п»ї 生産性はなぜ低下するのか『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第44回 | ニュース屋台村

生産性はなぜ低下するのか
『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第44回

7月 05日 2021年 政治

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山本謙三(やまもと・けんぞう)

o オフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。

前回まで述べたように(「人口構成と日本経済〈第1回~第5回〉」)、今後の日本経済にとっては、①就業者の拡大と②労働生産性の向上が最大の課題となる。人手不足がいよいよ深刻になるからだ。

日本の労働生産性は、先進国の中にあって低い。しかし、その解釈や理由は人によりまちまちだ。

  例えば、安倍前政権の誕生以前は、長引くデフレが生産性の向上を阻害しているとの見方が多かった。アベノミクスは、金融政策、財政政策、規制改革の組み合わせで、生産性の向上をもくろんだ。しかし、労働生産性はアベノミクス下でさらに一段と低下した。

生産性の動向は、人口動態や産業構造の変化を抜きには語れない。

(参考1)就業者1人当たりGDPの伸び率の推移

(出典)World Bank “GDP per person employed (constant 2017 PPP $)”を基に筆者が作成

◆労働時間が大きく減った

労働生産性の代表的な指標である「就業者1人当たりGDP(国内総生産)」と「労働時間当たりGDP」をみてみよう。

   (参考2)就業者1人当たりGDPと労働時間当たりGDPの伸び率推移(%)

(出典)World Bank “GDP per person employed (constant 2017 PPP $)”、OECD“GDP per hours worked (constant 2010 PPP $)”を基に筆者が作成

  両者に共通するのは、①日本の「労働生産性の絶対水準(金額)」がG7諸国の中で最下位にあることと、②「労働生産性の伸び率」が1990年代から2010年代にかけて低下していることだ。

一方、伸び率の国際比較は、両者で印象が異なる。「就業者1人当たりGDPの伸び率」は、G7諸国の中で低位が続く。他方、「労働時間当たりGDPの伸び率」は、長く上位を続けている。

  両者の差は、労働時間の変化に起因する。両統計から「就業者1人当たりの労働時間」を試算すると、1991年から2019年にかけて、日本は労働時間が18%も減少した。他諸国は3~8%の減少にとどまる。すなわち、日本は就業者は増えたが、1人当たり労働時間が大きく減った。これが「就業者1人当たり」と「労働時間当たり」の差に反映している。

◆パート、アルバイトが増えた

労働時間の減少の主因は、パート、アルバイトの増加である。このほかにも、人々が有給休暇を多くとるようになったことや、残業しなくなったことがあるだろう。しかし、パート、アルバイトの増加のスピードには、目を見張るものがある。

総務省の「労働力調査」によれば、2002年から19年にかけて、就業者は396万人増加した。この間、パート、アルバイトは466万人増えた。つまり、就業者の増分すべてにとどまらず、既存就業者の一部もパート、アルバイトが代替した。

背後には、女性、高齢者の労働参加がある。女性、高齢者のパート、アルバイト比率は高い(女性22%/男性9%、65歳以上29%/15~64歳21%)。

一見すると、多様な働き方を伴いながら、限られた労働時間の中で、他の先進国に劣らぬ生産性の伸びを実現してきたかのようだ。労働力不足を女性、高齢者が埋め、人口動態の変化にうまく対応してきたかのようにもみえる。

しかし、実態は異なるだろう。産業構造の転換は進んだが、パート、アルバイトしか雇用できない企業や産業が多い。そのために、1人当たりの労働時間が減った。そうであれば、問題は深刻である。

◆付加価値の低い産業で雇用が増えている

日本の産業構造は、サービス部門へのシフトが一段と進んでいる。就業者は、製造業、建設業で大きく減り、医療・福祉分野をはじめとするサービス部門で大幅に増えた。人口動態の変化と経済のグローバル化が、産業構造を大きく変えている。

問題は、就業者の増えた産業は、総じて付加価値額が低いことだ。雇用が増えた中では、情報通信業だけが付加価値額が高い。そのほかでは、サービス部門の付加価値が軒並み低い(参考3参照)。そのために、産業構造の転換が進むほど、生産性伸び率が低下してしまう構図にある。

(参考3)産業別就業者の構成比と事業従事者1人当たりの付加価値額

(出典)総務省統計局「労働力調査」、「平成28年経済センサスー活動調査」を基に筆者が作成

例えば、宿泊業、飲食サービス業の1人当たり付加価値額は、年間215万円である。この中から従業員の給与が支払われ、残りが企業の利益となる。年間215万円の付加価値額では、正社員を雇用するのは難しい。宿泊業、飲食サービス業の非正社員比率が7割を超えるのは、これが理由だろう(厚生労働省「平成30年若年者雇用実態調査」による)。

◆生産性を向上するには

女性、高齢者の就労拡大は、日本経済にとってどうしても必要なことである。しかし、就労実態をみる限り、貴重な人材が有効に活用されているようにはみえない。実際、コロナ禍の景気後退では、雇用調整の対象が女性や高齢者の多いパート、アルバイトに集中した。不安定な就労形態にあることは、間違いない。

生産性の低下は、先進国共通の現象だ。高齢化が進む社会では、ある程度やむをえないことかもしれない。しかし、日本はもともとの生産性が低いだけに、事態は深刻である。

AI(人工知能)やロボットなどを導入して、サービス部門の生産性を引き上げる努力はもちろん重要だ。しかし、介護や保育のように、生身の人間を必要とするサービスも多い。過度な期待は禁物だろう。

日本経済全体の構造から考えてみる必要がある。例えば、私たちは、生産性が高まるような競争環境を実現できているか。「生産性の向上」は、これまでもしばしば経済政策として取り上げられてきた。その度に、多くの補助金制度が導入されてきた。しかし、どれほどの効果があっただろうか。必要なのは、補助金でなく、競争の促進ではないか。

女性や高齢者は、なぜ短い時間の勤務を選択しているのか。家庭の事情や身体的な制約だけが理由なのか。税制・社会保険上の「扶養」の制度や定年制の存在が、女性や高齢者の就労選択をゆがめてはいないか。

サービス部門の生産性が向上しなければ、日本経済の真の構造転換は実現しない。改革を急がねばならない。

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