試験結果に与える影響が予測困難な場合がある。アダプティブデザインでは、試験方法の変更をあらかじめ想定される範囲で認めて、変更の条件を、試験開始前に実施計画書に記載する。リスク適応的マネジメントは、このアダプティブデザインの考え方をリスクマネジメントに応用したものだ。アダプティブ(適応的)ということを、前稿では米国の思想家、ナシーム・ニコラス・タレブが提案した反脆弱(ぜいじゃく)性の考え方に即して考察してみた。間接的なデータによって危険を察知して(必ずしも正確な予知や予測ではない)、予防的な行動を行う。機械学習によって「データ」からリスクを予測するという通常の方法ではなく、「データ」利活用の新しい可能性を提案したつもりだ。従来の方法が「科学的」だとすると、適応的な方法は、実務的または実践的な方法に相当する。科学的な方法では、大量のデータを準備する時間と経済的条件が必要で、多くのひっ迫する問題に、科学的な方法が、問題解決の役に立っていないという現実がある。企業のマネジメント(経営)は、働きながら考えるので、適応的な方法と相性が良いはずだ。科学的な方法はシステム志向が強く、適応的な方法はプロセス志向が強い。

◆民主主義はプロセス志向

政治体制としての民主主義について考えているのではない。政治体制といった時点で、システム志向であることが明らかで、法律という社会システムの問題となる。例えば企業経営においても、独裁的な経営もありうるし、民主主義的な経営もありうる。その場合の民主主義とは、意思決定において正解はないという前提で、さまざまな立場のひとびとの意見を聞いて、意思決定を行うプロセスを想定している。必ずしも多数決を必要とはしない。筆者が経験した米国グローバル企業では、プラグマティックな経営で、意思決定を行わないという意思決定や、多重の意思決定(一部矛盾していても)など、状況に応じて、その時点で最善と思われる行動を明確にすることが意思決定の目的であって、意思決定が最適であるかどうかを重要視していなかった。プラグマティックな経営は、適応的な経営の一形態と思われる。欧州のグループは合理的な意思決定を好んだけれども、日本のグループのように、変化を受け入れる可能性と雇用のリスクを重要視する、家族的な経営にも理解を示していた。日米欧、それぞれの特質はあったけれども、不完全なシステムよりはプロセスを優先していた。現在は、それぞれ分断された不完全な社会システムで苦悩しているように思われる。

機械学習やAI(人工知能)技術も、不完全で巨大なシステムの一部として、企業経営や社会活動全般に大きな影響を与えている。拙稿『みんなで機械学習』は、個体差の機械学習をテーマとしているので、パソコン程度で計算できる範囲の機械学習を、みんなでネットワーク化することが前提条件となり、自然に民主主義的なプロセスを志向するようになる。

◆論理学は民主主義的ではない

前稿(※参考1:『みんなで機械学習』第46回)で、「哲学は固有名詞を語ることができない」と独断してしまった。実際は、論理哲学としては、数理論理学が取り残した固有名詞の問題を、様相論理の意味論の範囲で救い上げようとしたけれども、実用的な成果が得られなかったというほうが適切だった(※参考2:『意味と世界-言語哲学論考』〈野本和幸、法政大学出版局、1997年〉)。数理論理学は、数学的な命題を主に取り扱うので、もともと固有名詞が不必要だった。しかし、数理論理学も、その意味論としては集合論を必要としているので、集合の集合が集合となるかなど、集合論の問題を抱えている。人名の集合が固有名詞の集合であったとして、人名の集合の集合は、「人名」という普通名詞になるのだろうか、「人名の集合」という意味不明なものでしかないのだろうか。様相論理では、可能性と必然性が表現できるので、意味論的に多世界解釈を構成できる。固有名詞を、特定の世界での解釈として、その世界をつなげてゆくイメージだ。しかし、特定の世界での解釈と、世界をつなげてゆくことが、民主主義的なプロセスとしては定義できていないため、空想的な論理システムの構成にとどまってしまい、実用性がない。様相論理とは言っても、古典論理の一神教の論理の発展でしかない。個体差の機械学習は、論理学をプロセスとして再考するきっかけになるだろう。大規模言語モデル(LLM、Large Language model)が登場する直前の20世紀末に、ホワイトヘッド(英国の哲学者バートランド・ラッセルとともに活躍した理論家で、米国で独自の哲学を切り開いた)が夢見た論理の世界かもしれない。

