п»ї 「賢明な歳出」を阻む危機感の欠如-Go To、一律現金給付、予備費の「なぜ?」 『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第32回 | ニュース屋台村

「賢明な歳出」を阻む危機感の欠如-Go To、一律現金給付、予備費の「なぜ?」
『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第32回

9月 07日 2020年 経済

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山本謙三(やまもと・けんぞう)

oオフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。

政府の経済財政諮問会議で、民間議員が「賢明な歳出(ワイズスペンディング)」の重要性を強調している。しかし、新型コロナウイルス禍を受けた2度の補正予算をみる限り、その実現は遠い。

例えば、4月に成立した第1次補正予算には「農林水産物・食品の輸出力・国内供給力の強化(1984億円)」や「公共投資の早期執行等のためのデジタルインフラの推進(178億円)」がある。名目はコロナ対応であるが、従来型の手法――すなわち、当初予算に織り込めなかった事業を補正予算に組み込む手法としかみえない。

早期の支給をうたった「一律10万円の現金給付」は、オンライン申請の混乱もあり、多くの時間を要した。そうであれば、「困っている家計に重点的に配布する」という当初方針の方が、理にかなっていただろう。

予備費も気になる。補正後の予備費の合計額は、12兆円にも達する。うち11兆5千億円は新型コロナ対策としての予備費だが、国会は具体的な使途を行政の裁量に委ねたことになる。

◆政策の一貫性に乏しいGo To キャンペーン

「Go To キャンペーン(1兆7千億円)」も、典型的な従来型の需要喚起策である。しかし、コロナ対応の経済政策としての一貫性に欠ける。

人々が観光や外食を控えるのは、政府や自治体の要請があるからではない。感染した場合のリスクの度合いを測り切れず、自己防衛せざるをえないからだ。

たしかに、死亡率はこれまでのところさほど高くない。過度の自粛が本来不要な経済収縮を引き起こしかねないという理屈も、理解できる。しかし、将来感染が再び広がり、医療体制がひっ迫すれば、死亡率が高まる可能性を否定できない。後遺症の実態など、よく分からないこともまだ多い。

個々人の立場からみれば、あまりに運任せにみえる。これが従来のインフルエンザとの違いであり、自粛に向かう理由である。

そうであれば、観光であれ外食であれ、通常の経済社会活動に復帰するには、感染リスクの徹底した縮減が前提となる。具体的には、やはり①誰でも検査を受けられる体制の整備と、②感染者隔離のための病床や療養施設の確保になるだろう。

これこそが、コロナ対応の経済政策の基軸である。Go To トラベルやGo To イートではない。

◆消費税率10%相当の財源が必要に

結局、財源への危機感が乏しいということになるのだろう。しかし、将来手当てが必要となる規模は大きい。

第1に、補正予算で増えた政府債務(約55兆円)を、元に戻す必要がある。ほぼ10年ごとに大規模な経済ショックが起きていることを踏まえれば、2020年代のうちには手当てを終え、将来に備えておきたいところだ。そのためには、年6兆~7兆円の財源が必要となる。

第2に、もともとの政府目標である「プライマリーバランスをゼロにする(現時点の政府目標は2025年度)」がある。今年夏に示された経済見通し(ベースラインシナリオ)では、国のプライマリーバランスは29年度でも13兆9千億円の赤字となる。この分の財源確保も必要だ。

大雑把にいえば、トータル約20兆円、消費税率に換算すれば約10%相当の財源の手当てが必要となる。もちろん、新型コロナウイルスに対抗するには、一定の財政支出を行い、社会を支えることが不可欠だ。しかし、次世代への負担先送りも避けねばならない。財源をめぐる真摯(しんし)な議論が欠かせない。

◆日銀は国債買い入れの出口戦略を

しかし、財源をめぐる議論は乏しい。むしろ、立法府も行政府も国債金利ゼロに慣れ、財源への危機感を失いつつあるようにみえる。背後には、やはり日本銀行による大量の国債買い入れがあるだろう。

下の参考は、国債発行残高と日銀の国債保有額の推移を示している。国債発行残高が着実に増え続けるもとで、日銀の国債保有額は急増している。

(参考)国債発行残高と日銀の国債保有額の推移

(注)2020年度末見込み:普通国債は下記出典A、財投債は下記出典Bの見込み額、政府短期証券は前年度比横ばい、日銀保有残高は4~7月の保有額増加ペースが1年間続くと仮定して計算

(出典) 財務省「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」、「令和2年度補正予算(第2号)後の財政事情」(A)、「令和2年度末(見込み)の国債・借入金残高の種類別内訳」(B)、日本銀行「日本銀行勘定」を基に筆者作成

最近の日銀は「(財政政策は)あくまでも政府・国会が決めること」、「(日銀が)何かコントロールしようということは僭越(せんえつ)だ」として、財政規律に関する質問そのものを拒絶する姿勢にある(2020年4月28日黒田総裁定例記者会見)。

しかし、もともと金融政策は、金利や量の変動を通じて、経済主体のインセンティブに働きかける性格のものだ。政府の財政スタンスであれ、民間企業の経営スタンスであれ、金融政策がこれらに影響を及ぼすのは当然であり、さもなければ金融政策の効果を否定するのに等しい。

金融政策が及ぼし得る財政規律や経営規律への影響をどう考え、今後の政策をどう考えるかということである。「政府の財政政策に口出しせよ」とか、「財政をコントロールせよ」といった話ではない。

日本を含め多くの国が、中央銀行による国債引き受けを法律で禁じてきたのは、歴史の知恵による。「いったん中央銀行が国債を引き受ければ、政治は永続的にこれを求める」というのが、歴史の教えである。

その趣旨や歴史を踏まえ、日銀は早く国債保有の出口戦略を明確にすべきだったし、今からでも明確にすべきである。

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