山本謙三(やまもと・けんぞう)
オフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。今回から「人口動態と日本経済」の第2シリーズとして、「人口動態と労働市場」(全5回)をお届けする。
働き手の中心となる生産年齢人口(15~64歳)は、今後年率1%程度のスピードで減少していく。実質成長率や国民1人当たり実質成長率を維持するには、①就業者の増加と②労働生産性の向上が欠かせない。
就業者の増加を期待できるのは、女性、高齢者、外国人の三つのカテゴリーしかない。それぞれの現状評価に先立ち、第1回の本稿では、生産年齢人口の減少が労働力にどれほどのインパクトをもつかを確認してみよう。
◆労働力人口の簡便な試算
労働力人口の見通しを簡便な方法で試算してみる。総務省「労働力調査」には、年齢5歳区分ごとの「労働力人口比率」がある。労働力人口とは、15歳以上の人口のうち、「就業者」と「完全失業者」の合計をいう。大づかみにいえば、実際に働いている人と、失業中ではあるが働こうとしている人の合計である。これを各年齢層の人口で割ったものが労働力人口比率だ。
10年後の試算に当たっては、国立社会保障・人口問題研究所の人口推計を用い、2030年の推計人口に、20年時点の5歳区分労働力人口比率を乗じて計算する。すなわち、20年時点の労働力人口比率がそのまま維持されると仮定したうえで、人口構成の変化だけを反映させる。
また参考として、過去10年をさかのぼった試算も行う。上記の手法を用い、2010年の時点で20年の労働力人口がどう試算されたかを計算してみる。そのうえで試算結果と20年の実績を比較し、過去10年間に労働市場がどう変化したかを確認してみる。
◆女性、高齢者の労働参加が人手不足を食い止めた
まず、2010年時点での20年の労働力人口の試算をみてみよう。すなわち、10年の労働力人口比率がそのまま維持されると仮定したうえで、その後の人口構成の変化だけを反映させた試算である。 (参考)労働力人口の試算と実績(2020年および30年の試算結果)
(出典)総務省統計局「労働力調査」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来人口推計(平成29年推計、出生中位・死亡中位)」を基に、筆者作成
参考左図の斜線部が10年前を想定して行った20年時点の労働力人口(試算値)である。結果は10年対比383万人の減少となり、労働力人口の5.7%が失われるというものだった。
生産年齢人口の減少の影響が圧倒的に大きい。15~64歳の男女はそれぞれ200万人以上の減少となる。65歳以上は高齢者の増加を反映して若干のプラスとなるが、15~64歳のマイナスに到底及ばない。
ところが、実績はまったく異なる結果となった(参考左図の単色部)。労働力人口は全体で約230万人増加した。試算値との比較では、実に600万人以上の上振れである。
主因は、①女性の労働参加が進み、15~64歳女性がマイナスからプラスに上振れたこと(300万人以上)と、②高齢層の男女が計240万人ほど上振れたことである。
女性の新規参入はパート、アルバイトが多く、必ずしも一概には評価できないが、女性、高齢者の労働参加が生産年齢人口減少に伴う人手不足を緩和したことは間違いない。
◆労働力人口490万人減少の衝撃
では、今後の10年はどうか。参考の右表斜線部が、30年時点の試算結果である。20年対比、労働力人口は約490万人減少する。労働力人口の7.1%に当たる。
試算値(斜線部)同士を比較すれば、過去10年よりも今後10年の方が減少幅は大きい。生産年齢人口のマイナス幅はあまり変わらないが、団塊世代の高齢化が進み、労働力の増加を見込みにくくなるからだ。
◆いよいよ本格的な人手不足の時代へ
この労働力不足を、過去10年のように打ち返せるか。
はっきりしているのは、60歳未満の男性はもともと労働力人口比率が95%前後と高いため、増加の余地があまりないことだ。
一方、同年齢層の女性は、労働力人口比率はいまだ75~80%前後にとどまる。したがって、理屈としては増加の余地が残る。ただし、男性並みの労働力人口比率を実現するには、家庭にとどまる女性にさらに就労を促す必要がある。
環境の整備が大事だ。しかし、急ピッチで労働力人口比率が高まってきたあとだけに、次第に岩盤に当たる可能性が高い。過去10年のような上昇スピードを維持できるかどうかは、微妙である。
高齢者の就労増加はさらに厳しい。人口の最大勢力である団塊世代は、20年代半ばには全員が後期高齢者となる。元気に働く高齢者を期待したいが、楽観はできない。
こうしてみると、試算結果である約490万人の減少は、女性の労働参加の持続によってある程度打ち返すことができるが、完全に相殺するのは難しいだろう。過去10年は減少分を打ち返して、なお余りある結果だったが、そこまでは到底望めない。
人手不足は、いよいよこれからが本番である。
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