山本謙三(やまもと・けんぞう)
オフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。前回、労働力の「自然減」は今後25年間で全体の約2割に達し、「社会増」で打ち返すのが難しくなると述べた。理由は、①生産年齢人口(15~64歳)の減少加速と、②高齢人口のスローダウンである。少子化の影響は、ついに高齢人口にも及んでくる。
ただし、総人口の減少とともに総需要も縮小するので、「自然減」をすべて埋めなければならないわけではない。問題は、労働力の減少スピードが総人口の減少を凌駕(りょうが)し、労働供給力の縮小が需要を上回る速さで進むことだ。この結果、人手不足が深刻になる。
では、どれほどの「社会増」と「生産性向上」があれば、私たちは子や孫の世代に豊かな社会を引き継ぐことができるだろうか。簡単に試算してみよう。
◆人口オーナスの本当の意味
ここでは、国の豊かさを示す指標である「国民1人当たり実質GDP」に着目したい。働き手の減少が避けられない以上、実質GDP(国内総生産)の低下はやむをえない。大事なのは、総人口が減っても一人一人が豊かさを実感できること――すなわち「国民1人当たり実質GDP」の伸びを維持することである。
しかし、これも容易ではない。「労働供給力の縮小が需要を上回る速さで進む」とは、少ない人数で生産したパイを、より多くの人口で分かち合わねばならないことを意味する。一人の取り分が減り、「国民1人当たり実質GDP」に低下圧力が働く。
人口オーナスとは、単に総人口の数の減少によってもたらされるものではない。経済面からみれば、労働力人口(主に生産年齢人口)と総人口の減少スピードの違いが生み出す需給不均衡によってもたらされる面が大きい。
◆「実質GDP」と「国民1人当たり実質GDP」
供給面からみた「国民1人当たり実質GDP」の伸びは、①就業者数の伸びと②労働生産性の伸びの和から、③総人口の伸びを差し引いたもので近似される(参考1)。
(参考1)供給面からみた「実質GDP」と「国民1人当たり実質GDP」の要因分解
(出典)筆者作成
参考2は、参考1の式に過去25年の実績を当てはめたものである。近似値とはいえ、「実質GDP」および「国民1人当たり実質GDP」の実績をよくトレースできていることが分かる。
(参考2)「実質GDP」と「国民1人当たり実質GDP」(1990年代~2010年代、いずれも年率%)
(出典)World Bank “GDP per person employed (constant 2017 PPP $)、総務省「労働力調査結果」、同「人口推計」、内閣府「国民経済計算」を基に筆者作成
ちなみに、2010年代(2010~19年)の「国民1人当たり実質GDP」は、労働生産性の伸び鈍化にもかかわらず、就業者の増加のおかげで年率+1.1%の伸びを実現した。今後も年率1%に近い値を実現できれば、現在並みの「豊かさ」を維持できる条件が整うと一応考えていいだろう。
◆実質GDPへの下押し圧力は拡大
では、今後の25年はどうか。参考3が「実質GDP」および「国民1人当たり実質GDP」の試算結果である。変数は、①「社会増」と、②「労働生産性」の二つである。
前回コラムで述べたように、労働力の「自然減」は約1470万人に達する。「就業者数の伸び率」は、これを「社会増」でどれだけ打ち返せるかが鍵となる。
ここでは「社会増」の仮定に、500万人と1000万人の2ケースを掲げたが、後者はもとより、前者でも日本人だけで達成するのは難しい。実際には外国人就業者が加わるので実現不可能ではないが、全体としての「社会増」は多く見積もっても500万~1000万人の中間にとどまるだろう。
(参考3)「実質GDP」と「国民1人当たり実質GDP」(2020~2045年、いずれも年率%)
(出典)国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」、総務省「労働力調査結果」を基に筆者作成。労働力の「自然減」の計算は、前回コラムを参照
試算結果は、かなり厳しい。労働生産性がさらに低下を続けたり、2010年代並みの0.2%にとどまったりすれば、「実質GDP」がマイナスになるだけでなく、「国民1人当たり実質GDP」の伸びもゼロ%近傍に低下してしまう。これでは、豊かさを実感するのは難しい。これが「人口オーナス」の計数的な意味合いである。
◆年率+0.8%超の生産性の向上を
人口オーナスを跳ね返すには、労働生産性の向上がどうしても必要となる。「社会増500万人」を前提に、年率+1%に近い「国民1人当たり実質GDP」の伸びを実現しようとすれば、少なくとも年率+0.8%の労働生産性を確保する必要がある。
年率+0.8%は一見小さく見えるが、25年後には実質GDPの規模を2割以上変えてしまうほどの値だ。90年代、00年代に実現していたとはいえ、近年の生産性の低下トレンドを踏まえれば、よほどの覚悟を必要とする。
今後四半世紀にわたって+0.8%超を確保するには、競争原理の徹底により、イノベーティブな企業が市場の中心として活躍できる環境づくりが重要である。とくに、低位に沈むサービス分野の大幅な生産性向上は、待ったなしだ。小手先の対策ではなんともならない。
また、高い付加価値を生み出す企業に向けて、労働力が柔軟に移動できるよう、労働市場をめぐる規制・慣行の見直しも必須である。
これまでの25年間、女性や高齢者の労働参加で人手不足が補われたことや、社会保障費の増大を国債の大量発行で賄い負担を先送りしたことで、「人口オーナス」への危機感は薄れてしまったように見える。健全な危機感をもって、取り組みを急がなければならない。
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