◆漢字の大規模言語モデル

ChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)による生成AIが大成功したのは、英語の単語をさらに分割して処理したことが、計算量の技術的な問題を解決しただけではなく、言語学的な音韻構造を暗黙裡(り)に取り込むことになったのではないかと、筆者なりに考えている。多くの人類の言語は、身体の構造からして、音韻構造には強い類似性があっても不思議ではない。英語で学習したLLMが、日本語にもその学習結果を適応できて、自然な翻訳が可能になった。しかしこれは、話し言葉の世界であって、書き言葉では、LLMの言語能力はかなり限定されている。例えば、数学の場合、ほぼ丸覚えの数式を返答することができても、数式を適切に要約したり、変数変換したりすることはできない。すなわち、数式の前提条件を理解していないので、応用ができない。ただし、記憶している数式が膨大な量なので、実用的にはかなり役に立つことも事実だ。現在、記号論理的な計算や、数学的な計算能力があるLLMが開発競争されている。

個体差のある問題では、個体識別が基本技術であって、個体識別された個体に固有名詞が付与される(1対1対応が保証される)。「清水の次郎長」のように、名前だけではなく、場所の固有名詞も重要で、おおむね地図で確認可能になっているし、GPS(全地球測位システム)での位置データも容易に入手できる。漢字そのものの識字はできても、漢字の意味を推論できるLLMはまだない。漢字辞典の内容をLLMに追加学習するか、Retrieval-Augmented Generation(RAG)として、LLMに漢字辞典の検索情報を追加する方法が考えられる。漢字文化圏だけなので、市場性は小さいとしても、漢字文化圏の概念構成(すなわち哲学)を機械学習して、技術翻訳の精度を向上する効果はあるだろう。例えば、中国の特許を網羅的に機械学習して、米国との比較で強み弱みを分析する場合、概念構成(や特殊な表現)は、単純な特許分類では見えない、特許請求事項の関係を明確にすることに役立つはずだ。

◆農業の経済的リスク

農業経営者の多くは、個人事業主なので、農業雇用と納税義務が直接に対応している。しかし、特に兼業農家の場合、農業よりも、農業以外の収入による生活の安定が優先され、農業経営は農地の相続や転売でしか重要視されないという問題がある。農業は、規模の問題があるにしても、農業法人によって経営されることで、健全な産業政策が可能になるはずだ。農家、農協、農業委員会という、昭和の社会システムに、人口減少社会における未来はない。本論のように、農業に機械学習、特に個体差の機械学習を応用することを考える場合、農業の近未来のありかたを考えているので、現在の農地政策でゆがめられた産業構造ではなく、農業法人としての経営に役立つ技術でありたいと思う。農業の経済的リスクについて勉強するために、農業経営に関する出版物を何冊か読んでみたけれども、参考になったのは『農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ』(久松達央、光文社新書1217、2022年、※参考3)だけだった。友人が出版している雑誌『農業経営者』(※参考4)が苦戦しているのもうなずける。日本では、農地の所有者としての農家がいても、農業経営者はほとんどいないのだ。

農業に限らず、昭和の社会システムでは、投資というと設備投資しか考えていない。教育投資が過熱していた時代もあったけれども、家庭の教育費の問題であって、教育投資を回収できるのは、ごく一部のエリートだけだ。政府はリスキリングとかいって、企業における教育投資を推奨している。筆者が働いた外資では、25年前にデータサイエンスへの教育投資の予算が明示的に与えられていた。リスキリングは周回遅れの産業政策でしかない。大企業においては研究開発投資が重視されるけれども、日本では税制上の優遇策が不明瞭で、中小企業で研究開発投資を行う企業はほとんどないはずだ。中小企業による研究開発は、ベンチャー企業による株式投資であって、投資資金とその回収は株式市場やベンチャーキャピタルによって行われる。農業ベンチャーもありうるとしても、産業政策としては、農業法人による研究開発と知的財産権を活用した農業経営のありかたが本筋だ。投資はリスクを伴うけれども、投資によってリスクを分散し、経営基盤を強化するための投資は、経営の基本であって、投資のない経営は、少なくとも資本主義社会では考えられない。農業の経済的リスクを考えるためには、まずは農業が、農業機械への設備投資しか考えない時代から脱却する必要がある。例えば、気象リスクに関しても、農業の立場からの研究開発投資も可能で、地域の防災システムの一部となれば、投資の回収は大きな利益をもたらすだろう。

