山本謙三(やまもと・けんぞう)
オフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。
コロナ危機は、私たちの仕事や暮らしを大きく変えた。リモートワーク(テレワーク)やオンライン飲み会といった、新しい働き方や楽しみ方も付け加わった。
しかし、将来ワクチンが開発され、普及した後はどうなるか。新しい日常が定着するのか、元の生活に戻るのか。その見極めは、リモート化投資の是非を決める最大の要素となる。
◆コンピュータ化される仕事、されない仕事
リモート(非対面)化の一つのヒントは、将来コンピュータに置き換わる仕事かどうかにある。コンピュータが担いうる仕事は、本来、人と人との「対面」を必須としないはずだからだ。
2013年、オックスフォード大学のオズボーン(Osborne)准教授とエコノミストのフレイ(Frey)氏は、各職種のコンピュータ化確率を推計した。試算結果は、米国の雇用の47%が将来コンピュータに置き換わりうるとするものだった(参考1参照)。
コンピュータ確率の高い職種は、オフィス・管理事務支援(Office and Administrative Support)、販売関連(Sales and Related)、サービス(Service)といった分野に多い。金融機関の窓口事務や商店のレジ係、ホテル・劇場の案内係などが、その典型である。
(参考1)各職種のコンピュータ化の確率と雇用数(米国の事例)
(注)横軸は各職種が将来コンピュータ化される確率、縦軸は2013年時点の雇用数
(出典)Carl B. Frey and Michael A. Osborne〝The Future of Employment: How susceptible are jobs to computerization?” (Sep. 2013)
ちなみに、論文は、タイムスパンを「今後10~20年程度」とした。その後の動向をみる限り、スピードはそこまで速くないようにうかがわれるが、「コンピュータ化される仕事」、「されにくい仕事」の分類は、いまもおおむね妥当だろう。
◆リモート(非対面)に向く仕事、向かない仕事
次に、本題の、リモート(非対面)に向く仕事、向かない仕事を考えてみよう。リモートに向かない仕事の中心は、「対面」が必須の仕事となる。すなわち、コンピュータ化しにくい仕事と重なる。
ただし、コンピュータ化しにくい仕事の全てが、「対面」を必須とするわけではない。たとえば、ファッションデザイナーの仕事がある。コンピュータ化は難しいが、個々の独立性は高く、リモートワークにむしろ適した仕事にみえる。
以上を踏まえたうえで、コンピュータ化しにくい仕事のなかから、「対面」が必須と考えられるものを選びだし、その性質を分類してみよう(参考2参照)。
(参考2)リモート化が難しい仕事の例
(出典)筆者が作成
▽管理責任を負う仕事
経済取引は、当事者がそれぞれの権利と義務を認識し、責任を負うことで成立している。だが、責任を負えるのは、人間社会にあっては「人間」だけである。どんなにロボットやコンピュータが有能であっても、責任を負わせることはできない。
会社役員、現場監督者、店長が、「非対面」のままで、従業員や顧客、株主に対する責任を完遂することも、やはり難しい。オンライン以外で誰とも接しない管理者は、ロボットと違わないからだ。信頼を得て組織を統括するのは、難しいだろう。
▽身体や五感に働きかける仕事
身体や五感に働きかける仕事は、いわばアナログの世界にある。デジタルや機械が、これを完全に代替することは難しい。
感染症への医療は、まさしく患者と直接向きあう仕事だった。介護やベビーシッティングも、スキンシップが欠かせない。コンサート、演劇、観光も、改めて「生(なま)のデリバリー」が期待されていることが分かった。
オンライン診療や音楽・映像のデジタル配信は、今後一層活用されるだろう。しかし、これらは「対面」と補完し合うツールであって、「対面」を完全に代替するものではない。
▽人格形成や思想形成を促す仕事
教育の現場でも、今後、オンラインの利用機会が増えるだろう。しかし、初等・中等教育でのオンラインの役割は、高等教育に比べ限定される。人格形成や思想形成を促す仕事は、家庭教育と同様に、対面での対話が欠かせない。
▽初めての人とのコミュニケーションや複雑な内容のコミュニケーションを伴う仕事
初めての人との対話や新入社員へのOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)も、リモートで行うのは難しい。コミュニケーションは、単なる言葉のやりとりでなく、仕草や反応など、対峙(たいじ)する相手の全人的な要素を理解し合ったうえで、成り立つものだからだ。
法律相談や会計監査のように、複雑な内容を伴うコミュニケーションも、顧客と対峙し、理解を確認し合いながら進めるのが効率的だ。警察官や民生委員など、社会活動に従事する仕事の多くもこの分類に属するだろう。
◆人間関係の基礎としての「対面のコミュニケーション」
以上のように、抽出し、分類してみると、「対面」を必須とする仕事は、かなりの程度特定され、数はそれほど多くない。むしろオフィスワークと称される仕事のほとんどは、リモートに移行できるようにみえる。
だが、「対面」の効果を一概に切って捨てるわけにはいかない。組織運営に不可欠な「一体感の醸成」や「良好な人間関係」、「ディスカッションを通じたアイデアの涵養(かんよう)」といった要素は、従来、対面のコミュニケーションを前提としてきた。その価値を軽視することは、人間社会の基盤を否定することともなりかねない。
問題は、その価値をどの程度重視し、強調するかは、人それぞれ見方が異なることだ。実際のところ、企業はこれまで、それらの見方を深く議論することなく、従来の働き方を慣行として続けてきたようにみえる。
その結果、失ってきたものは大きい。通勤時間の長さや都心集中の暮らしは、企業にとっても個人にとっても、大きな負担となり、生産性を低下させてきた。
今回の危機が私たちに問いかけているのは、①「対面」を適切とみなしてきた働き方に、どの程度の合理性があるか②もし合理的な理由に乏しいとすれば、どう克服していけばよいか――である。次回は、これらの問題を考えてみたい。(その2に続く)
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