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明暗著しい「地域、産業の稼ぐ力」ー2021年経済センサス
ひとり勝ちの建設、沈んだ娯楽・観光関連
『山本謙三の金融経済イニシアティブ』第68回

8月 14日 2023年 経済

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山本謙三(やまもと・けんぞう)

oオフィス金融経済イニシアティブ代表。前NTTデータ経営研究所取締役会長、元日本銀行理事。日本銀行では、金融政策、金融市場などを担当したのち、2008年から4年間、金融システム、決済の担当理事として、リーマン・ショック、欧州債務危機、東日本大震災への対応に当たる。

今年6月、総務省から「2021年経済センサス―活動調査」の詳細データが公表された。5年に1度実施され、全国の企業、事業所の経済活動を市区町村別、産業別に横断的に分析できる統計だ。

ここでは、働く人の「稼ぐ力」を示す「事業従事者1人当たり純付加価値額」(以下、「1人当たり純付加価値額」)に焦点を当て、各地域、各産業の立ち位置を確認してみよう(注)。

(注)2021年の経済センサスでは、東京都港区の「医療、福祉」が巨額の純付加価値額を計上している(約40兆円)。年金運用などの関連法人が対象事業所に含まれている模様で、積立金の運用損益(含み損益を含む)が計上されたものとみられる。本稿では、原データから同区の「医療、福祉」を控除し、再集計したものを用いる。

純付加価値額とは、売り上げから原材料費や減価償却費などを差し引いたものを言い、ここから従業員への給与や税金が支払われ、残りが企業の利益となる。「1人当たり純付加価値額」は、「労働生産性」(就業者当たり純付加価値額)とほぼ同じ概念である。

◆目立つ産業間の格差拡大

2021年の「1人当たり純付加価値額」(全国全産業)は約528万円と、前回2016年調査(同548万円)を3.6%下回った(参考1)。

(参考1)「1人当たり純付加価値額」と就業者数構成比の推移

注)東京都港区「医療、福祉」の控除後

(出典)「2021年経済センサス―活動調査」および「労働力調査」(いずれも総務省統計局)を基に筆者作成

新型コロナの感染拡大と世界的な景気後退の打撃は大きく、生活関連サービス業・娯楽業や宿泊業・飲食サービス業、運輸業・郵便業、卸売業・小売業、製造業が、軒並み前回比1~3割方減少した。

とりわけ宿泊業・飲食サービス業は約157万円まで縮小し、パート・アルバイトを中心に大量の失職を生み出す原因となった。

一方、全産業平均が小幅の減少にとどまったのは、建設業が1割以上の増加したことが大きい。建設業は、国土強靭(きょうじん)化計画に沿った財政支出や、オフィス、住宅の建設ブームを背景に好調を維持し、積極的な財政金融政策の恩恵を最も強く受けたかたちとなっている。

このほか、雇用が増加している医療・福祉や情報通信業も若干の増加となり、全体として産業間の格差拡大が目立つ結果となった。

全国第1位は東京都の「境界未定地域」に

次に、市区町村別のデータをみてみよう。参考2は、市区町村別の「1人当たり純付加価値額」を上位から並べたものである。事業従事者数に大きなばらつきがあることに留意する必要があるが、特徴をいくつか述べてみたい。

(参考2)「1人当たり純付加価値額」の上位20市区町村

(注)東京都港区「医療、福祉」の控除後

(出典)「2021年経済センサス―活動調査」(総務省統計局)を基に筆者作成

第1は、全国第1位が東京都の「境界未定地域」となったことだ。東京都には、市区町村の境界が定まっていない地域が複数個所ある。このうち、多額の純付加価値額を計上しているのは、JR東京駅や有楽町駅に近い「旧外堀川」、「旧汐留川」地域とみられる。これらの地域は、千代田区と中央区、あるいは中央区と港区の間で境界が定まっていない。

とりわけ、旧外堀川の一部――中央区の一石橋(いちこくはし)から、外堀通りのすぐ横(西側=東京駅側)を南下する帯状地域には、ファンドや金融機関などが多数入居する高層ビルがあり、多額の純付加価値額を計上している模様である。

第2は、前回多数を占めた製造業関連の市町村に代わり、東京都特別区や政令指定都市の行政区が浮上したことだ。

これらの地域を支える情報通信業や学術研究、専門・技術サービス業は、大都市特化型の産業である。東京都の「境界未定地域」をはじめ、東京都港区、千代田区、中央区や大阪市中央区、京都市南区などがランクインしている。

第3に、原子力発電所関連の町村が目立つ。北海道泊村、宮城県女川町のほか、21位に青森県下北郡大間町、22位に佐賀県東松浦郡玄海町が続いている。

前回2016年調査でも、福井県三方郡美浜町、北海道泊村、宮城県女川町、福井県大飯郡おおい町、福井県大飯郡高浜町、佐賀県玄海町の6町村が上位20位までにランクインしていた。

第4に、製造業関連では、企業城下町や開発研究所の所在地が引き続き上位を占める。とくに、半導体関連や自動車、工作機械のメーカーが、グループ会社とともに拠点を集中させている例が多い。

製品仕様の「すり合わせ」の作業などを踏まえると、サプライチェーンを1か所に集めるのが効率的と考えられてきたからだろう。これらの市町村では、製造業の事業従事者が地域の雇用の5割前後を占める例も多く、製造業が地方にとっていかに重要な位置にあるかが分かる。

◆地方にとって厳しい現実

以上の結果は、とくに地方にとって厳しい。

(1)観光の中心である宿泊業、飲食サービス業は、「1人当たり純付加価値額」が極端に低い。

(2)雇用の伸びが著しい医療・福祉も、「1人当たり付加価値額」は全産業の平均を下回る。

(3)地方の主力産業である製造業は、雇用吸収力が低下している。

(4)成長産業と目される情報通信業は、超大都市特化型となっている。

結局、「1人当たり純付加価値額」の向上なくしては、地域の「稼ぐ力」は高まらない。

「地域創生」の政策が始まってすでに9年が経つが、これまでテレワーク移住の支援など「人、先にありき」の施策が多かった。一方、本丸と言うべき地方産業の生産性向上は、目立った成果を出せていないように見える。

しばしば成果として取り上げられるインバウンド観光客の増加は、宿泊業・飲食サービス業の「1人当たり付加価値額」を大きく向上させるには至らず、このままでは人手不足ばかりを加速させかねない。

圧倒的に大事なのは、地元産業の付加価値を高めることである。地方には、豊かな自然資源がある。北海道のホタテ養殖のような好事例もすでにある。これを使わない手はない。

ターゲットを「1人当たり純付加価値額の引き上げ」に絞って、戦略を練り直すべき時だ。

経済センサスは、すべての市区町村の「稼ぐ力」と産業別の状況を確認できる統計だ。その確認から始めるのもいいだろう。

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