◆農家の健康リスク

農家は農作業の肉体労働に従事するわりには、自分の身体に投資しない。久松達央さんの著作(※参考4)においても、50歳になって初めて、農業は健康投資が必要だと気がついたそうだ。健康投資は、体調が悪くならないように予防するための投資であって、西洋医学の予防医療ではない。筆者が模索している個別化栄養学を、農家自身が推進するビジネスモデルとする場合、健康投資は投資の回収を含めて、とても重要な課題となる。筆者は40年ほど前、医薬品の副作用に関連して、「セレン欠乏症」(※参考5)について調べたことがある。日本では土壌に硫黄成分が多く含まれるため、硫黄に微量含まれるセレンが不足することはとてもまれだけれども、北欧などではセレン欠乏症の原因が不明で、風土病と考えられていた時代もあった。農作物や塩に含まれる微量のミネラルが、健康や医薬品の作用と深い関係があること、特に腸内細菌や常在性ウイルスとミネラルの関係は不明なことが多いことなどに気がついた。健康維持に地産地消が良い場合もあるし、転地療法が効果がある場合、温泉療法など、微量ミネラルとの関連で考えると、地域差や個体差の問題へのヒントが得られるだろう。分析技術の進歩によって、体液中の微量ミネラルを20~30成分、同時一斉に測定することが可能になった。体液中の微量ミネラル成分は、個体間変動や個体内変動が大きいため、通常の多変量解析では限界があり、個体差の機械学習(フェノラーニング®)の応用課題として調査を継続している。農家が農作物によって健康投資に寄与する可能性は、個別化栄養学の発展に伴い、とても大きくなると期待しているので、農家が自分自身の健康管理の目的で研究開発投資をして(製薬企業などの研究開発投資の受け皿として)、投資の成果を大きく回収したいものだ。

里山を管理して、山菜やキノコを採取する、縄文時代の農業を見直したい。農耕作業が、土に触れて「泥んこ」になる体験として、精神的な失調に有効であることは、さまざまに論じられているし、筆者自身も多数の体験がある。しかし、農耕以前の自然の恵みを採取して、おいしく食する体験は、精神的な失調からの回復以上に、生きる喜びそのものでもある。里山の管理には、地域ごと、季節ごとのキメ細かい配慮が必要で、マタギや炭作りなど、絶滅寸前の里山で暮らすひとびとの知恵が不可欠になる。貝類や近海魚の漁獲量を管理するなど、里海の管理も同様の課題を抱えている。自然の生態系を保全することは、人工的な養殖よりも、科学的にははるかに困難な課題だ。近未来の農業が、里山データの機械学習によって、気候変動に適応的に里山を管理して、都会人の精神的なストレスを緩和する環境を提供できれば、その投資効果は、ChatGPTなど及びもつかないだろう。農家が身近な課題に積極的に投資して、食糧の供給という価値の根源に迫ることで、ひとびとの健康で未来に希望が持てる生活に寄与することになるだろう。

次回は、農業課題は小休止して、機械学習する論理学について考えてみたい。

※参考1:『みんなで機械学習』第46回「リスク適応的マネジメント」(2024年9月3日付)

https://www.newsyataimura.com/yamaguchi-124/

※参考2:『意味と世界-言語哲学論考』(野本和幸、法政大学出版局、1997年)

※参考3:『農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ』(久松達央、光文社新書1217、2022年)

※参考4:『農業経営者』(http://www.farm-biz.co.jp/

※参考5:セレン欠乏症(家庭版MSDマニュアル

https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/栄養障害/ミネラル/セレン欠乏症

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