п»ї 農林漁業、宿泊業で高付加価値を誇る市町村は?~地域と付加価値(その2、全3回) 『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第62回 | ニュース屋台村

農林漁業、宿泊業で高付加価値を誇る市町村は?~地域と付加価値(その2、全3回)
『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第62回

12月 19日 2022年 経済

LINEで送る
Pocket

山本謙三(やまもと・けんぞう)

oオフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。

9月7日付の第159回(全国2位は東京都境界未定地域 地域と付加価値〈その1、全3回〉-地方圏をリードする製造業、民間研究機関)で、従事者1人当たり付加価値額の高い市区町村を確認した。2016年「経済センサスー活動調査」に基づく結果である。

付加価値とは、企業や事業所の売り上げから原材料費や減価償却を差し引いたものをいい、この中から従業員の給与が支払われ、残りが利益となる。これを事業従事者数で割った「従事者1人当たりの付加価値」が、いわゆる労働生産性だ。

以下、産業別にみた市区町村別の従事者1人当たり付加価値額(以下「1人当たり付加価値額」)をみてみよう。

◆宿泊・飲食サービス業は高級化路線が不可欠

宿泊・飲食サービス業は、1人当たり付加価値額が際立って低い。全国平均は年間215万円と、全国全産業平均(536万円)のわずか4割にすぎない。

どんなにインバウンドの観光客が増えるとしても、この1人当たり付加価値額で地元の若者を引き留めるのは難しい。一方で、外国からの労働者は、円安進行の結果、母国への仕送り額(母国通貨建て)が大幅に目減りしている。このままでは、日本で働くインセンティブは低下し、人手不足だけが強まる。

参考1は、宿泊・飲食サービス業で高付加価値を生み出している市町村を順に並べたものだ。

(参考1)宿泊・飲食サービス業の従事者1人当たり付加価値額(上位10市区町村)

(注)全従事者に占める従事者の構成比が15%未満の市区町村は除外
(出典)総務省統計局「2016年経済センサスー活動調査」を基に筆者作成

1位、2位は、北海道の高級リゾート地ニセコ、トマムを抱える町村だ。両町村の同産業従事者数は、従事者全体の4~6割に達する。宿泊・飲食サービス業がけん引役となって、地域全体の1人当たり付加価値額を押し上げている。

ランキング3位以下も、軽井沢市、浦安市、熱海市など、有力な観光地が並ぶ。ただし、1位、2位のニセコ町、占冠村(しむかっぷむら)を除けば、1人当たり付加価値額はいずれも全国全産業の平均(536万円)に及ばない。

もう一つの特徴は、インバウンド観光のゴールデンルートとされる東京・名古屋・京都・大阪地域からのランクインがないことだ。京都市、大阪市各区の宿泊業の1人当たり付加価値額は300万円以下にとどまり、いかにサービスの安売りが行われているかが分かる。

インバウンド観光客が日本を訪れ、この国の文化に触れてくれるのは有難いことだ。しかし、日本はこれから人手不足の時代に突入する。宿泊・飲食サービスの安売り加速は、観光地の人手不足を倍加させる。

観光政策は早く見直されるべきだ。インバウンド観光客数を目標に置くのは適当でない。円安をてことした観光客誘致も、目指すべき方向ではない。

重要なのは、宿泊・飲食サービスを高い付加価値のあがる産業に仕立て直すことだ。参考1が示唆するように、唯一の処方箋(せん)は徹底した高級化路線である。

 ◆高付加価値と低付加価値が併存する農林漁業

農林漁業も、1人当たり付加価値額の全国平均は320万円と、全国全産業平均の約6割にとどまる(参考2参照)。

(参考2)農林漁業の従事者1人当たり付加価値額(上位10市区町村)

(注)従事者数の構成比が6%未満の市区町村は除外
(出典)総務省統計局「2016年経済センサスー活動調査」を基に筆者作成

農林漁業で特筆に値するのは、市区町村間のばらつきの大きさである。ランキング10位に当たる北海道中川郡豊頃町(とよころちょう)の1人当たり付加価値額は950万円と、農林漁業の全国平均320万円の約3倍に当たる。上位と平均との乖離(かいり)がこれほど大きいのは、他の産業ではみられない。

これは、日本の農業のいびつな構造に起因するものだろう(以下、データは農林水産省「農林業センサス 2020年」による)。107万を数える農業経営体では、個人経営体が96%を占め、法人経営体はわずか3%にとどまる。個人経営体のうち、農業を「主業」とする経営体は22%にすぎず、その他は「副業的」経営体か「準主業」に属する。

すなわち、農業は、①大規模農家や農業法人に代表されるグループと、②兼業農家や、年金収入が農業収入を上回る農家に属するグループに二分され、高付加価値を生み出す農業生産と、低付加価値を甘受する農業生産とが併存している。

日本経済の最大の課題は、深刻化する人手不足を克服し、所得を向上させることだ。農業も、過去の減反政策を反省し、飼料米への転作などでなく、付加価値を上げることに全力を尽くさなければならない。

第1は、付加価値の高い穀物や水産物への転換である。1人当たり付加価値額第1位の北海道常呂郡(ところぐん)佐呂間町(さろまちょう)は、ホタテの養殖が盛んな地域だ。農業も、高付加価値の穀物を生産している地域の1人当たり付加価値額は高い。

第2に、農地の大規模化である。北海道の町村が多数ランクインしているのは、やはり耕作面積の広さと関係している。北海道の一経営体当たりの耕地面積は30ヘクタールと、その他の地域の約13倍に当たる。

北海道以外の1経営体当たり耕地面積も緩やかに拡大している。しかし、担い手の高齢化を踏まえれば、このスピードではとても追いつかない。これ上耕作放棄地や休耕地を増やさないためにも、農業政策の見直しを急がなければならない。

コメント

コメントを残す