山本謙三(やまもと・けんぞう)
オフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。
7月、東京圏の人口移動が流出超に転じた。3月まで大幅な流入超だっただけに、劇的な変化である。
早速、新型コロナ下でのテレワーク増加が理由とする記事も見受けられる。しかし、さすがに無理がある。人口流出超への転化は、もっぱら景気の悪化が原因だ。
◆東京圏の人口流出超は景気悪化の反映
東京圏の人口移動は、もともと全国の労働需給と密接な関係がある。出生率が低いために、労働力を再生産する力に乏しい。一方、団塊世代が70歳代に達し、引退者が増えた。「他地域からの人口流入なしには、労働力を維持できない地域」――それが東京圏の真の姿だ。
それでも東京圏や大阪府、愛知県、福岡県は、所得の高さを背景に、他地域からの人手確保に成功してきた。すなわち、人口移動は、地域間の所得格差と、景気の振幅に伴う労働需給の調整弁として機能している。
実際、リーマン・ショック後や東日本大震災後の景気悪化時にも、東京圏は一時人口流出超に転じた(参考参照)。今回は、緊急事態宣言のもとで景気が一挙に悪化し、人口移動が突然止まったことに特徴がある。
(参考)東京圏への人口流入超数の推移(日本人移動者)
(出典)総務省「住民基本台帳・人口移動報告」を基に筆者作成
◆「今ある自宅」への昼間人口の移動
では、なぜテレワークの増加は東京圏の人口流出に結びつきにくいのか。
たしかに、職種のなかには、地方に居住したままオンラインで仕事を完結させられるものもある。ウェブデザイナーが典型だろう。個別性、独立性の高い仕事である。
他方、チームワークで取り組むことの多い仕事では、原則テレワークに切り替えたとしても、一定頻度でチームが集まる機会を設ける例が多い。
時間、空間をともにする「対面のコミュニケーション」には、オンラインでは得難い「価値」があるからだ。
例えば、初対面の人とのコミュニケーションやOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)は、オンラインよりもリアルの方が効率的である。
それだけでなく、リアルで得られる、①ディスカッションを通じたアイデアの涵養(かんよう)②組織としての一体感の醸成③チーム内での経験とノウハウの蓄積④人間関係の構築――といった「価値」を、オンラインに求めるのは難しい。
もちろん、長時間の通勤は、企業の生産性だけでなく、個人の生産性も押し下げてきた。日本経済にとって、テレワークの普及が重要な課題であることは間違いない。
だが、同時に、リアルのミーティングで、オンラインからこぼれ落ちる「価値」を補うことも重要だ。コロナ禍後、サテライトオフィスの利用が増えたのは、まさしくそれが理由だろう。
そうであれば、テレワークとは、従業員が「今ある自宅」で働く機会を増やすものであり、それ以上のものではないと考えるのが自然である。人口動態でいえば、都心から電車で1時間以内程度への「昼間人口の分散」である。
◆カギは部署単位での移転
むしろ地方創生に真に資するのは、部署単位での地方移転だろう。地方移転はこれまで工場を中心に行われてきたが、これをどれだけ他部署に広げられるかである。
その萌芽はコールセンターにみられる。いまや沖縄、北海道、福岡は、コールセンターの一大集積地だ。
海外では、シェアードサービスの一大集積地として機能する中米コスタリカ(首都サンホセ)の例がある。シェアードサービスとは、財務や給与計算、労務管理などのデータを世界各地の拠点から集め、一括して処理する業務をいう。
コスタリカが集積地となったのは、情報通信技術の進化の賜物(たまもの)である。セキュリティーを確保しつつ、内部データを円滑にやりとりできるようになった。メールやオンライン会合を利用すれば、拠点間の意思疎通も容易に図れるようになった。情報通信技術の発達は、生産拠点だけでなく、バックオフィス事務や間接部門のオフショア化も後押ししている。
◆集積のメリットを積み上げられるか
では、部署単位の地方移転には、何が重要となるか。
第1に、企業内部では、移転可能な部署を見極め、リーダーシップをもって推進することだ。移行期には、デジタルシステムの整備や人事制度の変更など、莫大(ばくだい)な費用とエネルギーがかかる。その克服には、強いリーダーシップが欠かせない。
第2に、移転の目的を「相対的に安い賃金での雇用」に置かないことだ。人手不足は、いまや大都市圏よりも地方の方が深刻である。沖縄のコールセンターも、従業員がなかなか定着せず、人材集めに苦労しているといわれる。
第3に、そうであれば、地方は、地方移転のメリットを深掘りし、明示する必要がある。もちろん、地方税の優遇といった施策もありうるが、それだけでは持続性に欠ける。
一つの重要な論点は、集積のメリットをどれだけ強調できるかである。シェアードサービスをはじめとするバックオフィス事務は、近年RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などの新たな技術の導入により、劇的に進化している。
そうした環境下では、技術を支える多くの専門家が集まり、そのことが新たな企業を呼び寄せる。真の地方創生は、「集積のメリット」を生かして、そうした好循環を生み出せるかどうかにかかる。
テレワークと地方創生は観念的に結び付きやすく、政治的な目玉とされやすい。実際、政府内部では、地方に移住してテレワークする人に交付金を出す案が検討されているという。
しかし、個人単位のテレワーク移行が、地方創生に大きく貢献するとは考えにくい。むしろ従来主張されてきたように、大都市圏に対する地方の比較優位は「通勤時間の短さ」の方にあるはずだ。内容の十分な吟味が必要である。
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